大規模改修のため約2年間休館するオーバード・ホール 大ホールがオーケストラの生演奏でベートーヴェンの交響曲第9番を一曲丸ごと使って踊り切る『踊れ!第九』でクローズした。舞台に上がったのは、高校生や大学生など若手を多数含むオケ79名、13歳から71歳までの市民ダンサー24名、プロダンサー6名、声楽アンサンブル28名の総勢約140名。森下真樹(振付・演出・出演)と辻博之(音楽監督・指揮)の変幻自在なリードにより、森下のソロから5名のプロダンサーによる苦悩、そして声楽家もオケもダンサーも指揮者もパフォーマンスするフィナーレへ。そこにはさまざまな壁を越えて湧き上がるプリミティブな喜びがあった。



『踊れ!第九』 ⒸTachi Takesh
クロージングを企画した制作統括の福岡美奈子さんは、「オーバードの前身である富山市公会堂時代から60回にわたって300人規模の市民合唱団が出演する『第九』が年末の風物詩になっていました。神奈川県民ホールで森下さんの『踊れ!第九』(*)を見て、市民のための劇場でありたいと願っているオーバードらしく、もっと市民が参加したかたちにしてクロージングを飾りたいと、その場で森下さんに依頼しました。指揮は他分野とのコラボレーションもされている辻さんにお願いしました」と振り返る。
2024年末に行った森下による市民とのワーク ショップを手始めに、25年5月にダンサー(中学 生以上、要舞台経験)と声楽家を公募してオーディション。オケは設立されたばかりの富山ジュニアオーケストラの協力で、次世代を担う高校生や大学生など若手を多く含む編成となった。
「ベートーヴェンの全交響曲をダンス作品化する」と公言している森下は、「音楽にはかなわない、どうしたら音楽に負けない踊りができるんだ ろうという思いしかなくて。どうせやるならベートーヴェンに挑もうと始めました。徹底的に曲を 聴き込んで、音楽の隙間に入り込んだり、抵抗したりしながら振付をつくっています」と言う。
オケとダンスが交流できるようになるためにはステージ上の空間の再構築が必須だ。オケを舞台奥に配置し、反射板すら撤去してダンスのための奥行き約9mの空間を確保。オケの後ろに人が歩ける高さ2メートルのブリッジを設置し、そこから森下がオケの中央を縦断して指揮台まで降りて踊る。押し出された指揮者もダンサーに混じって踊る……。こうした型破りなシーンが実現できたのは、森下のアイデアに応えた辻の存在があったからだ。
「僕はやりもしないのにできないというのが一番嫌なんです。それに作曲家の資料では、身体表現と一緒にやりたいと書いてあるんですよ。第4楽章の歌詞を手話で表現しているホワイトハンドコーラスの仲間が稽古に来てくださり、『初めて第1楽章から第3楽章が聴けた』と喜んでくれた。身体表現があるから目で曲を感じることができたんです。ほとんど耳が聞こえない中で『第九』を書いたベートーヴェンの思いが時を超えて繋がったようで感動しました」
オケにヴァイオリンで参加した高校生の大道心香さんは、「いつもは楽譜通りに弾いているけれど、今回は規格外のことばかりで楽しかったです。踊り出した指揮者を見たときは『世界は広いな…』と思いました」と笑う。
オーケストラマネージャーを務めた大田和樹さんは、「一言で言えば『ごった煮のエネルギー』がありました。森下さんと辻さんが、クラシック音楽の『譜面忠実』とコンテンポラリーダンスの『自由表現』という正反対の価値観を繋いだのです」と話す。
大ホール休館中は、23年に開館した中ホール や市民芸術創造センター(練習施設)などを活用 し、大型招聘ではなく「自分たちでつくる」クリエーション事業に注力したいと福岡さんは言う。
「劇場というハードウェアの改修期間は、同時に組織というソフトウェアの強化期間であるべきだと思っています。職員みんなでしっかり話し合い、劇場のミッションやビジョンを言語化し、共有したい。今回の『踊れ!第九』で見せ たような熱量を、一過性のものとしないために」
舞台上の「歓喜」を劇場の持続可能な「未来」へと繋げられるか。この改修期間こそ劇場の真価が問われるのではないだろうか。
(舞踊評論家・乗越たかお)
*森下真樹振付・出演『踊れ!第九』…可児市文化創造センターalaで毎年行われている市民100人が可児交響楽団の生演奏で踊る「オーケストラで踊ろう!」で2016年に森下真樹がベートーヴェンの交響曲第5番『運命』を振付。それを契機に、今度は第9番を自らの振付作品として19年にスタジオHIKARIで音源を使用して「ベートーヴェン交響曲第9番全楽章を踊る」を初演。2024年に神奈川フィルハーモニー管弦楽団の生演奏により『踊れ!第九』(神奈川県民ホール)として再演。
オーバード・ホール 大ホールクロージング記念公演「Dancing Beethoven『踊れ!第九』
[会期]2025年11月15日、16日
[会場]オーバード・ホール 大ホール
[主催](公財)富山市民文化事業団、富山市
[演出・振付]森下真樹
[音楽監督・指揮]辻博之
[出演]森下真樹、森下スタンド ルードヴィヒ5(伊藤奨、黒田勇、島田惇平、中村駿、中村理)、「踊れ!第九」舞踊団、「踊れ!第九」声楽アンサンブル、「踊れ!第九」管弦楽団
