10月12日、陸前高田市・奇跡の一本松ホールで国際共同制作『髪長姫』のワーク・イン・プログレスが行われた。自然災害と共に生きてきた日本・インドネシア・台湾の民族芸能の担い手と、現代音楽家・コンテンポラリーダンサー・現代美術家等が結集する新作舞台だ。東日本大震災後に始まった三陸国際芸術祭やアーティスト・イン・レジデンス事業などの積み重ねから立ち上がった取り組みを取材した。


『髪長姫』 撮影:船橋陽馬
今回の『髪長姫』は、宮古市に伝わる「海で行方知れずとなった娘が龍神に守られて戻り、その子(龍神の子)が地域を変える兆しとなる」という伝承から着想したものだ。日本からは山伏神楽である鮫神楽(八戸市)と大宮神楽(田野畑村)の若手有志が参加。2部構成で、第1部で は、自然災害や圧政という苦しみ、山伏との出会い、竜宮への導きといったシーンが、神楽のリズム、インドネシアの歌、コンテンポラリーダン サーの群舞などで表現されていた。祭りの群舞 から始まる第2部では、海洋プラスチックごみをまとった巨大老婆から〈髪長姫〉が誕生する印象的なシーンもあり、まだ未完成ながら不思議なコラボレーションが出現していた。
音楽はシーン毎に国別の作曲家が担当し、3カ国の奏者が参加した竹笛や太鼓、シンセサイザー、ガムラン等によるアンサンブルが生演奏。出演しているコンテンポラリーダンサー4名と音楽家2名は、みんな三陸で芸能を学んだことのある経験者で、鮫神楽や大宮神楽はこうしたアーティストたちの受け入れ先となってきた。また、舞台美術を担った美術家の井上信太さんは2017年から被災地に入り、2022年に は 防 潮 堤 ア ー ト「三陸ブルーラインプロジェクト」(*)をスタートするなど継続的に交流。インドネシアからの参加者もコロナ禍の三陸国際芸術祭で本作の前身となる『髪長姫(映像作品)』をクリエイションしたメンバーであり、お互いをリスペクトする関係が出来上がっていた。
こうしたコラボレーションの背景にあるのが、東日本大震災後に始まった文化による震災復興の取り組みだ。JCDN(ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク)による「習いに行くぜ!」、三陸国際芸術祭の一環である「芸能短期留学」、宮古市民会館による「三陸AIR」、岩手県沿岸振興局による「三陸の芸能を生かした地域活性化事業」など。三陸沿岸では現在も郷土芸能を学ぶ交流型のアーティスト・イン・レジデンス事業が継続的に行われている。
今回、多くの楽曲で太鼓演奏を担った大宮神楽の工藤淳泰さんは、「人口が減少するなか、 柔軟な活動も必要となっている。今回のようなプロとの協働は、継承してきた芸能への新たな気づきをもたらしてくれる。現代的な音楽に聞こえたかもしれないが、榊葉や山の神といった神楽演目の拍子が土台になっている。インドネシアの芸能の足運びも神楽と通じるものがあり、同じ目線で教えあう時間が成長の機会となった」と言う。
作曲・演奏で参加した現代音楽家の佐藤公哉さんは、これまでに神楽や剣舞、獅子躍などを習い、「NEO KAGURA」 などにも取り組む逸材。「大宮神楽に滞在し、神楽の旋律・拍子・歌 から作曲した経験が今回に繋がった。工藤さん の太鼓は要所要所で“呼吸”を支えてくれた。“人間対人間”にとどまらない芸能の視点、芸能の心持ちが“ 音 ”を変えると 思っている」と佐藤さん。
総合演出の前川十之朗さんは、震災後に大船渡市に移住し、郷土芸能の担い手とアーティストの出会いをコーディネートしてきた。「髪長姫では、人口流出が続く厳しい三陸の現実と芸能の伝承を重ねて描きたかった。私たちにとって地域を変える予兆の“龍神の子”とは芸能の申し子である若い伝承者のこと。彼らを国際的な創作の場へつなげたかった」と言う。
髪長姫を務めた鮫神楽の畑中大河さんは山伏神楽の再興と発展を目的とした新たな神楽イベントを立ち上げ、同じく出演した小亀美和さんは神楽をベースにした創作ダンスに取り組 んでいるという。多くのアーティストを受け入れ 、 神楽とアーティストの交流を目の当たりにしてき たこうした新世代の取り組みが、地域を変える新たな兆しと言えるのかもしれない。
(アートNPOプロデューサー・坂田雄平)
*三陸ブルーラインプロジェクト…子どもたちとつくったモザイクタイルで防潮堤を彩り、災害の記憶を刻むアートプロジェクト(一般社団法人三陸まちづくりART)として、2022年からスタート。これまで大船渡市や宮古市で開催。
国際共同制作『髪長姫』
[総合演出・監修]前川十之朗
[演出・音楽監督・出演]アノン・スネコ(インドネシア)
[舞台美術]井上信太
[衣装・出演]赤丸急上昇
[出演]インドネシア:プルモノ、ジャル| 台湾:陳世興 、陳光輝|日本:鮫神楽(青森県八戸市)/畑中大河、小亀美和、大宮神楽(岩手県田野畑村)/山本高、関 口誠、工藤淳泰、山根想貴、現代アーテ ィスト/磯島未来、大宮大奨、大部仁、 佐藤公哉 ほか
[会期・会場]ショーケース公演=2025 年10月12日:奇跡の一本松ホール/本公演=2026年2月28日、3月1日:八戸市 南郷文化ホール
[主催]一般社団法人三陸まちづくりART、 みんなのしるし合同会社
[共催]独立行政法人国際交流基金、三陸国際芸術推進委員会、八戸市、田野畑村、陸前高田市、八戸市(八戸公演のみ)
[共同制作]みんなのしるし合同会社、独立 行政法人国際交流基金
