一般社団法人 地域創造

和歌山県和歌山市 和歌山県立近代美術館 「なつやすみの美術館15 美術の歴史と歴史の美術」

 厳しい運営状況にある地方美術館において、自館コレクションの活用と地域との連携は重要性を増している。約1万4千点を収蔵する和歌山県立近代美術館(1970年開館、94年現在地に移転)では、2011年から毎夏、子どもも大人も楽しめるコレクションを主軸とした展覧会「なつやすみの美術館」を開催。学校教員や大学生が主体的に関与し、美術館を拠点にさまざまな人がつながる展覧会へと育ってきた。7月19日、20日に「なつやすみの美術館15 美術の歴史と歴史の美術」の現場を取材した。

 

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展示の様子

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ジョージ・シーガル《煉瓦の壁ぞいに歩く男》を鑑賞する「こども美術館部」の子どもたち

 

 本展の魅力は、美術作品を題材に伝えたいことを、普段美術館になじみがない人にもわかりやすく、展示やパネル、キャプション、ワークシートなどで明快に打ち出している点だ。例えば会場入口には、1枚の絵画とパネルを展示。描かれているのは、ロシア風の建物やさまざまな風貌の人々、右下の地図には日本語の文字も見える。高井貞二が満州国時代のハルビンを描いた《エミグラントの街》だ。パネルには、「なにがわかるかな?」という文言とともに、作品をじっくり見て時代や場所を想像するよう促す文章やキャプションの見方も掲載。この1作品で、展覧会全体を見る視点をつくる見事な導入である。
 

 続く「美術の歴史?」のコーナーでは、冒頭に大きさもスタイルも異なる人物画18点を壁面一杯に一目で見渡せるよう展示。好みの作品の制作年や作家名をたどるうちに美術の歴史が浮かび上がる。さらにモチーフやポーズの似た作品の比較展示や、西洋古典絵画の模写・引用を通して、日本と西欧の美術史上の関係を伝える展示もあった。

 

 「日本と『外国』」と「歴史の美術?」のコーナーでは、敗戦前の日本や日本が領有していた「外地」を描いた絵画や雑誌、そして戦争と関わる作品が並ぶ。関東大震災後や南洋の風景、和歌山から移民として渡米したヘンリー杉本や石垣栄太郎が見たアメリカ、ジャスパー・ジョーンズ《旗》、間島領一《日の丸弁当》、戦後に死刑判決を受けたBC級戦犯の遺書を題材にした太田三郎《POST WAR 72 世紀の遺書》など、時代やジャンルも多様な作品が「歴史」との結びつきを示す。

 

 特筆すべきは、学芸員と和歌山美術館教育研究会が協働で制作するワークシートだ。同会は、美術館を活用した教育の実践を目的に学校教員や教職を目指す学生、関心ある人が集う場として2011年に発足。13年から学芸員と協働でワークシートを作成し、近隣の中学校では夏休みの宿題にも採用されている。

 

 制作にあたっては、まず学芸員から展覧会の方向性と大まかな出品リストを提示。月2回程度集って議論するなかで出品作や展示構成をまとめ、ワークシートの内容を深めていく。今年は社会科教員も加わり、年表なども盛り込まれた。前述した展覧会会場入口のパネル展示も研究会での議論から生まれたものだ。

 

 学芸員の青木加苗さんは、「作品の意味も時代で変わり、鑑賞教育も背景となる歴史の視点があればさらに深められる。美術と社会科の視点を重ねることで、今の時代に生きるあなたはどう見るかを問いかけたかった」と語る。

 

 また同館では、2016年から小学生を対象とした隔月の鑑賞会「こども美術館部」を開催。20日には別の展覧会場で7人の小学生が参加して実施されていた。扉のある壁沿いに歩く男を写したジョージ・シーガルの等身大彫刻を導入に、扉を開けたら他の作品世界に入ったという“設定”で、子ども自身が作品を選び、その理由をみんなに話すという対話型鑑賞だ。こども美術館部の“卒業生”で、今は美術館のサポーターとして参加する中学生の山東大地さん、阿部智実さん、宮脇琢磨さんは、「作品から想像を自由に広げることができるのが面白い」「学校の歴史の授業に出てきた時代の作品があると嬉しい」「展示替えがあれば行くのが当たり前になっている」と、美術館が生活と地続きになっている様子を教えてくれた。

 

 和歌山大学にも「美術館部」があり、多様な人が出会う機会にもなっている。和歌山県立近代美術館は、地域の人々と共に美術館の可能性を着実に広げている。

(アートジャーナリスト・山下里加)

 

 

●なつやすみの美術館15 美術の歴史と歴史の美術

[会期]2025年7月12日~9月15日
[会場]和歌山県立近代美術館 1階展示室

 

●和歌山県立近代美術館

1963年開館の和歌山県立美術館を前身に、70年に県民文化会館内に開館した全国で5番目の近代美術館。94年に現在の場所に新築移転(設計:黒川紀章)。郷土の作家を主軸に国内外の作品約1万4,000点を所蔵。2011年から子どもと大人が一緒に楽しめるコレクション展「なつやすみの美術館」を開始。近年は現代アーティストとのコラボレーションによる展示も行う。

 

●2つの「美術館部」

2013年の「なつやすみの美術館」から和歌山大学学生による鑑賞ガイド「たまごせんせいとわくわくアートツアー」を開始。15年に大学サークルとして正式登録した。16年から小学生対象の隔月の鑑賞会「こども美術館部」が始まった。宿題で来館していた生徒が大学の「美術館部」に入ったり、美術館部の卒業生が教員になって生徒を連れて来るなど、循環的なサイクルが生まれている。

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