一般社団法人 地域創造

熊本市 第66回熊本県芸術文化祭 オープニングステージ 「ひこばえ」

 熊本県芸術文化祭(芸文祭)の開幕を飾るオープニングステージで太鼓芸能集団・鼓童と地元の大太鼓が共演する「ひこばえ」が9月8日に熊本県立劇場(県劇)で披露された。芸文祭は1959年に文化協会が中心となってスタートした熊本県芸術祭と県が主催する熊本県民文化祭を2005年に統合したものだ(*)。オープニングステージは県劇がプロデュースしており、民謡やジャズなどさまざまなジャンルにスポットを当て、プロと県民が共演する創作舞台を発表。今回は熊本県菊池市出身で地元の太鼓の保存会から鼓童に進んだ前田順康さんを演出に迎え、国際的に活躍する作曲家・藤倉大さんの委嘱曲を含めて上演した。

 

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上:演奏風景/下:宇土市大太鼓収蔵館
 
 

 出演したのは鼓童の9名に加え、オーディション等で選ばれた地元の太鼓打ち22名。国の重要有形民俗文化財に指定された宇土の雨乞い大太鼓に着目した第1部では大太鼓の演奏に加え、石井眞木作曲の『モノクローム』をプロと地元メンバーで共演。第2部は藤倉作曲『Pulsing〜パーカッショングループのための』と前田作曲『ひこばえ』の世界初演だった。

 

 プロデュースを行う県劇の佐藤奈々絵事業グループ長は、「芸文祭は『芸術を高め、文化を広め、次世代へつなぐ』がコンセプトで、創作舞台では市民参加を基本にしてきた。地元の人が世界に繋がる機会をつくるところに県劇が関わる意味がある」と言い、ネットワークを駆使し、鼓童や地元の関係者と協働したという。

 

 1月にオーディションを行い、以来、オンラインなどさまざまな方法で練習を重ねた。何度も熊本を訪れた前田さんは、「雨乞い大太鼓のコピーではなく、精神性、太鼓がもつプリミティブな面白さを伝える現代版にしたい」と考え、衣装も和太鼓の定番を破るなど工夫した。藤倉さんの曲は演奏時間も楽器や演奏者数の指定もなく、時々の変化で楽しめるものになっていた。今回身に付けた技術があれば、鼓童がいなくても再現できる曲だ。

 

 こうしたステージを可能にした「太鼓王国熊本」の礎になったのが雨乞い大太鼓の復活だ。宇土雨乞い大太鼓保存会前会長の中村進さんは、その復活運動の第一歩から関わった。

 

 1980年代、地域活性化運動が全国に広がり、熊本県でも細川護煕知事が「日本一づくり運動」を唱えた。どんなものでもいいから日本一をつくろうという運動の中で宇土市が掘り起こしたのが大太鼓だった。雨乞いの行事は廃れ、多くの太鼓は廃棄物扱い。早急に修復し、打ち手の養成もしようと市に働きかけた。折からの和太鼓ブームも追い風となり、ふるさと創生事業で交付された1億円を使って修復し、宇土市大太鼓収蔵館を建てた。90年には保存会、92年には後継者育成を目的にした青年部を結成。翌年には県劇の鈴木健二館長の発案で大太鼓26基と踊り手100人による創作曲『新伝承・宇土太鼓26』が上演された。今年で39回を数える宇土大太鼓フェスティバルは、今や市の恒例行事となっており、宇土天響太鼓や太鼓芸能集団 紬ゆい衣、宇土高校和太鼓部「鼓つづみ」といった若手の保存会団体が運営の中心を担う。

 

 長年市役所の担当者として太鼓に向き合ってきた元松茂樹市長は、「宇土市民の太鼓に対する親近感は高い。雨乞い大太鼓の行事には勇壮な太鼓ばかりでなく、バチを赤ん坊に見立ててあやす静かな踊りもあり、そうした踊りや笛を残そうと婦人会が子どもたちに教えている。少子高齢化の中、一筋縄ではいかないが何とか次の世代に繋げていければ」と話す。

 

 宇土市の子どもたちは保育園から太鼓を打つ。宇土市民会館では小中学校への太鼓アウトリーチを実施し、マネージャーの髙田大介さんが指導する。髙田さんは鼓童文化財団研修所で研修後、宇土に戻り、保存会の一員として紬衣を立ち上げた。「ひこばえ」の企画も中核になって担った。若い世代は創作に取り組み、復興を進めてきた世代は伝承に向き合っている。

 

 宇土雨乞い大太鼓は甦った時から、既存の民俗芸能の復元・伝承とは異なる道を歩んだ。その過程は変化の激しい時代に、民俗芸能を継承するひとつの道を示している。9月8日の公演は雨乞い大太鼓の切り株から出た新たな飛躍の芽だ。

(ジャーナリスト・奈良部和美)

 

 

●宇土の雨乞い大太鼓
江戸時代、現在の熊本県宇土市周辺地域の集落では、直径1メートルを超えるケヤキをくり抜いた大太鼓を叩いて雨乞いや虫追いなどの祈願を行った。田植え後の祝いや豊年祭りに神社の境内などで叩く長胴太鼓は、両縁を33個の十四面体「木星(きぼし)」で飾り、台車に載せたり、太い棒にくくりつけて担いだり、数十人がかりで移動させた。
集落が力を合わせて大太鼓と鉦や笛で踊る行事は、都市への人口流出や生活様式の変化に押され、戦後の高度経済成長期を境に衰退。多くの太鼓が放置された。しかし、椿原(つばはら)地区の太鼓が73年に張り替えられ、20年ぶりに地元の八幡宮に奉納されると、復活の機運が生まれた。89年からふるさと創生事業によって調査と補修が行われ、26基を復元。2017年には雨乞い大太鼓29基と関連資料28件が国の重要有形民俗文化財に指定された。現在、雨乞い大太鼓は、宇土市大太鼓収蔵館で保管、展示されている。

 

●第66回熊本県芸術文化祭オープニングステージ「ひこばえ」
[会期]2024年9月8日
[会場]熊本県立劇場 演劇ホール
[主催]熊本県芸術文化祭実行委員会

 

*文化協会が中心となった熊本県芸術祭と県が主催する熊本県民文化祭を2005年度に「芸術を高め、文化を広め、次世代へつなぐ」芸術文化祭として統合。

 

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