一般社団法人 地域創造

高知県高知市 市民参加演劇公演 『12人の怒れる土佐人』

 この夏、高知市文化振興事業団が制作した市民参加劇『十二人の怒れる土佐人』が、8月24日から高知市文化プラザかるぽーとを含めて県内4施設を巡演した。演出は高知市出身で俳優でもある細川貴司、作品は父親の殺害容疑をかけられた少年をめぐって陪審員12人が熱い議論を闘わせる『12人の怒れる男』(レジナルド・ローズ作)だ。映画版でも知られるこの作品を土佐弁へと翻訳したのが最大の特徴で、50年代のアメリカを舞台とした密室法廷劇が見事に高知で立ち上がった。

 

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写真提供:高知市文化振興事業団
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写真提供:高知市文化振興事業団

 劇場に入ると中央に陪審員室、その両側に対面式に客席が設置され、観客も陪審員の一員としてその場に居合わせているかのようだった。出演したのはオーディションで選ばれた18歳から72歳までの市民男女各6人。演劇経験もバラバラで、職業も異なれば、人生経験も異なる市民が出演していることで、自ずと立体的なドラマとなり、演者にも観客にも馴染み深い土佐弁によって体温を帯びたリアルな会話劇になっていた。約100分出ずっぱりで論争する芝居は集中力も要し、プロの俳優でも難易度が高い。出演者は働いている市民がほとんどだが、7月から平日は夜7時から9時半、土日は午後1時から6時まで週6日の稽古を重ねた。

 

 事業を担当した吉田剛治さん(同市文化振興事業団)は、仕事の傍らNPOで小劇場「蛸蔵」を運営している。細川さんとはその活動の中で出会い、同劇場で上演した市民参加演劇『わが町』(2021年)、香南市夜須公民館での『花咲く港』(23年)の制作を務めた。そこで市民と向き合う細川さんの演出姿勢に共感し、今回の企画を共に考えた。県内巡演のために、机とイスがあればできるシンプルなセットにするなどして低予算化。「旅公演で作品を成長させられるなんて、市民劇ではめったに体験できません」と期待を滲ませていた。

 

 面白いのは、翻訳にも市民参加で挑戦したことだ。細川さんと旧知の翻訳者である永田景子さんのファシリテートの下、戯曲翻訳とは何かのワークショップから始め、参加者全員で標準語粗訳台本を作成。そこから高知在住の参加者を中心に土佐弁へ直し、監修者である大家真理さんが粗訳のニュアンスを汲み取りながら土佐弁を監修し、上演台本を完成させた。

 

 永田さんは、「応募があるか心配しましたが、通訳ボランティアや英米文学を専攻する現役大学生などさまざまな市民12人が参加してくださった。原文の語順やリズムを尊重しながら先入観を持たずに訳す翻訳作業を、細かいやり取りを繰り返しながら、基本オンラインで全10回。皆さんとても熱心に取り組んでくださいました」と振り返り、大家さんは、「参加者たちが大切にした原文の細かなニュアンスを土佐弁ならではの表現に落とし込むためにはどの単語を選ぶか、言葉を決めていきました」と話す。

 

 現在、長野を拠点に活動する細川さんは、翻訳者がいない地方都市で海外戯曲を上演するには、出版物に頼るしかなく、どうしても上演作品が限られ、都市部のプロダクションの後追いしかできない現状を長年疑問に感じていた。今回のユニークな翻訳プロジェクトは、そんな現実を打破するアイデアだった。細川さんは、「高知の劇場の企画で、日本未発表の戯曲を初演するなんて夢も可能になる」と笑顔を見せる。

 

 細川さんは、出演者オーディションや稽古場で何度も「技術は求めません。舞台にあなたの人生を貸してください。プロに太刀打ちできない“生活者”を見せてほしい」と語りかけたとか。「高知の郷土料理に“皿鉢(さわち)”というのがあります。大皿に全部のご馳走が盛り合わせてあって、台所に立つ必要もなく、男も女も最初から最後まで一緒に酒を飲む。これってもしかすると今の社会が理想としている一つの形かもしれないと思ったんです。都市部がいつも最先端なわけじゃない。地方に最先端が既に存在しているかもしれないんです。何かを発言することが難しい現代に、今回の芝居でそんな土佐人のコミュニケーションを楽しんでもらいたかった」。

 

 他者との議論を諦めない─これは、演劇が大いに得意とする主題かもしれないと再認識した。

(ライター・川添史子)

 

 

●市民参加演劇公演『12人の怒れる土佐人』
[制作](公財)高知市文化振興事業団
[協力]高知市文化プラザ共同企業体
[日程・会場]高知市文化プラザかるぽーと小ホール(2024年8月24日、25日)、土佐清水市立市民文化会館 くろしおホール(9月8日)、窪川四万十会館(9月14日)、香南市夜須公民館マリンホール(9月23日)
*台風の影響で一部会場変更
[作]レジナルド・ローズ
[演出]細川貴司
[出演]野村裕、川﨑弘佳、西村和洋、井上琢己、浜崎ナタリア、松木一男、別役みか、岡村茜、川島敬三、藤岡武洋、柴 千優、岩松和賀、細川貴司
[翻訳]島﨑碧、市川理沙、神田芳子、藤崎琴子、藤本理子、松下晴男、徳橋順子、岡本淑、リチャード・スワンソン、吉岡いつか、吉冨文、竹内一二三
[英日翻訳監修]永田景子
[土佐弁翻訳監修]大家真理

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