一般社団法人 地域創造

令和5年度「地域文化施設におけるアウトリーチ・ワークショップの成果や効果にもとづく今後の展開に関する調査研究」

 

 地域創造では平成10年度に公共ホール⾳ 楽活性化事業を開始して以来、演劇、現代ダンス、邦楽へと分野を広げながら、全国各地でアウトリーチやワークショップなどの事業を推進してきた。それに伴い、アウトリーチをテーマにした調査研究を行い、その効果やあり⽅について報告・提言を行ってきた(*1)。

 

 一昨年度からその最新調査が2カ年にわたって行われ、令和5年度にはこれまで地域創造の事業に携わってきたアーティストやコーディネーターを対象にしたアンケート調査(*2)とグループインタビューを実施し、令和4年度の調査結果と合わせて、今後のアウトリーチやワークショップの展開⽅法や⽅向性についての提言をまとめた。なお、調査研究を行うにあたり、こうした活動の学術研究や現場の実践経験を有する有識者からなる委員会を設置した(*3)。今回は令和5年度の調査研究報告書から主な内容を紹介する。

 


 

●令和5年度「地域文化施設におけるアウトリーチ・ワークショップの成果や効果にもとづく今後の展開に関する調査研究」報告書(令和6年3月)
 https://www.jafra.or.jp/library/report/2023/index.html

 

*1 「アウトリーチ活動のすすめ」地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究(平成13年3月)
  「文化・芸術による地域政策に関する調査研究」報告書 新[アウトリーチのすすめ]~ 文化・芸術が地域に活力をもたらすために~(平成22年3月)
  「地域文化施設におけるアウトリーチ・ワークショップの成果や効果に関する調査研究」(令和4年3月)

 

*2 調査実施期間:2023年8月25日~ 9月17日、回収状況:調査対象者数235件(アーティスト190名・組、コーディネーター45名)、回答数115件、回答率48.9%。

 

*3 調査研究委員
•上野正道(上智大学 総合人間科学部 教育学科 教授)
•神前沙織(NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク チーフ・コーディネーター)
•田中真実(認定NPO法人STスポット横浜 事務局長/横浜市芸術文化教育プラットフォーム 事務局長)
•田中玲子(認定NPO法人トリトン・アーツ・ネットワーク エグゼクティブプロデューサー/理事)
•千田祥子(公益財団法人音楽の力による復興センター・東北 シニア・コーディネーター)
•源由理子(明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科 教授/明治大学 副学長(社会連携担当)/明治大学社会連携機構長)

アウトリーチの効果は芸術分野によって異なる

 令和5年度に実施したアーティスト・コーディネーター対象のアンケート調査では、「アーティストが学校に出向いて行うような授業は、特に子どもたちのどのような能力や心を育むことに効果があると思われますか」という質問に対し、「素直に感動する心(感受性)」が80.0%、「目に見えない事象をイメージする力(想像力)」が74.8%、「自分の考えや気持ちを表現する力(表現力)」が67.0%という結果となった(P19、以下カッコ内のページ番号は報告書での図表掲載ページを示す)。

 

 芸術分野別の集計では、クラシック音楽は「素直に感動する心(感受性)」が94.3%で最も高く、次いで「目に見えない事象をイメージする力(想像力)」が73.6%となった。邦楽もクラシック音楽と同様で「感受性」が最も高く、次いで「想像力」となっている。一方、ダンス・演劇では「新しいアイデアや物事を生み出す力(創造力)」が91.4%で最も高く、次いで「人と対話したり接する力(コミュニケーション能力)」が88.6%と、クラシック音楽・邦楽に比べて「創造力」や「コミュニケーション能力」が高い割合となっている(P21)。

アーティスト自身が文化・芸術の可能性を再認識

 アーティスト・コーディネーターへのインタビューでは、アウトリーチに対する考えやプログラムの特徴を質問したところ、専門とする芸術分野の知識や技術を子どもに習得させることを第一義とするという回答はなかった。むしろ、芸術そのものとの出会い以上に、芸術に長年打ち込んで来たプロのアーティストという大人との出会いこそが、子どもにとって大事ではないかという意見が聞かれた。また、地域創造の公共ホール⾳楽活性化事業がスタートした当初は、アウトリーチの前例も少なく、アーティストはコーディネーターとともにトライ&エラーを繰り返し、失敗しても「次はもっと良くしよう」という努力を積み重ねて、自分自身のオリジナルのプログラム内容や手法を開発してきたと言う。

 

 アーティストを対象にしたアンケートで、アウトリーチによって自身が受けた効果や影響について質問したところ、「文化・芸術の可能性を再認識し、自身の仕事に誇りを持つようになった」が第1位となった(8項目を提示し、「とてもそう思う」(5点)から「まったくそう思わない」(1点)まで5段階評価で評価。第1位は平均値4.66。P29)。

 

 アーティスト・コーディネーターを対象としたアンケートで、アウトリーチやワークショップを実施する上で感じた課題について「学校や地域との調整役となる職員の異動」が58.3%と最も回答割合が⾼ く、「活動にかかる時間や経費に対して収⼊のバランスが悪い」が45.2%、「活動資⾦や⼈材が不⾜していて、思うように活動を広げられない」が37.4%となっている(下図参照。P11)。

 

 アーティストへのインタビューによると、経験値が豊かになればなるほど、あらゆる年齢層に、またさまざまな障害の種別を対象に活動が広がっていることが明らかとなった。

 

 

図:アーティスト・コーディネーターがアウトリーチやワークショップを実施する上で感じた課題(n=115)

p11.jpg

 

今後に向けた3つの提言

 以上の2カ年の調査結果を踏まえて、地域の文化施設や地方公共団体などに向けた提言「アウトリーチから、文化施設、文化行政の改革を進める」をまとめた。アウトリーチやワークショップの今後の展開に関する3つの提言の概要は次の通り。

 

提言1:「アウトリーチやワークショップを起点に、文化芸術を通して地域と向き合い、新たな取り組みに挑んでみませんか」(P2)
 アウトリーチやワークショップは、さまざまな事情で文化施設に出かけられない人たちと、芸術や文化施設との間に回路を切り開いていく活動である。困難や生きにくさを抱えた人たちを視野に入れて、文化施設と地域住民との距離を縮めるためにも、地域の課題と積極的に向き合い、実践を通じて文化芸術の社会的な価値を言語化することが求められている。

 

提言2:「複雑化する地域の課題と向き合うために、さまざまな立場のコーディネーターと連携し、アウトリーチ的な取り組みの範囲や射程を広げましょう」(P6)
 想定外の出来事が次々と発生し、将来が予測できない現代において、地域の課題は複雑化する一方である。そうした地域の多様な課題に向き合うために、アーツカウンシルやアートNPO、民間団体で活躍するコーディネーターとパートナーを組むことが大切である。

 

提言3:「地域における文化芸術や文化施設の必要性を訴えていくためにも、アウトリーチやワークショップを文化政策に位置づけ、持続可能なものとしなければなりません」(P8)
 地方公共団体は、アウトリーチやワークショップを施策に明確に位置付けて、専門人材の育成、適切な職員配置、事業予算の獲得努力を行うべきである。既に実施している館は、それを継続、拡充し、対象や分野を広げていただきたい。まだ実施していない館は、地域創造の補助事業なども活用して、まずはアウトリーチやワークショップに着手することが望まれる。



 公立の文化施設でのアウトリーチの実施状況は2019年度で43.8%となっており、全国各地に普及・定着し、館独自の継続的な取り組みも広がっている(P15)。文化・芸術による創造的な地域づくりのために、文化行政、文化施設の関係者にはぜひ報告書に目を通していただき、今後の事業や施策の推進に役立てていただければ幸いである。


(文化コモンズ研究所・大澤寅雄)

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