美術館の活動を、土壌を豊かにする“堆肥”になぞらえ、地域とアーティストの相互作用を促す枠組みとしてとらえる青森県立美術館のプロジェクト「美術館堆肥化計画」。その総合成果展「美術館堆肥化宣言」が2月10日にオープンした。初日に行われた担当学芸員の奥脇嵩大さんによるギャラリーツアーに参加し、展覧会の模様を取材した。
市民10数人と共に、奈良美智の大規模個展で賑わう企画展示室の様子を横目に、広い常設展示エリアに移動。するとそこには、地域の現実や生活と連なるように制作されたアーティストの作品や、そこで出会った人々の多様な営みの記録が並んでいた。
展示は7つの「宣言」で構成。例えば宣言1 「収集から共有へ」では、明治期に全国の古器珍物を展示する施設「六十六庵」を構想し、青森にも滞在した旅人・蓑虫山人が描いた博物画の掛軸が展示されていた。蓑虫は絵として記録すると、「必要な時にまた来る」と、作品も実物も地域に保存継承させたという。一転して宣言2「漏らしは肥やし」では、環境への問題意識から半世紀にわたり野糞を実践する糞土師の伊沢正名を取り上げ、糞の分解過程の記録写真を紹介する。このように前半は、収集や保存といった美術館の固定的な役割を問い、それを有機的に拡張するような展示が続いた。
そして中盤からは、宣言3「堆肥者はいたるところに」などと題して、市井の人々の営みや地域の暮らしと向き合ってきた作家の作品が続く。例えば、下北半島・佐井村の長福寺の副住職 らによる「子どもの休日応援団体」の活動を象 徴する巨大なミニ四駆コース。原子力施設の印象が強い六ヶ所村で住民の昼食と言葉を記録した田附勝の写真シリーズ。五所川原の社会福祉法人あーるどが運営する「ありのままの表現展」に出品された多彩な作品群。通路を移動しながら寒立馬を感じる小田香の絵や映像作品……。いずれも青木淳が“原っぱ”をコンセプトに設計した美術館の広々とした空間や長い通路に巧みに配置されていた。
そして、最後を締めくくる宣言7「ここはリビング・インフラとしての美術館」には、縫いもの集団Itazura NUMANが下北地域で分けてもらった布で制作した物たちが溢れていた。みんなで作業できる机や横になれるベッド、作品入りの木箱に巻き付いた何匹もの巨大なミミズのぬいぐるみなどには、美術館を暮らしや労働を下支えする場にしようという、企画者のラディカルな問いかけが感じられた。
奥脇さんは、「青森県には青森県立美術館、十和田市現代美術館、弘前れんが倉庫美術館、国際芸術センター青森、八戸市美術館という5つの美術館がありますが、美術館の手が届かないエリアも多く抱えています。そのような地域と共にあるために美術館には何ができるかを考えながら、3年かけて奥津軽、県南、下北半島に出かけました。繋がりのあった社会福祉法人あーるどから始めて、協働する“堆肥者”を探していきました」と話す。
地域に入り、そこにある営みを観察し、ヒントになる人や資料や声を探す。そんな手法は奥脇さんの出自である民俗学や考古学のフィールドワークにも重なる。具体的に声をかけたのは 「美術館との関係を今後も生かしてくれそうな施設や人」と言い、事業を展開した風間浦村ではその資源を主体的に活用する試みが検討されているそうだ。一方、「一連の活動を通じて最も耕されたのは自分かもしれない」とも話す。「例えば通常は作品の保存管理を美術館が契約書で約束しますが、その内容を作家と分有、拡張できないかなど、保存や契約といった作品を扱う手続きを根本から点検し直したいと思うようになりました」。奥脇さ んが地域で出会ったものに感応し、さまざまな刺激を得たことは、展示物の多彩さにも現れていた。この肥やしが再び美術館の中で熟したとき、そこには美術館と地域の新しい関係が生まれるかもしれない。堆肥化計画とその成果展は、美術関係者が専門性に閉じることなく、地域の現実にふれて、アウトプットし続けることの重要性と可能性を感じさせた。(ライター・杉原環樹)
●美術館堆肥化宣言
美術館堆肥化計画の3年間の集大成となる総合成果展覧会。「計画」に関わったアーティスト、その過程で出会った土地の人々や過去の人物の活動資料、館のコレクショ ン、ミミズなど、およそ21組が地域の文化を耕す「堆肥者」として参加・出品。
*本展では、アーティストも地域の文化の肥やし手もすべて堆肥者と呼称。
[会期]2024年2月10日~6月23日
[主催・会場]青森県立美術館
[堆肥者]An Art User Conference、「ありのままの表現展」に集まった作家たち、伊沢正名、Itazura NUMAN、小田香、偽石器、竹内正一、田附勝、テラヨンカーズ、 外崎令子、庭田植え、畑井新喜司、弘前大学教育学部有志、三上剛太郎、蓑虫山人、ミミズ ほか県立美術館コレクション等
●美術館堆肥化計画
地域とアーティストの営みの相互作用を促すアートプロジェクト。奥津軽(21年)、県南(22年 )、下北半島(23年)と土地を変えて行われた地域での活動と、青森県立美術館でのその成果展示をセットで実施。地域における活動は、美術館のPR展示「旅するケンビ」とアーティストが地域で制作を行う「耕すケンビ」で構成。後者は、福祉作業所、郷土館、ショッピングセンター、史跡公園、展望台などで展開し、3年連続で参加した小田香やArt User Conferenceをはじめ、毎年3組の作家が制作を行った。