9月25日から10月9日まで「Music Program IWATE 星巡りプロジェクト」(MPI)が行われた。これは岩手県内の公共ホールが連携し、アウトリーチを中心に参加館の要望を取り込みながら行う音楽プロジェクトだ。2022年度に4館でスタート。今年度は5館が参加し、中核となるプロ奏者、地域創造おんかつ支援登録アーティストでもある打楽器奏者の野尻小矢佳さんとピアニストの新崎誠実さんが約2週間、トロンボーン奏者の加藤直明さんが約1週間滞在して17会場・19事業を実施した。
10月3日に初参加の花巻市文化会館が行った桜台小学校でのアウトリーチを取材した。対象は小学4年生で、野尻さん、新崎さんに「いわ音登録アーティスト」(*1)の牧野詩織さん(フルート)が加わり、子どもたちの好奇心をそそる楽器を体感するワークショップとともにソロ、デュオ、トリオの演奏を披露。リハーサルでは野尻さんに牧野さんがアドバイスを求めるなど、演奏家同士が学び合う姿が印象的だった。
今年度から館長に就任した伊藤ケイ子さんの提案を受け、地元の花巻囃子を取り込んだワークショップも行われた。子どもたちは横笛(フルート)に合わせ、フレームドラムで独特のリズムを刻みながら楽しそうに輪踊り。「教職員が驚くほどの大盛り上がりで、今後もこうしたアウトリーチを続けていければ」と館長。
MPIの最大の特徴は“ゆるふわ連携”にある。北上さくらホール企画事業課の千葉真弓さんは、「参加する館は規模も違えば、運営主体の法人格や自主事業の内容も予算の捻出の仕方も異なります。厳格な決め事をすると連携が難しくなるので、無理なく、ゆるっとふわっとした連携で地域に音楽を届けるアウトリーチなどを拡充したいという思いで始めました」と話す。
発端は、2021年に沿岸部の釜石と大船渡の2館が連携し、野尻、新崎、加藤による演奏会とアウトリーチを行ったことだった。その演奏会に来た北上や前沢の事業担当者も加わり、「来年は4館で」という話になったという。「もともと個人的交流があり、2011年には大船渡、北上、前沢で『おんかつ市町村連携モデル事 業』(*2)も実施しています」と前沢ふれあいセン ターの大内友規さんは振り返る。
そんな連携意欲の高まりを受け止めたのが、野尻たち演奏家だった。「連携モデル事業で、私は前沢、新崎さんは大船渡の担当でした。でも東日本大震災が起こった。事業はなんとか実施されたものの、二人ともおんかつアーティストとしては2年目の駆け出しで、地域と関わるとはどういうことなのかを真摯に考えさせられました」と野尻さん。そして、被災地への楽器の寄贈や修理、演奏など支援活動に取り組んだ。
このとき、現地情報の共有や現場で協力したのが、北上、前沢、大船渡の3館だった。「みんなにとって非常に濃い1年間でした。それが今の連携のベースになっています。私たちにとって岩手は第二の故郷です」(野尻)。そうした関係が結実したのが「MPI 4館巡りプロジェクト」(2022年9月7日~19日)だった。
MPIは地域の演奏家にとっても、アウトリーチ手法などを磨く機会になっている。前沢ふれあいセンターが実施した10月4日の水沢南小学校でのアウトリーチは、いわ音アーティストの研修も兼ねて実施されていた。プログラムづくりも行ったいわ音1期生の菊池葉子さん(メゾソプラノ)は、「登録アーティストとなって活動の幅が広がっています。今回は野尻さんたちと共演できただけでなく、プログラムづくりでも沢山の助言をいただき、とても勉強になりました」と話す。
加えて、MPIの特徴に“現場協働”が挙げられる。そもそもアウトリーチは収益事業ではなく、館も予算や人員を割きにくい。MPIでは、連携した館のスタッフが他館の事業にも駆けつけ、アーティストの送迎や舞台裏、表回りなどをサポートする。そうした互助的な手法でアウトリーチを持続的に展開できるような環境をつくっているのだ。こうした行政の垣根を越えた軽やかな連携の求心力となっているのは、ひとえに事業担当者や関わる演奏家たちの音楽によって地域社会をより良くしていきたいという思いに他ならない。その思いの共有を強く感じさせる取材だった。
(田中健夫)
「Music Program IWATE 星巡りプロジェクト2023」概要
釜石市民ホールTETTO(9月27日、28日):アウトリーチ3カ所(幼稚園、小学校)、クリニック(中学校)、ピアノ解体ショー/大船渡市民文化会館リアスホール(9月29日):アウトリーチ2カ所(小学校)、クリニック(中学校)/北上市文化交流センターさくらホール(9月30日、10月6日、8日、9日):クリニック2カ所(中学校、高校)、アウトリーチ2カ所(小学校)、ホール公演/花巻市文化会館 (10月2日、3日):アウトリーチ2カ所(小学校)/奥州市前沢ふれあいセンター(10月4日):アウトリーチ2カ所(小学校)/ NPO芸術工房(10月9日):クリニック(中学校)
※出演者はプログラムによって編成が変わり、野尻小矢佳(Perc.)、新崎誠実(Pf.)、加藤直明(Tb.)を核に、研修を目的としていわ音アーティストの菊池葉子(Mez.)、牧野詩織(Fl.)が参加。核となるアーティストが2週間ほど岩手に滞在し、連携館の全体会議で各館の実施日程を調整。プログラム内容は参加館の個別の要望を踏まえながらアーティストが企画し、各館がアーティストと個別契約。
*1 北上、前沢、大船渡の連携をベースに県内の音楽家を育成する「いわての演奏家とつくる音楽会」(いわ音)を2014年に立ち上げ。岩手県在住の演奏家または音大などの学生を対象に、外部専門家によるオーディションを行い、いわ音登録アーティストとして認定(1期2名、現在6名を登録)。
*2 おんかつOB館が中心となって近隣市町村のホールと連携して実施するおんかつ事業(現在は終了)