福井県の北東に位置し、山々に四方を囲まれた大野市(人口3万人余り)。2018年、城下町の面影が残る旧市街地に開館したアートギャラリー「COCONOアートプレイス」が5周年を迎えた。 建物は、市に寄贈された築120年を超えた木造古民家。開口部を大きくとって街に開かれるように改装され、蔵・ハナレ・母家の一部を使った3つのギャラリー、床の間のある座敷を活かしたコミュニティスペース、中庭、2階まで吹き抜けにした入り口の土間のショップと建物のもつ重厚さと機能性が見事に調和した佇まいになっていた。
名称のCOCONOとは、「COLLECTOR(コレクター)」と「COMMUNITY(コミュニティ)」の2つのCOと大野「ONO」を連ねた造語だ。コンセプトに「古いものを守り生かしながら、新しいものも取り入れ果敢に挑戦する」を掲げ、一説には市内に1万点あるという市民コレクターが所有する現代アート作品の展示と、福井県ゆかりの若手アーティストの紹介を基軸に、年4回ほどの自主企画展を開催している。
8月20日、取材に行って驚いた。市民の収集作品を常設展示しているオモヤギャラリーには、虹のアーティストとして国際的に活躍する靉嘔、後年はニューヨークで活動したキムラリサブローをはじめ、瑛九、池田満寿夫、北川民次、オノサト・トシノブら海外でも評価の高い現代アーティストたちの作品がずらりと並んでいたのだ。制作年は彼らが無名の若手であった1950年代からのもので、小品ながら実験精神に富んだ若々しい表現に見入ってしまった。
「大野市では1950年代から才能がありながらも不遇な若いアーティストの作品を市民が購入して支援する『小コレクター運動』(*)が盛んでした。大野市出身のアーティストはいませんが、支えてもらったアーティストたちは皆さん市民と親しく交流していました」と、COCONOアートプレイスの運営を担当する大野市地域づくり部地域文化課の伊藤富美さんと南川麻衣さんは語る。子どもの美術教育への関心から始まったこの運動の中心メンバーのひとりが大野市の美術教師・堀栄治さんで、瑛九など不遇だが才能のある作家の推薦を受けながら多くの人に購入を勧めていった。その結果、大野市では小学校や幼稚園、市役所から蕎麦屋までごく当たり前に現代アート作品が飾られている。こうした小コレクター運動を大野市の文化として捉え、市民の収集作品を広く紹介する施設として設置されたのがCOCONOアートプレイスであり、伊藤さんたちは展示の度に所有者を訪ね、出展を依頼。年1回はコレクターにスポットを当てた個人コレクション展も開催している。
一方、蔵ギャラリーとハナレギャラリーでは福井市在住の図案家・版画家であるウィギーカンパニーの個展「ウィギーカンパニー版画展 『DAPPI(脱皮)』」が開催されていた。天井高のある蔵には映像作品と掛け軸風に設けた版画、ハナレにはカラフルな版画作品が展示されていた。ウィギーさんは、「先輩方の素晴らしい作品がある場所での展示はプレッシャーもありましたが、新しいことに挑戦できる機会にもなりました。年配の方が散歩ついでに立ち寄ってくださったり、生活の中でアートを楽しむ土壌があると実感しました」と言う。会場には親子連れも多く、関連イベントのダンスパフォーマンスを鑑賞したり、座敷でお喋りしたり、それぞれが家で寛ぐように時間を過ごしていた。
大野市のまちなかを歩くと、市民団体である「おさんぽアートミュージアム大野」の企画で、ウインドウや空き店舗に小コレクターの収集作品が展示されていた。道端で「うちにも作品がありますよ」と声をかけてくる人もいるほど、現代アートが生活に浸透していた。「大野の人たちにとっては当たり前すぎることで、かえってその価値を再認識してもらうのに苦労しています」と伊藤さん。個人所有という壁があり、大野市の小コレクター運動の実像を把握するのは難しいところがあるが、代替わりしてコレクションが散逸する前にこの稀有なアーティストと市民の関係が記録され、後世に伝えられていくことを願っている。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●ウィギーカンパニー版画展「DAPPI(脱皮)」
[主催]大野市
[会期]2023年7月15日~9月18日
[会場]COCONOアートプレイス
*小コレクター運動
市民が無名の若手アーティストの作品を購入して活動を支える活動。1950年代から大野市や隣接する勝山市など福井県で盛んに行われた。戦後日本の美術教育界で起こった「創造美育運動」(美術評論家の久保貞次郎が提唱した「美術を通して子どもの想像力を健全に育てる」運動)が発端。3点以上の収集で小コレクターと呼ばれるが、大野には数百点を所蔵するコレクターもいる。フォトコラージュで知られる瑛九の油彩画や、草間彌生のカラフルな カボチャの版画、虹を描く以前の靉嘔の作品など貴重な作品も多い。靉嘔は幾度も大野市を訪れ、電話ボックスに本物の絵を展示する活動のための作品も制作。 また、リサブローは大野の未来をモチーフにした作品を寄贈するなど、市民とアーティストが深く交流している。