大澤寅雄(文化コモンズ研究所)
「長期的、継続的な」アウトリーチやワークショップの成果や効果とは?
地域創造は平成10年に「公共ホール音楽活性化事業」を開始して以来、演劇、現代ダン ス、邦楽とジャンルを広げながら、アウトリーチやワークショップなどの事業に取り組んできた。この25年間でこうした取り組みは全国各地に広がり、また多様な形で展開されるようになった。
過去に地域創造では、アウトリーチに関する調査研究を2度行っている(*1)。令和4年度の調査研究では、平成20・21年度に行った前回のアンケート調査結果と比較することで(*2)、アウトリーチやワークショップの「長期的、継続的な」成果や効果の検証と考察を行った。調査研究の実施に際しては、こうした活動の学術研究や現場の実践経験を有する有識者から成る調査研究委員会を設置した。また、調査対象として、地域創造の事業にも参加経験があり、長期的、継続的に地域の小・中学校へのアウトリーチに取り組んできた調査協力館6館にご協力いただいた。この調査研究報告書からアンケート調査結果の要点を紹介する。
なお、前回調査では、調査を行うアウトリーチの芸術分野で、音楽、ダンス、演劇のバランスが均等になるようにアンケートの実施校を選定したが、今回の調査期間が新型コロナ禍の影響で、身体的距離を確保しにくいダンスや演劇は実施が困難だったため、児童・生徒の参加したアウトリーチの芸術分野は音楽59.5%、 ダンス24.5%、演劇16.0%と、音楽の割合が高くなっている(P11、以下カッコ内のページ番号は報告書でのグラフ掲載ページを示す)。
●令和4年度「地域文化施設におけるア ウトリーチ・ワークショップの成果や効果に関する調査研究」報告書(令和5年3月)
https://www.jafra.or.jp/library/report/ 2022/index.html
◎調査概要 [アンケート調査実施期間]令和4年9月 9日~12月2日(前回調査:平成20年12 月15日~21年12月18日)
[回収状況]児童・生徒対象調査:1,590 件(前回調査:2,555件)/教員対象調査:157件(前回調査:229件)
*1 「アウトリーチ活動のすすめ」地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究(平成13年3月)
https://www.jafra.or.jp/library/report/ 12/index.html
「文化・芸術による地域政策に関する調査 研究」報告書 新[アウトリーチのすすめ]~文化・芸術が地域に活力をもたらすために~(平成22年3月)
https://www.jafra.or.jp/library/report/ 20-21/index.html
*2 前回調査では、地域文化施設がアウトリーチを初めてコーディネートした小・ 中学校で実施したため、調査対象の児童・ 生徒や教員にとってアウトリーチは初めての経験だった。一方、今回調査は、調査協力館が長年にわたってアウトリーチを継続しているため、回答した児童・生徒のうち、過去にアウトリーチを経験のある割合は51.4%、アウトリーチの担当経験のある教員は57.3%となっている。
子どもたちの高い満足度、効果が大きい 「感受性」「表現力」「想像力」
ここからは「子ども」「教員や学校」「文化施設」のそれぞれにとって長期的・継続的なアウトリーチの主要な成果や効果を紹介したい。
まずは子どもにとっての成果や効果を見てみよう。児童・生徒へのアンケートの回答は、アウトリーチを実施する前から「楽しみにしていた」80.4%、参加後に「満足した」91.6%(P16)、「これからも受けてみたい」84.4%となっている (P17)。事前の期待、事後の満足度、継続の要望ともに肯定的な回答が多く、それらの割合も前回調査と大きな変化は見られない。
教員へのアンケートでは、子どもたちにとってどのような能力や心を育むことに効果があるのかを聞いたところ、「素直に感動する心(感受性)」79.6%、「自分の考えや気持ちを表現する力(表現力)」62.4%、「目に見えない事象をイメージする力(想像力)」61.1%となっている (P19)。ジャンル別で見ると、「音楽」で最も高いのは「素直に感動する心(感受性)」であるのに対し、「ダンス」と「演劇」では「自分の考えや気持ちを表現する力(表現力)」が最も高い。
実施前の信頼、実施後の効果、継続の意向…継続によって高まる教員の評価
次に、教員や学校にとっての長期的・継続的なアウトリーチの成果や効果を見てみよう。 特徴的だったのは、アウトリーチを授業に取り入れたきっかけである。前回調査で最も多い 回答は「都道府県や市町村などの教育委員会や関係部局から勧められて」だったのが、今回調査では「以前に実施した経験のある学校の教員から、効果や評判を聞いて」(32.0%)に入れ替わった(P22)。長期的にアウトリーチを継続してきたことで、教員から教員へと取り組みの評判が伝播していると考えられる。
また、「このプログラムを実施する前に、その効果について信頼していましたか」(事前の信頼)、「期待した効果があったと思われますか」 (事後の効果)、「今後も継続してみたいと思いますか」(継続の意向)という3つの質問を前回調査と今回調査を比べると、事前の信頼で「とても信頼していた」が30.1%→62.3%、事後の効果で「とても効果があった」が57.4%→70.5%、 継続の要望で「ぜひ継続したい」が41.9%→ 72.0%と、いずれも積極的な肯定意見の割合が大幅に増加している(右図、P24)。
前述した児童・生徒の「事前の期待、事後の満足度、継続の要望」は前回調査と今回調査で大きな変化はなかったが、教員にとっては、 全員が初めてのアウトリーチの担当経験だった前回の調査と、6割がすでにアウトリーチの経験のある調査対象である今回の調査で、事前の信頼、事後の効果、継続の意向の回答が大きく伸びたことが把握できた。
心豊かに生活する市民の増加、多様な価値観を受け容れる地域づくりへの期待
では、長期的・継続的なアウトリーチはどのような成果や効果をもたらすのだろうか。教員へのアンケート調査によると、アウトリーチによる授業の機会を中長期で継続した場合に期待できる地域社会への効果を「とてもそう思う」から「まったくそう思わない」まで5段階評価で尋ねたところ、「文化・芸術活動を通じて心豊かに生活する市民の増加が期待できる」 4.60、「アーティストとの出会いを通じて多様な価値観を受け容れる地域づくりが期待できる」4.54と高い評価となっている(P29)。文化施設が長期的・継続的に学校へのアウトリーチに取り組むことで、市民の心豊かな生活や多様な価値観を受け容れる地域づくりという期待が、文化施設に向けられているのではないだろうか。
※
報告書では、アンケート調査の主要な結果に加えて、調査協力館6館のアウトリーチやワ ークショップ等の事業担当の職員、アウトリーチを実施した学校教員、各館が取り組む特徴的なアウトリーチやワークショップの参加者や関係者を対象に行ったインタビュー調査も交えながら報告している。また、調査協力館6館が実施している特徴的なアウトリーチやワークショップを紹介するとともに、その成果、効果を分析、整理している。
これまでアウトリーチやワークショップに取り組んできた、あるいは、これから取り組もうとする文化行政、文化施設の関係者にはぜひ報告書に目を通していただき、ご自身の地域や施設でのこれまでの振り返りと、今後の検討に役立てていただければ幸いである。
図 教員対象アンケート調査から
◎調査研究委員会
上野正道(上智大学 総合人間科学部 教育学科 教授) 神前沙織(NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワークチーフ・コーディネーター)
田中真実(認定NPO法人STスポット横浜 事務局長/横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局長)
田中玲子(認定NPO法人トリトン・アーツ・ネットワークエグゼクティブプロデューサー/理事)
千田祥子(公益財団法人音楽の力による 復興センター・東北 シニア・コーディネーター)
源由理子(明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科教授/明治大学副学長 (社会連携担当)/明治大学社会連携機構長)
※五十音順、敬称略(所属・肩書きは委員就任当時のもの)
◎調査協力館
•北上市文化交流センター さくらホール
•いわき芸術文化交流館 アリオス
•りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館
•上田市交流文化芸術センター サントミ ューゼ
•穂の国とよはし芸術劇場 PLAT
•北九州芸術劇場