ハラスメントとは、一般的に「他の者を不快にさせる言動、他の者の安心・安全な環境を害する言動、また、言動への対応によって条件等で不利益を与える行為等の総称」(ロームシアター京都ガイドライン)と定義されている。
近年、人手不足などを背景に、安全・安心な労働環境への一層の配慮が求められるようになり、2020年6月にパワハラ防止を大企業に義務化した「労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」が施行された。22年4月からは中小企業にも適用され、小規模事業者の多い舞台芸術業界においても環境整備が必須となった。今回はその参考として、那覇文化芸術劇場なはーとが主催した「舞台制作者向けハラスメント防止講習会」(5月27日)の模様を紹介する。
講師は上級ハラスメント対策アドバイザーに認定されている植松侑子さん(特定非営利活動法人Explat理事長、合同会社syuz’gen代表社員)だ。限定20人で公募し、地元の劇団主宰者、映画製作者などが4時間にわたって受講した。
植松さんは、「誰かの意見を否定しない」「ここでの個人的な話は外に持ち出さない」といった講習会のルールを確認。その後、ハラスメントに関する法令やそれに基づく雇用主(事業主)・労働者の責務の説明、演劇の稽古場でのハラスメントの特性、一般的なハラスメント類型、クリエーションの現場でハラスメントを起こさないためのキーワード【心理的安全性】【認知のゆがみ】の解説、ハラスメント事案が発生した時の対応などについて丁寧に伝えていた。
「弁護士や各種コンサルタントがさまざまな角度から研修を行っているが、演劇制作の現場を知っている立場から噛み砕く必要を感じてアドバイザーになった。異なる思考の癖=認知のゆがみをもったいろいろな人が集まる稽古場でコミュニケーションのルールを確認しないまま稽古を始めるのは、ウォームアップなしに試合を始めるようなもので、怪我をする。ハラスメント防止は心理的安全が担保された創作環境の中でクオリティの高い作品づくりに挑戦し、個人が成長できるようにするための手段。職務上必要な指示や指導ができなくなるわけではなく、メンバーみんなで前提を共有し、研修=抑圧にならないようにするべき。ハラスメントはとにかく起こさないことが命なので、まずは【ガイドラインの作成】【稽古のなるべく早い段階での研修】【相談窓口の設置】という防止3点セットに取り組んでほしい」
講習会を企画したなはーとの土屋わかこさんは、沖縄のアーティストと県外のアーティストを繋げてクリエーションする自主企画「出会いシリーズ」などのプロデューサーだ。
「10月に京都の和田ながらさん(演出)を招いて、地元の新垣七奈さん(出演)、兼島拓也さん(ドラマトゥルク)、丹治りえさん(美術)などと一人芝居をつくる。和田さんからの提案もあり、座組の皆さんと別作品に携わる人も交えて関係者向けのハラスメント防止講習会を実施した。こういった講習の重要性を知ってほしいと思い、植松さんには今回、相談窓口にも入っていただく。劇場全体として取り組むことが理想だと思うが、まずは自分がプロデュースする現場で必ず実施したいと思っている」
講習会を終えて、こうした研修が消防訓練のようにあたり前のルール確認として劇場で行われるような時代になったのだと実感した。
(坪池栄子)
ハラスメントに関する法整備
労働施策総合推進法は、1966年に雇用対策法を改正し、労働者が生きがいをもって働ける社会の実現を目的として制定。正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」。2019年5月の改正により、20年6月から大企業に対するパワーハラスメントの防止が義務づけられ、それまで努力義務とされていた中小企業に対しても22年4月から義務化された。99年4月には「男女雇用均等法」において「女性労働者に対するセクシュアルハラスメント(セクハラ)防止のための配慮義務」がスタートし、07年4月に「男女労働者に対するセクハラ防止の措置義務」に改正。17年1月の施行において「マタニティハラスメント(マタハラ)防止の措置義務」が追加された。また、「女性活躍・ハラスメント規制法」「育児・介護休業法」においても、ハラスメント防止が強化された。
ハラスメント防止等の取り組み例
映画・演劇の製作配給・興行を行う東宝(株)では社内におけるハラスメント対策だけでなく、2022年12月から東宝主体で製作されるすべての映画作品において撮影開始前にハラスメント研修を実施し、外部弁護士による相談窓口を設置すると発表(現在は演劇においても新作・再演の稽古開始段階でハラスメント研修を実施)。また、22年6月には東宝など映画産業の関係者・関連団体が参画した「一般社団法人日本映画制作適正化機構(https://www.eiteki.org/)」を設立。実写映画が適正な現場環境で製作されたことを認定する「適正作品認定制度」をスタートした。劇場・演劇については、ロームシアター京都、アゴラ劇場、豊岡演劇祭などがハラスメント防止ガイドラインを公開している。
演劇の稽古場でハラスメントが起きがちな理由(講習会より)
•演出家が方法論や指導のための言葉をもっていない
•長時間の共同作業
•権力関係、権力勾配
•徒弟制度の性格(先生と生徒のようなメンタルな関係)
•感情を扱う芸術、過激な演技
•役の関係性(夫婦役、恋人役、親子役、敵同士など、役作りに必要だと言われてプライベートな時間にもその関係を要求される)
•個人情報の共有
•まず作品ありきになりがち(人がいて作品があることを自覚する)
舞台制作者向けハラスメント防止講習会
[主催]那覇市
[企画制作]那覇文化芸術劇場なはーと、合同会社syuz'gen
[会期]2023年5月27日
[会場]那覇文化芸術劇場なはーと 大スタジオ
[講師]植松侑子(特定非営利活動法人Explat理事長、合同会社syuz’gen代表社員)