一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.52 博物館法改正

講師 小林真理(東京大学教授)

70年ぶりに大幅改正された新博物館法の概要

1. 博物館法改正の背景と経緯

 2022年4月15日、大幅な変更は70年ぶりとなる博物館法が改正された。施行は23年4月1日である(*1)。
 1951年に博物館法が制定された当時、200館程度であった博物館の数は現在約5,700館まで増えた。博物館数の増加に比例して博物館への入場者も増え続けており、社会において博物館に親しむ人が増えている状況がみて取れる。とはいえ博物館を巡る状況はそれほど楽観的ではない。2018年に日本博物館協会によって行われた調査(*2)によれば、日本の博物館の典型的な姿は以下のようにまとめられる。博物館の主たる施設の建設年の平均値は1979年で、老朽化が進んでいる。また常勤職員数は3名(内1名が学芸員)であり、常勤館長がいない施設は40.5%。そもそも学芸員がいない施設が16.5%ある。
 博物館への社会的期待が高まっているにもかかわらず、それに対して十分応えるだけの実態を持ち得ていない施設が多い。このような状況を改善していくために、今後、博物館振興施策をどのように行っていけばいいのか。今回の博物館法改正は、そのための基盤的な整備の第一歩と言える。

2. 改正の概要

 今回の改正のポイントは概ね3点にまとめられる。第1に新しい博物館法が社会教育法はもとより文化芸術基本法も根拠とすることになったこと、第2に博物館の登録要件と手続きが変更になったこと、そして第3に博物館の事業について2つの事業が追加されるようになったことである。
 第1は、1951年の博物館法制定時から70年を経て、博物館を取り巻く状況が変化したことを踏まえたものだ。例えば、初期に公立博物館の開設を進めてきた地方自治体も、99年に地方分権一括法(*3)が成立し、地方分権化が進み、地方自治体みずからが自治体全体のガバナンスを強化しなければならなくなってきた。
 そのような中で、例えば公立博物館といえども総合的な経営力の強化が必要になっている(儲ける、利益を上げるということではない。自治体側の直接・間接の支援政策の立案も重要である)。社会全体に博物館をさまざまな視点から受容し、博物館に親しむ文化を形成していくことが、長い目で見たときに持続可能な博物館活動の下支えになる。文化芸術基本法の理念は、文化芸術の本質的な価値を社会の中で共有していくために、より広く社会の中に文化芸術の機関(施設)を位置づけていくことも目的であることから、これを根拠に置くことにより具体的な支援の可能性が広がることが期待できる。

 第2は、図1のとおりで、各教育委員会、そして各施設に関わる部分であり、実質的な影響が大きい。博物館の登録申請は都道府県および指定都市における教育委員会であることに変更はない。これまで設置者要件は、地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人等に限定されていたが、法人類型に関わらず、要件(図1参照)を満たすものは登録をすることができるようになった。また、登録の審査に当たっては学識経験者の意見を聞くことも付加された。
 博物館資料の収集・保管・展示および調査研究を行う体制等の審査基準は、これから明らかにされる予定の文部科学省令に則ってそれぞれの教育委員会が準備する必要がある。なお、関連の文部科学省令は2023年1月現在未公布であり、同年4月1日の新博物館法施行までには公布されると思われる。すでに登録博物館であるところは、施行から5年間は登録博物館とみなされるが、登録を継続しようとする場合は新たな基準で登録し直す必要がある。また、博物館相当施設は、旧法では雑則に位置づけられていたが、博物館法上の概念として第5章「博物館に相当する施設」に明確に位置づけられた。
 そして第3は、博物館の事業として博物館資料のデジタル・アーカイブ化(どの程度まで実施するかは現在博物館部会で検討中)と、学芸員等の研修について学芸員・学芸員補以外の者を含めることが追加されたことだ。後者については、博物館における役割が複雑、高度化していく状況にある中で、学芸員だけが博物館の運営の専門家ではなく、学芸員資格は持たなくとも博物館の運営において専門的な知識や技術を必要とする職種が増えている現状に合わせた改正である。

3. 登録のメリット

 登録博物館、博物館相当施設、その他登録・指定しない博物館という類型が残るという意味において、全体としはわかりやすい改正とは言えない。登録制度が制定された当時は、国による保護や助成に値する博物館を選別するという意味があり、ある時期までは博物館建設費や資料輸送費等に特典があった。とはいえ、株式会社立の博物館であっても、優れた博物館活動を行っているところもある。今回の改正では、博物館活動の質的な側面に着目するとともに、それを持続可能にする経営能力・資質を一体的に考えることによって、将来に向けて博物館活動を継続し続けられるところを登録する仕組みに変え、実質的な設置者形態の緩和が行われた。
 課題は、登録のメリットをどのように考えるかであろう。当初は登録することよるメリットが相応に存在した。この間、さまざまな法整備によって、地味かもしれないがメリットが徐々に拡大されてもきた(表1)。一方、必ずしも登録博物館や博物館相当施設を要件としていないものの、博物館活動を支援する制度も整備されてきた。これらは各関連博物館の学会や機関等が努力して獲得してきたと思われるものだ。例えば研究機関として承認された博物館や美術館が科学研究費補助金の申請代表者になれることや、文化財保護法上の公開承認施設、絶滅の恐れのある野生動植物の種の保存に関する法律における希少種保全動植物園等への支援などである。文化観光推進法における文化資源活用保存施設もそのようなものに含まれる。
 詰まるところ、博物館側のニーズ、あるいは支援省庁側の支援したい施設とこれまでの要件が合わなくなってきたということであろう。今回の改正では、こうした齟齬を是正し、設置者形態の緩和を行うことによって、質的に博物館機能を十分に継続できる博物館に広く登録のメリットを享受してもらうことを目的としている。そして、登録されることが質的保証を意味することが浸透すれば、世界遺産制度同様の別の好効果が現れるかもしれない。
 いずれにしても今後このメリットが拡充されてくることが、より登録へのインセンティブが働くることになる。文化庁にはその努力をぜひお願いしたい。

 

 

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図1 改正博物館法第2章 登録

 

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表1 旧法における博物館分類の主な利益

 

 

*1 これまで博物館の所管は文部科学省の生涯学習関係部局に位置づけられてきたが、2018年に文化庁の任務に「博物館による社会教育の振興」部分が移された(文部科学省設置法第18条)。19年には文化審議会に博物館部会が設置され、博物館に関して常設的に検討する部会が開設された。第1期博物館部会の任務が、08年時の博物館法改正以降の検証と、それを踏まえた課題の整理であった。19年11月から開催されてきた博物館部会は、第2期博物館部会の第7回会議(21年3月24日)において、博物館部会内に設置されていた法制度ワーキンググループの検証に関する中間報告を受けた。21年の第3期博物館部会では、博物館法改正に向けての取りまとめを行い、21年12月8日に「博物館法制度の今後のあり方」が決定、12月20日に文化審議会総会で了承、答申が行われた。その後庁内での対応が行われ、22年4月15日の第208通常国会において改正されることになった。

 

*2 「日本の博物館総合調査報告書」(公益財団法人日本博物館協会、2020年9月)

対象施設4,178館、有効回答2,314館、有効回答率55.4%。

 

*3 中央集権的な行政のあり方を見直し、国と地方の役割分担を明確化し、国から地方への権限や財源の移譲を進める法律の総称。

 

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