講師 吉本光宏(ニッセイ基礎研究所 研究理事)
見えてきた“これから”の地域コーディネーター
令和3年度の地域創造の調査研究は、コーディネーターをテーマに実施された。その背景には、地域創造が過去に行った2つの調査研究がある(*1)。いずれも「文化的コモンズ」に関する提言が示され、コーディネーターの必要性や育成・確保が重要だという調査結果がまとめられていた。
今回はそれを受け継ぐ形で実施されたもので、報告書に明示されてはいないが、文化的コモンズの形成がこれからの文化行政や地域の文化施設運営の基盤となるべきという考え方が調査研究のベースとなっている。いわば、平成26年、28年調査と合わせ「文化的コモンズ3部作」とも言えるものだ。
具体的には「地域と文化・芸術のつなぎ役であるコーディネーターの活動を具体的に紹介することで、“これから”求められる人材のあり方について考察を行い、課題の整理や目指すべき将来像を検討する」ことを目的に、6組・7名のコーディネーターの調査を実施した(*2)。
調査研究の実施に際しては、当該分野の専門家3名(うち2名は調査対象と同一)にアドバイザーを委嘱し(*3)、調査の内容や実施方法、分析や報告書のとりまとめについて、3回の意見交換会を行った。さらに調査対象のコーディネーター、アドバイザー8名が一堂に会した座談会を開催し、調査で浮き彫りになった論点について議論と考察を行った。
紙面が限られるため、本稿では3名のコーディネーターの調査概要を紹介し、調査結果から見えてきたことの要点を掲載する。
事例1 市民協働で公立文化施設のあり方を更新する
いわきアリオスの長野隆人さんは、東北地方では最大規模の劇場・ホール施設で、広報の仕事を手がかりに、子育てやまちづくり、市民活動などと連携し、公演やアウトリーチといった従来の事業の枠組みを超えた活動を展開している。
現在は、館の運営や事業を統括する支配人として、市民から寄せられる声や要望に耳を傾け、館として対応しながら、時には市民に活動の担い手を託することで、市民と協働して公立文化施設のあり方を更新しようとしている。
文化施設の広報は、劇場の事業や活動を市民に伝えるだけでなく、「広聴」の役割を担うべきだという考え方を含め、公立文化施設の方々は、ぜひ参考にしたい事例である。
事例2 越境と更新を繰り返すアーティスト・表現としてのコーディネート
アサダワタルさんは、音楽家としての活動と並行して、全国各地でさまざまなアートプロジェクトやワークショップを行っており、「表現による謎の世直し」をテーマにしたその活動は多岐にわたる。現在は、障がい者福祉のワークショップのコーディネートを中心に、アートから他分野へ越境しながら「表現」を軸に幅広い活動を展開している。
現場で経験したことを執筆活動として整理し、「表現」の持つ可能性を社会と共有することもアサダさんの重要な仕事で、報告書で紹介した彼の著作も、これからの文化行政やアートの役割について多くの示唆を与えてくれる。
事例5 支援と提案で文化政策を転換し、地域の未来へ投資する
長野県内の文化ホールの勤務経験がある野村政之さんは、「公金を文化芸術の創造に上手につなげるには?」を自身の活動テーマにしてきた。演劇のドラマトゥルクとしてアーティストの創作のサポートを行うとともに、沖縄アーツカウンシルのプログラム・オフィサーとして地域の多様な文化芸術団体に支援の対象が広がったことが、コーディネートの仕事につながっている。
長野県内の市町村を回って地域の文化の担い手を見出し、後押しするとともに、県の行政職員や文化事業団の相談にも対応している。
現在は今年6月に設立された信州アーツカウンシルのゼネラルコーディネーターを務めているが、県の担当者からは「アーツカウンシルを起点に農業や観光、移住、障がい者などの分野につながっていく可能性が開けている」という発言もあり、コーディネーターは、行政施策全般とつながることがわかる。
文化行政のあり方を問い直す5つの論点
本調査で注力したのは、コーディネーターの実態や成果、将来の方向性を把握するため、コーディネーター本人に加え、関係者から幅広く生の声を拾ったことである。その数は約50名、インタビュー時間は約30時間に及んだ。
そこから見えてきたことは、次のとおり、コーディネーターの役割やあるべき姿にとどまらず、これからの文化行政や公立文化施設のあり方を根本から問い直すものであった。
•文化行政や公立文化施設を取り巻く環境が大きく変化し、従来とは異なる考え方、取り組みが求められていること
•地域社会における問題や課題が複雑化し、新型コロナがそのことに追い打ちをかけ、顕在化させていること
•教育、福祉、まちづくりなど、従来の政策分野ごとの行政施策には限界やほころびが生じ、それらの分野をまたがる、あるいはその隙間からこぼれ落ちる問題や課題こそ対応が求められていること
•文化芸術やアートには、人々に気づきを与え、一人ひとりの行動を促したり、地域に変化を生み出したりするポテンシャルがあること
•コーディネーターは文化芸術に軸足を置きつつ、多様な政策領域に越境して、地域や市民と協働しながら、今日の問題や課題と向き合っていること
コーディネーターの立ち位置の変化
コーディネーターの役割が注目されるようになったきっかけのひとつは、1990年代後半から各地で活発になったアウトリーチである。文化施設やアーティストと学校や福祉施設などの現場との仲介役として活動するようになり、やがてコーディネーターは文化芸術と教育や福祉、まちづくりなど他の領域とを結びつけるつなぎ手と認識されるようになった。
しかし、今回の事例調査で取り上げたコーディネーターの仕事ぶりを俯瞰すると、文化芸術と他の領域との間に立って相互をつなぐ、という立ち位置ではなく、文化芸術と他の政策領域や行政課題を地続きのものとしてとらえ、文化芸術を足場にさまざまな領域に越境し、それぞれの地域に根を下ろして市民と共に実に多様な課題と向き合っていることがわかる。
そこで、今回の調査研究では、複雑化する地域の問題や課題に対応するコーディネーターや文化施設、文化行政の役割が大きく変化していることを示すため、調査結果からその変化に対応するための「75の糸口」を抽出し、それらを5項目にまとめたものを「骨子」(*4)として示すことにした。
75の糸口は、調査結果の分析的な記述ではなく、コーディネーターや関係者へのインタビュー、座談会で語られた言葉や発言がベースとなっている。それら一つひとつに重みや深さがあり、これからの文化行政や地域の文化施設への問いかけ、メッセージとなることを重視したためである。75の糸口にはそれらが導き出された事例調査の番号、座談会の掲載ページを記載してインデックスとなるよう工夫した。
ぜひ報告書を手に取って、気になる糸口を手がかりに、コーディネーターのあるべき姿、そして、今後の文化行政や地域における文化施設の方向性を見出していただきたい。
*1
•「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究─文化的コモンズの形成に向けて」(平成26年3月)
東日本大震災以降の公立文化施設の役割を再考することを目的に実施されたもので、「文化的コモンズ(地域の共同体の誰もが自由に参加できる入会地のような文化的営みの総体)」という概念がまとめられ、公立文化施設はその文化的コモンズの形成に取り組むべきという提言、そのためにはコーディネーターが求められる、という論点が示された。
•「地域における文化・芸術活動を担う人材の育成等に関する調査研究─文化的コモンズが、新時代の地域を創造する」(平成28年3月)
平成26年の調査結果を受けて、全国の5つの文化施設、文化プロジェクトを対象に、「文化的コモンズ」がどのように形成されているかを調査、分析。「文化的コモンズを担う人材、特にコーディネーターの育成・確保が必要」という提言がまとめられた。
*2 調査対象
•長野隆人(いわき芸術文化交流館アリオス 支配人)
•アサダワタル(文化活動家/社会福祉法人愛成会品川地域連携推進室 コミュニティアートディレクター、アーティスト、文筆家)
•小川智紀(NPO法人STスポット横浜 理事長)・田中真実(NPO法人STスポット横浜 事務局長/横浜市芸術文化教育プラットフォーム 事務局長)
•荒井洋文(一般社団法人シアター&アーツうえだ 代表/プロデューサー)
•野村政之(長野県県民文化部文化政策課 文化振興コーディネーター)
•宮城潤(那覇市若狭公民館 館長/NPO法人地域サポートわかさ 理事)
*3 アドバイザー
•小川智紀(認定NPO法人STスポット横浜 理事長)
•野村政之(長野県文化政策課 文化振興コーディネーター)
•若林朋子(プロジェクト・コーディネーター/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 特任教授)
*4 「75の糸口」の骨子
A. 文化政策・文化行政・文化施設
•文化政策には発想の転換が求められている
•文化行政の先入観を更新する
•文化施設の根本を考え直す
B. 劇場・創造・文化の場づくり
•舞台芸術や文化拠点の持つ力、創造や表現という芸術のコアを大切にする
•文化の「場づくり」に力を注ぐ
C. アート・アーティストの役割
•アートやアーティストは価値観を更新させ、別の思考や行動を促していく
•アートの目的や機能は課題解決ではなく、地域の基礎体温を上げること
D. コーディネーターに求められる姿勢
•市民や地域をその気にさせる
•余白や「ゆるさ」、「聴く力」を大切に
•もっと雑談・相談・広聴を
E. コーディネーターの活躍に向けて
•コーディネーターの位置づけ、役割を考え直す
•コーディネーターを育成し、新たな評価の視点を持つ
•市民活動から市民自治を展望していく
●地域創造の調査研究報告書は、当財団ホームページからダウンロード可能です。
https://www.jafra.or.jp/library/report