一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.50 落語の業界構造

講師 松田健次(放送作家)

公立ホールで落語公演を企画する上での留意点など

 落語は大衆芸能において最もシンプルな芸と言える。一人芸で、話芸で、座り芸で、極端な話が座布団一枚あれば舞台は成立する。
 演者によって披露されるのは「語り」「表情」「扇子・手ぬぐい等の小道具を含む上半身の仕草」と、観客に提供される情報がとても少ない。ゆえに、真に落語という芸が成立するのは、その受け手である観客との相互関係に拠る処が大きい。観客が落語に接し、発せられる語りから物語の情景や人物像をどれだけ頭の中で想像出来るか、それが重要となる。
 芝居やダンスなど「観る」ことが主の表現に対し、落語の本質は「聴く」ことが主だ。聴いてビジュアルを思い浮かべる。受け手である観客の想像力が体験の深浅に関わる。これは読書体験に近いとも言える。

落語家と団体と制度

 プロの落語家は現在全国で約900名。2013年には約700名だったので近年かなりの増加傾向にある。落語家は東京と大阪の東西に二分される。江戸時代に遡る芸の発祥と発展が東西の都市で行われ、それぞれ「江戸落語」「上方落語」という総称がある。
 落語家には所属団体があり、東は四派、西は二派で分類される(下図参照)。
 プロの落語家はすべて師弟制度だ。師匠に弟子入りすることで落語の世界における身分が担保される。東の落語家には階級があり「前座・二ツ目・真打」の呼称があるが、西の落語家に階級制度は無い。

 

落語業界の構造

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落語の興行主体

 落語家のホームグランドは寄席だ。寄席の多くは年間ほぼ休まず営業している(右図参照)。寄席で演者の持ち時間は15分から20分、最後を務めるトリは30分以上。落語家にとって寄席は実践と鍛錬を兼ねた場であり、認知を広めるショーケース的な場でもある。落語家にとって寄席はホームグランドであるが、多数の演者が出演する興行のため、出演料は安い。よって寄席以外の他所で開催される落語イベント(落語会)が収入源として重要となる。
 寄席以外での公演は落語家が自ら主催する独演会や勉強会などの自主興行もあるが、多くの落語イベントを手掛けているのがイベンターであり主催者と呼ばれる経験者達だ。彼らは自ら企画したイベントを制作する他、新聞社をはじめ様々な主催スポンサーの公演制作を請け負ったり、全国のホールに公演企画を販売したり、制作協力したり、多様な形で落語の興行に関わっている。
 また、落語イベントは舞台に必要なものが簡素で準備がしやすいため、有体に言えば開催へのハードルが低い。それゆえ、大・中ホールや劇場を主とする職業イベンターから、身近な集会施設や飲食店内などの小スペースで落語イベントを手掛ける副業的な世話人など幅広い主催者が存在している。
 ちなみに、2020年1月に関東圏内で開催された落語会は、寄席興行を除き大小合わせて1,023公演(「東京かわら版」より集計)。毎日平均34公演が開催された概算となる。コロナ禍で深刻な影響を受けた2021年1月で738公演。毎日平均25公演である。開催しやすさ、小規模公演の裾野の広さも落語イベントの特長と言える。

公演での留意点と内容

 落語イベントの公演時間は概ね2時間から2時間半以内が適当だ。その際、合間に10分〜15分の休憩を入れるのが望ましい。主に「聴く」芸である落語は、観客の集中力を保つ配慮を要する。その留意を欠くと、たとえ好演であっても「時間が長い」「腰が痛くなった」等の不満を招きやすい。また長時間の集中力を欠きがちな未就学児童の入場可否は検討がマストだ。親子室があればきちんと活用したい。
 公演内容には概ね3つのパターンがある。「独演会」「2人会(もしくは3人会)」「寄席形式」だ。「寄席形式」は若手、中堅、ベテラン、色物(漫才、紙切り、太神楽、俗曲ほか)などを散りばめたバラエティに富んだプログラムとなる。
 また落語には「古典落語」と「新作落語」がある。「古典」は江戸や明治が背景で、広く知られる『寿限無』『時そば』『芝浜』等は古典だ。「新作」は時代背景を問わないが主に現代を描き、落語家自身や作家のオリジナル作品である。
 落語家によって「古典派」「新作派」「両道派」と芸種があるため、どの落語家が出演するかで古典か新作か概ね規定される。落語家各々の芸風に詳しくなれば、より興趣に充ちた企画を考案する心強い材料となる。

公立ホールによる開催と企画

 公立ホールが主体となって落語イベントを開催する場合、最初に考えるべきは劇場のキャパシティに合う企画の検討だろう。キャパが300人、500人、800人、1,200人など客席数の違いによって企画の構想はシビアに変わる。
 落語は他ジャンルに比べ、出演者が少なく、舞台も音響も照明もシンプルでベーシック。つまり舞台制作の経費が少ない。採算ラインが低い芸能である。だからと言って集客が少なくていいわけではない。演者のモチベーションは客席の埋まり具合に大きく左右され、笑いや拍手の量に影響されるものだ。まず目指すべきはキャパの7割〜8割以上の集客が見込める企画が望ましい。もちろんそれ以下のスタートから公演回数を重ねて観客を育てていく方向もある。その場合は予め出演者にホール側の意向を伝えておくなど信頼関係を築いていくことも考慮したい。
 落語イベントの企画を構想する際に、参考となるのが落語情報誌だ。関東圏であれば有料小冊子の『東京かわら版』。関西圏ではフリーペーパーの『よせぴっ』(公式ブログから無料ダウンロード可能)。どちらも月刊でその月に開催される落語会の情報が大小くまなく網羅されている。これら情報誌は落語ファン、落語業界関係者、そして落語家本人にもスケジュール確認等に利用されている。この情報誌から近々行われる落語イベントの「企画」「出演者」「会場」「料金」「主催者」などが一望できる。どの落語家がどれぐらいの会場規模で公演しているのか、2人会や3人会ではどんな組み合わせが実現しているのか等々、企画の参考となる情報が詰まっている。気になる公演や落語家は可能であれば実際に視察もしたい。
 この企画段階からイベンターや経験豊富な主催者に加わってもらい、助言を受けることも一般的だ。また地域によっては、社会人によるアマチュア落語、大学・高校の「落語研究会(通称:オチケン)」、小・中学生による「子ども落語教室」等、落語実演をたしなむ人々もいる。彼らとコミュニケーションを取り、企画のニーズに触れるのも有用だろう。
 その上で、ホール側が落語イベントでどんな企画を実現したいのか主体性を保つことで、将来的なプロデュース能力を養いたい。

ブッキングと制作と予算

 企画の次はブッキングである。スケジュール交渉の基本経験があれば公立ホールのスタッフが交渉責任者となって落語家本人(またはマネージャー)と交渉してもいい。その経験に乏しければイベンターや主催経験者に業務を委託する方法もある。制作業務は、ブッキング、宣伝、チケット販売、舞台制作、配布物作成、交通の手配、物販の確認、アテンド、出演料支払いなど多岐に渡る。ホール側とイベンター側で、誰が何を担当するかの分担を決めることになる。
 それにより全体の収支の流れも決まってくる。ホール側がチケット販売で収入を得て、出演料、経費、制作費をイベンターにグロスで支払うパターン。イベンターの業務を限定し制作協力費のみを派生するパターン。または、ホール側がイベンターにチケット販売や協賛収入など収支全般を一任し、イベンターから会場使用料を得るパターンなどが主に考えられる。

落語の成否を左右するものとは

 落語と他の芸能の大きな違いのひとつに、技量のある落語家は演目を当日現場で決めることが挙げられる。予め演目を発表する「ネタ出し」の公演もあるが、そうでない場合、落語家は高座でマクラ(ネタに入る前の漫談や小噺)を喋りながら観客の年齢層や男女比や反応を見て演目を決めている。予め幾つかの候補を想定し、観客に合う演目を選択しているのだ。改めて落語という芸は、落語家と観客の相互理解が重要なのである。ゆえに、高座、音響、照明、観客マナー、劇場スタッフの対応など、どこかに配慮が欠けてしまい落語空間への集中を寸断してしまうと、それが高座の印象を大きく損ねることになる。主催側が落語への理解を深め、開催の経験を重ねることで劇場環境のクオリティが上がれば、それが公演の満足度につながる。落語は、「落語家・観客・劇場空間」という三者の相互補完で成立し成否が左右される。シンプルゆえに深く、長く付き合いがいのある大衆芸能だ。

 

 

*「落語の業界構造」を含めた制作基礎知識の連載をまとめた別冊「公立ホール・劇場職員のための制作基礎知識 増補版2021年」を発行しました。入手方法はこちらからご確認ください。
https://www.jafra.or.jp/library/nyushu/application/

 

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