写真1:平成25年度「柿喰う客 こどもと観る演劇プロジェクト2013『ながぐつをはいたねこ』」撮影:引地信彦
2:平成26年度「こどもとおとなのためのお芝居『暗いところからやってくる』」撮影:田中亜紀
3:平成29年度『とおのもののけやしき』写真:井上大志
4:令和元年度『めにみえない みみにしたい』撮影:細野晋司
地域創造では、財団設立以来、公立文化施設におけるクラシック音楽や現代ダンス、演劇、邦楽、美術などの取り組みを通じて公立文化施設の活性化を支援する事業を実施してきました。なかでも演劇ジャンルでは、地域の状況を踏まえた多彩な事業を展開してきました。
当初は、買い公演を実施することの多かった状況を踏まえ、平成11(1999)年度から公立ホールがネットワークを組んで演劇作品をプロデュースする「公共ホール演劇製作ネットワーク事業」と、公立ホールが推薦する地域の若手劇団に東京公演の機会を提供する「リージョナルシアター・シリーズ」(いずれも平成19年度で終了)に取り組みました。その結果、共同プロデュース10作品の製作、全国36劇団の東京公演を実現しました。
平成20(2008)年度には、その成果と地域からの要望を踏まえ、事業の大幅な組み替えを行いました。そしてスタートしたのが、地域に派遣した演出家などの実演家と公立ホールがアウトリーチなどに取り組み、演劇の手法を使ったワークショップを実践的に学ぶ「リージョナルシアター事業」と、複数の公立ホールが連携して演劇作品の巡回上演とワークショップなどの地域交流プログラムを行う「公共ホール演劇ネットワーク事業」です。
現在、リージョナルシアター事業は、豊富な経験をもつ5名のアーティストが各地で実践を行っています。一方、公共ホール演劇ネットワーク事業は、令和2(2020)年度をもって事業を終了しました(令和2年度はコロナ禍により公演中止)。今回のレターでは、ネットワーク事業の果たしてきた役割について地域創造の津村卓プロデューサーに振り返っていただきました。
単館でできないことを、公立ホールの連携で実現
最初の「公共ホール演劇製作ネットワーク事業(以下、演劇製作ネット)」は、演劇プロデュースの経験があり、プロデュースしたい企画のある公立ホールが「制作館」となり、経験の少ない公立ホールが負担金を出して実際の公演製作に参画し、つくり方を学ぶという事業でした。企画のあるところがプレゼンテーションを行い、共同製作に参画したいところが企画を選ぶという形で、平成11(1999)年度のモデル事業から数えて平成19(2007)年度までに10作品を製作しました(地域創造が事業費の一部を負担)。
今から20年以上前、公立ホールが共同製作をすることがほとんどなかった時代で、経費負担のルールをどうするかなど、手探りで進めました。実際の舞台製作は東京で行われることが多く、東京から遠いほど移動費が嵩みます。しかし、演劇製作ネットでは公立の役割として共同で鑑賞環境を整備するという趣旨で、すべての経費を割り勘にしました。それによって地域がどこかに関わらず参画できるようになりました。こうした共同製作のルールはこの事業で整理されたものであり、レガシーになっています。
一方、演劇のクリエーションを目的に負担金を拠出できるほど体力のあるところは限られており、演劇があまり行われていないところは参加しづらいという面がありました。そこで少ない負担金(100万円前後)で良質な演劇公演と、公演に同行する演出家などによるワークショップが実施できる「公共ホール演劇ネットワーク事業(以下、演劇ネット)」にリニューアルしました。これは、公立ホールを巡回するツアーをつくるもので、最後になった『めにみえない みみにしたい』(令和元年度/作・演出:藤田貴大)の9館を含め、12年間で13作品が延べ82館をツアーしました。
演劇製作ネットが企画書で内容を判断して新作をプロデュースするものだったのに対し、演劇ネットは良質な舞台を再演し、地域で見ることができる機会を提供するものであり、公立ホールが内容をきちんと把握した上で事業に参加できる安心感がありました。巡回公演でしたが、公立ホールの連携に参加したことで制作や演劇人に対する理解が一歩深まり、ワークショップなどによって演出家や俳優と交流したことで地域の劇場や市民が演劇と向き合う入り口を提供できたのではないかと自負しています。この事業をきっかけに地域との信頼関係が生まれ、継続的に付き合っている演出家も複数います。これが演出家などを地域に派遣するリージョナルシアター事業にも繋がっています。
また、演劇ネットは小劇場の舞台作品が公共ホールをツアーする道筋をつけたと思っています。小劇場の演劇人が規模の全く異なる地域の公立ホールで公演を行う経験を積む機会となり、舞台をつくる側も鍛えられました。加えて、地域でのツアーを踏まえて子どもたちにも見てもらいたいプロダクションをつくるチャレンジにもなりました。公立ホールが連携することで、これだけ質の高いプロダクションがつくれるという実績になったのではないでしょうか。
演劇ネットも参加するホールが固定化してくるなど、入り口事業としての役割を終えたと考えています。現在、新たなプログラムづくりに向けて検討を重ねているところです。概要が決まり次第、レターで発表させていただきます。
●公共ホール演劇製作ネットワーク事業(共同プロデュース作品一覧)
◎『ネネム─おかしなおかしなオバケのはなし─』(1999年度/原作:宮澤賢治/台本・演出:佐藤信/共同製作:3館) ※モデル事業
◎『サド侯爵夫人』(2000年度/作:三島由紀夫/総合プロデューサー:鈴木忠志/演出:原田一樹/共同製作:7館)
◎『若草物語』(2001年度/原作:ルイザ・メイ・オルコット/台本・演出:松本修/共同製作:12館)
◎『ファンタスティックス』(2002年度/脚本・作詞:トム・ジョーンズ/作曲:ハーヴェイ・シュミット/演出:宮本亜門/共同製作:14館)
◎『だれか、来る』(2003年度/原作:ヨン・フォッセ/演出・美術:太田省吾/共同製作:8館)
◎『ハロー、グッバイ』(2004年度/脚本・演出:竹内銃一郎/共同製作:8館)
◎『天の煙』(2004年度/作:松田正隆/演出:平田オリザ/共同製作:8館)
◎滞在型ワークショップ『演出家・森田さんのイッセー尾形ができるまで』、公演『イッセー尾形とフツーの人々』(2005年度/演出:森田雄三/共同製作:8館)
◎『親指こぞう~ブケッティーノ』(2006年度/原作:シャルル・ペロー/演出:キアラ・グイディ/共同製作:10館)
◎『いとこ同志』(2007年度/作・演出:坂手洋二/共同製作:9館)
●公共ホール演劇ネットワーク事業(巡回公演作品一覧)
◎『なつざんしょ・・・─夏残暑─』(2008年度/作・演出:内藤裕敬/参加:4館)
◎『どくりつ こどもの国』(2009年度/作・演出:岩崎正裕/参加:4館)
◎『人形劇俳優 たいらじょうの世界』(2009年度/演出・美術・人形操演:平常/参加:10館)
◎『さらっていってよピーターパン』(2010年度/作:別役実/演出・振付:森田守恒/参加:3館)
◎『劇団衛星のコックピット』(2011年度/作・演出:蓮行/参加:5館)
◎『あなた自身のためのレッスン』(2012年度/作:清水邦夫/演出:多田淳之介/参加:4館)
◎『ながぐつをはいたねこ』(2013年度/原作:シャルル・ペロー/脚色・演出:中屋敷法仁/参加:7館)
◎『暗いところからやってくる』(2014年度/作:前川知大/演出:小川絵梨子/参加:8館)
◎『ヒッキーカンクーントルネード』(2015年度/作・演出:岩井秀人/参加:10館)
◎『演出家だらけの青木さん家の奥さん』(2016年度/作・演出:内藤裕敬/参加:5館)
◎『とおのもののけやしき』(2017年度/作・演出:岩崎正裕/参加:6館)
◎『桂九雀で田中啓文、こともあろうに内藤裕敬。笑酔亭梅寿謎解噺~立ち切れ線香の章』(2018年度/原作:田中啓文/脚本・演出:内藤裕敬/参加:7館)
◎『めにみえない みみにしたい』(2019年度/作・演出:藤田貴大/参加:9館)