講師 寺内康介(弁護士)
舞台芸術に関わる例外規定
著作権法は2018年、2020年と続けて重要な改正が行われました。例外規定(権利制限規定)の拡充が続いていることも特徴のひとつです。例外規定とは、他人の著作物を権利者の許諾なく利用できる例外的場面を定めた規定です。
舞台芸術において、戯曲の上演、楽曲の演奏、有名小説の一節を取り入れる場合、セットに他人の著作物が入り込む場合等、他人の著作物の利用が問題となる場面は多くあるでしょう。また、過去の公演映像のアーカイブ化、eラーニング、上映会の開催等、舞台芸術を二次利用する場面も考えられます。
これらの中には例外規定を使うことで、権利者の許諾なく実現できるものもあります。そこで、近時の法改正も踏まえ、舞台芸術に関わる例外規定についてみていきます。
私的複製
個人や家庭で楽しむために著作物(文芸・戯曲・台本・音楽・美術等)を録音、録画等をすることは私的複製として許諾なく行えます。我々にとって最も身近な例外規定といえます。
もっとも、そうすると個人で楽しむ目的での公演撮影を禁止できないかとの疑問も生じ得ます。ケースバイケースですが、チケット購入時に撮影禁止の同意を得ている場合や、施設管理権上の措置(他の入場者への迷惑や演出の妨げになる等の理由)として撮影を禁止できる場合もあると考えられます。
引用
映画や小説のシーン、セリフを舞台に取り入れる場合、一定の条件を満たせば引用として許諾なく利用可能です。なお、引用部分が著作物といえない場合(ありふれた表現部分を使用する場合等)は、例外規定を使うまでもなく利用可能です。
適法な引用と認められるには、「公表された著作物」につき、「公正な慣行に合致」し、「引用の目的上正当な範囲内で」行われる必要があります。この解釈を巡っては様々な裁判例、学説がありますが、実務上、以下の点が考慮されているといえます。
①公表された著作物であること(*1)
②引用部分と自ら作成した部分を明瞭に区別していること(明瞭区別性)(*2)
③引用部分でなく自ら作成した部分をメインとすること(主従関係)
④引用の目的が正当であること、引用するだけの必要性があること(目的の正当性、必要性)
⑤改変をしていないこと
⑥出典の明示(*3)
付随対象著作物の利用(写り込み)
例えば写真、動画の撮影やイラストの背景に他人の著作物が付随的に写り込む場合であっても、正当な範囲であれば許可なく利用可能です(写り込みが不鮮明であれば、そもそも複製利用に当たらず利用可能な場合もあります)。
例えば舞台美術として利用するために街角の風景を撮影、スケッチする場合に、他人の著作物(ポスター等)が付随的に写り込んでいても利用可能です。ただし、あくまで付随的に写り込む場合であり、他人の著作物を真ん中に大写しをする場合はこの例外規定には当たらないでしょう。
なお、写り込みの例外規定は2012年の著作権法改正により創設され、その際は、分離困難性(構図上他人の著作物を取り除きにくい等)が要件でしたが、2020年法改正でこれが必須ではなくなりました。他にも、2012年時点では録音、録画、写真撮影での写り込みに限定されていましたが、2020年法改正で、写真に限らずイラストやインターネット上での利用にも広げられました。
非営利目的の上演、演奏、上映、口述等
①非営利目的で、②観客から料金をとらず、③実演家(演者、演奏者等)に報酬を支払わない場合、公表された著作物であれば、許諾なく上演、演奏、上映、口述等ができます。
例えば文化祭での戯曲の上演、市民有志による無料コンサート、無料映画上映会、朗読会等が考えられます。本規定を利用すれば、施設内で公演収録映像(権利処理された映像が公表済みのもの)の無料上映も可能であり、使い道のある規定です。
ただし、各要件の解釈には注意が必要です。①非営利については、その公演自体は無料イベントでも、企業がPRとして行うようなものは非営利に当たりません。②観客からの料金については、チケット代、入場料といった名目に関わらず、実質的に観覧の対価がある場合は当たりません。チャリティーショー等で、観客から集めたチケット代を寄附する場合も、観客は料金を払っているため該当しません。③実演家の報酬も同様に、実質的に出演対価が払われているかがみられます。「お車代」と称しても実際は交通費を超えた支払がある場合、出演対価が含まれていると考えられるでしょう。また、実演家の多くは無報酬だが演出家や指揮者だけはお金を払ってプロを呼ぶ、といった場合はこれに該当しません。
もうひとつ注意が必要なのは、この例外規定は著作物の改変を認めるものでない点です。改変を行えば同一性保持権といった著作者人格権の侵害となり得ます。例えば学校の文化祭で戯曲を上演するに当たり、時間短縮や教育上の配慮から一部表現を変える場合もありそうですが、著作者の意図に反する改変となり得る場合、著作者の許諾を得ておくことが安全といえます。
政治上の演説等の利用
公開して行われた政治上の演説は、基本的に許諾なく利用できます。例えば、終戦を伝える玉音放送や三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での政治演説を戯曲に取り入れることが可能です。
公開の美術の著作物等の利用
公開の屋外に恒常設置された美術作品(銅像やモニュメント等のパブリックアート)や、建築の著作物(なお、建築の著作物となるのはある程度創作性のある建築物です)は、一定の例外を除いて自由に利用できます。
例えば、これらの著作物を撮影、描写して舞台美術に利用することや、ステージ上でモニュメントや建物を再現することも可能です。
ただし、彫刻として増製等すること、建築の著作物を建築として複製等すること、屋外に恒常的に設置するために複製することは認められていませんので、これらに当たらない範囲で行う必要があります。
また、もっぱら販売目的での「美術」の著作物の複製、販売はできないため、パブリックアートを無断でグッズ化はできません。例えばパンフレットに大写しして販売することは認められないでしょう。他方、建築の著作物は通常は美術に含まれないのでグッズ化が可能ですが、一部、特に創作性が高いもの(岡本太郎「太陽の塔」等)は美術の著作物にもなるため、グッズ化ができません。
教育目的利用
非営利の教育機関では、授業の過程での使用に必要な限度で、公表された著作物を複製、ネット配信をすることができます。従来から対面授業の講義映像を他会場に同時中継をすることは認められていましたが、2018年の著作権法改正により、録音・録画物をオンデマンド型で配信することや、予習復習用に教師が生徒の端末に公表された著作物を送信することも認められました(包括管理団体に対する補償金の支払が必要。2020年度は新型コロナウイルス感染症への対応として無料とされた)。
これにより、公表された舞台映像を使用したeラーニング等も可能となります。
ただし、非営利の教育機関(大学、専門学校等が含まれます)が行う必要があります。高校、大学、専門学校等は含まれますが(株式会社でもこのような学校を経営する場合は該当します)、営利目的の予備校や、会社の社員研修での利用は含まれないと考えられています。
所在検索サービスにおける利用
検索エンジン等の所在検索サービスを提供するためにアーカイブ化する行為や、検索結果の提供に必要な限度での著作物の軽微利用は許諾なく行えます。例えば、ある公演名での検索結果に、当該公演映像の一部画像(サムネイル)や一部映像を表示することが可能です。この例外規定も、2018年の法改正により使い勝手が良くなったものです。
おわりに
実際の利用場面では、例外規定の検討のほか、そもそもその利用方法に著作権、実演家・レコード製作者の権利が及ぶか、権利保護期間(*4)が経過しているかといった検討を経て、権利者の許諾が必要かを判断することになります。
例外規定を含む著作権法を理解しておくことは「本来不要な許諾を得ようとして断られ、泣く泣く利用を断念する」といった事態を減らすことにつながります。
技術の発展や利用形態の変化に応じて法改正が盛んな分野であり、改正により新たな利用方法が可能となることもあります。ぜひ注目をしてみてください。
*1 公表されている必要があるので、未公表の個人宛の手紙は利用できません。また、インターネット上に公開されていても、権利者の許諾なくアップロードされたものは未公表とされ得る点に注意が必要です。
*2 明瞭区別のために、文章であれば引用部分を「」で括る等します。舞台上ではどうでしょうか。
例えば、ある演者が引用する一節を述べた後、自らその作品名を述べることや、別の演者が「○○の一節ですね」と受ける場合がありますが、これは明瞭区別の一例といえます。
*3 出典の明示は、利用方法によります。複製の方法による引用には出典の明示が必要です。それ以外の方法(上演等)による引用では、出典を明示する慣行があるときに必要とされます。また、出典明示は合理的な方法、程度によるとされています。
舞台上演において出典明示の慣行があるか、どのような表示が合理的かは微妙なところですが、パンフレットに出典を記載できる場合にはしておくことが無難です。
*4 TPP協定発効に伴う2018年の著作権法改正により、著作権、実演家・レコード製作者の権利保護期間は、従来の50年から70年に延長されています(2018年12月30日施行。同日時点で保護期間が経過していたものには適用されない)。
なお、出典の明示は、引用に限らず、他の例外規定でも必要となる場合が規定されています。例外規定による利用の際には注意が必要です。
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