1960年代から現在までトップランナーとして走り続けている美術家・横尾忠則。兵庫県神戸市にある横尾忠則現代美術館は、作家から直接に寄贈・寄託を受けた作品と膨大な関連資料を基に、現存作家の作品と創作背景を研究・アーカイブし、展示公開するという類のない活動を行っている。
●
同館は、2012年11月に兵庫県立美術館王子分館西館をリニューアルして誕生した。2007年に地元・西脇市出身の横尾から個人所有の作品・資料の保管について相談を受けた井戸敏三兵庫県知事が美術館の設置を検討。作家からの寄贈・寄託の申し出を受けて検討委員会を立ち上げ、幅広い資料を次世代に受け継ぐアーカイブルームを備えた美術館構想をまとめた。
12月12日、「横尾忠則の緊急事態宣言」展を開催中の美術館を訪ねた。4階建てで、2・3階の展示室ではコレクションの中から横尾がコロナの危機感を予兆して描いたかのような絵画の周りに、連日ウェブで発表しているマスクのコラージュ作品が飾られていた。今回はウェブからのプリントだったが、展覧会に合わせて新作を描き下ろすこともある。「ぎりぎりまで内容が決まらないことも多く、展覧会制作としてはイレギュラーなことばかりです」と館長補佐兼学芸課長の山本淳夫さんは苦笑する。
山本さんは、芦屋市立美術博物館、滋賀県立近代美術館を経て、開館1年前に赴任。多忙を極める作家と調整し、10tトラック6台分の作品や資料を神戸に移送。大量のポスター類は一旦すべてを美術館に運び、そこから選別するという膨大な作業を経て、ようやく絵画や版画、ポスターなど1,500点余(*1)と、700箱以上の資料が館に収められた。
問題は、その整理である。箱には無造作に多種多様な物が梱包されており、中身の見当がつかない。活動領域も交友関係も広く、原稿や印刷物もあれば、横尾が収集したグッズやポストカードなどもある。これらは、美術という観点からだけでなく、「戦後文化のアーカイブ」としてとても公共性の高いものだ。事前に慶應義塾大学アート・センターなどからヒアリングを行い、「完璧にやろうとするとできなくなる。間違いは後から修正していけるのでまずは公開すること」というアドバイスを受け、整理に着手した。
「現役作家なので次々に資料が送られてきます(笑)。創作のために出し入れされることも多い。資料整理はすぐに成果が見えず、終わりがない。多忙な美術館ではつい後回しになるので、当館では専任のアーカイブルーム(*2)担当が進行計画を立て、全学芸課スタッフがローテーションを組んで毎日少しずつ作業をしています」と山本さん。
整理手順はマニュアル化されており、3段階ある。第1段階は現状記録で、低酸素濃度の殺虫処理などが完了したものから箱に番号を振り、アイテム1点毎に簡易な撮影を行う(現状復帰できるよう開封手順も撮影)。1箱につき1,000カット以上の写真を撮影し、箱番号のデータフォルダで管理。第2段階は印刷物に利用可能な写真撮影と簡単な内容がわかるテキストを作成し、ウェブでも公開(*3)。第3段階は展覧会で現物を公開するための状態調書の作成だ。
こうした資料は年3回程度行われる展覧会の企画づくりでも活用されている。アーカイブルーム担当の井上佳那子さんは、「担当学芸員によってアーカイブへの目線が違うのが面白い」という。例えば、「ヨコオ・マニアリスム vol.1」(2016年、平林恵企画)は、調査で見つかった額装された古いTシャツから発想された。これがジョン・レノンからの贈り物だと判明し、作家の交流と制作の関連を探る展覧会企画が立ち上がった。会場では100点以上の初出品資料の展示と、実際にスタッフが資料整理を行うコーナーも設けられた。また、「兵庫県立横尾救急病院展」(2020年、林優企画)では、展示室を病院に見立て、横尾の入院時の日記をフィーチャーした。
現役作家の美術館、現役作家のアーカイブという可能性は無限大だが、旺盛な制作意欲をもつ作家は既存の美術館の制度やアーカイブの常識を軽々と超えてくる。そんな創造と保存の葛藤が、横尾忠則現代美術館の活動をより刺激的なものにしている。
(アートジャーナリスト・山下里加)
*1 2020年12月時点で1,867点を収蔵。
*2 アーカイブルームは、事前申し込みで室内の見学や資料の閲覧もできる。
*3 2020年12月時点で、箱番号は0742、アイテム数3,304点がウェブサイトに掲載されている。
●横尾忠則の緊急事態宣言
[会期]2020年9月19日〜12月20日
[会場]横尾忠則現代美術館
[主催]横尾忠則現代美術館(公益財団法人兵庫県芸術文化協会)