講師 吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 研究理事)
新型コロナウイルスの感染拡大によって、文化施設の休館や文化事業の中止、延期が始まったのは2月下旬。以来、アーティストや芸術団体だけでなく、文化に携わる多くの人々の収入が途絶え、仕事の機会が失われた。
それから9カ月が経過、政府による催し物の入場制限は、大声での歓声・声援等がないクラシック音楽や演劇、舞踊等の公演、展覧会については最大100%までに緩和されている(当面来年2月末まで)。劇場・音楽堂等や美術館・博物館等は、関係団体が発表した感染拡大予防ガイドラインに沿って事業を再開させているが、先行きの不安な状況が続いている。
政府は4月に閣議決定した「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(1次補正予算)の中で文化芸術への支援策を打ち出した。文化庁は「自粛要請期」「再開期」「反転攻勢期」に分けて支援策を展開。その後6月に2次補正予算が成立し、文化庁の新型コロナ関連の予算総額は600億円を超えた。文化庁の年間予算の半分以上の規模である。
1次補正による支援
政府が東京、大阪ほか5県に緊急事態宣言を発出したのは4月7日(16日に全国に拡大)。文化庁が新型コロナ対策として最初に公募を始めたのは、約1カ月後の5月1日。中止や延期等になったイベントの参加者が、チケットの払い戻しを放棄することを選択すれば、チケット料金分について寄附金控除が受けられるというものだ。イベント主催者の損失軽減と、減税という観客への恩恵を組み合わせた仕掛けである。
主催者が対象事業を申請して指定を受ける仕組みで、10月16日現在、スポーツを含めて1,087件のイベントが指定されている(*1)。対象となるイベントは現在も募集中だ。
次いで5月25日に公募が始まったのが、文化施設の感染症防止対策事業で、1,414件の申請があり、1,379件の交付が決定している。劇場・音楽堂や博物館の感染症防止には400万円までが、博物館の時間制来館者システムの導入には300万円までが支給される。採択リストを見ると、立地や規模に関係なく数多くの文化施設が文化庁の支援を受けて感染防止対策を実施していることがわかる。
その後、6月下旬に「生徒やアマチュアを含む地域の文化芸術関係団体・芸術家によるアートキャラバン」の、7月下旬に「子供のための文化芸術体験機会の創出事業」の募集が行われた。既に採択団体が決まり、前者は9月から、後者は10月から年度末にかけて具体的な事業が実施される予定である。
2次補正で文化芸術活動の継続支援
予算の規模や支援内容で注目できるのは、2次補正予算で始まった2つの支援事業だ。中でも7月10日に募集が始まった「文化芸術活動の継続支援事業」の予算規模は500億円を超える(スポーツを含む)。新型コロナウイルスの感染拡大によって、舞台芸術等の活動自粛を余儀なくされた個人や小規模団体等に対して、活動の継続に向けた積極的取り組み等を支援しようというものだ。
支援の対象には、実演家や技術スタッフなどのフリーランスを含む個人事業者が含まれている。新型コロナで深刻な打撃を受けたフリーランスのアーティストや文化従事者の活動継続を支援しようという狙いからだ。
そのため、比較的申請が容易な上限額20万円の枠組みが設けられるとともに、原則オンラインでの申請となった。補助の対象となる取り組みは、①国内外の観客、参加者等の回復・開拓、②活動の継続・再開のための公演・制作方法等の検討・準備・実施、③雇用契約の明文化等の経営・ガバナンスの近代化の3つ。また、これらの取り組みと併せて行う、業種ごとの新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドラインに即した取り組みも対象となる。
支援の条件は、不特定多数への公開によってチケット収入等をあげていることなどであるが、個人については、プロの実演家、技術スタッフ等であることも条件とされている。そのために設けられたのが申請条件の事前確認の仕組みだ。
具体的には、各分野の統括団体等が申請者の希望に応じて確認の手続きを行い、条件を満たしている場合は承認・確認番号が発行される(*2)。申請時にその番号を入力すれば、確定申告書などの事業収入を証明する書類や活動歴を確認できる資料の提出を省略できる。
事前確認団体として認定されているのは70団体。大半は舞台芸術や芸能分野の統括団体であるが、(一社)日本美術家連盟の中に美術部門の事前確認窓口が設けられた。団体に属さず、個人で活動する美術家等にも申請のハードルを下げようという配慮だ。
ただ、申請者自身への支払いは補助対象経費に含まれていない。これは、「持続化給付金」(5月1日申請受付開始、現在も継続中)で、フリーランスを含む個人事業者に100万円までの給付を行う制度が別途用意されているためである。実際、持続化給付金で自身の収入を確保し、活動を継続するためにこの支援制度に申請するアーティスト等は少なくないという。
募集は9月30日締切の第3次まで行われ、申請総数は約5万4,000件。特に9月に行われた第3次募集では3万件を超える申請があったという。そのため、SNS上では決定通知の遅れを指摘する投稿もみられ、事務量が膨大で対応が追いついていない面は否めない。
その後、全件採択しても予算の執行率が3分の2程度にとどまる見込みであることもあり、11月25日〜12月11日に新規募集が行われることになった。事業の実施期間も来年2月28日まで延長され、個人や任意団体についても交付決定額の50%を上限に概算払いができるなどの変更も行われている。
文化芸術収益力強化事業
これは、元々1次補正予算の14億円を財源に「最先端技術を活用した文化施設の収益力強化事業」として準備されたもので、8K等の高精細コンテンツの配信や鑑賞のモデル事業を構築し、舞台芸術団体や劇場、博物館の収益構造の改革や自律的な運営を目指す、というものだった。
しかし、最先端技術の映像配信等に限定しないように事業の枠組みが見直され、2次補正予算の50億円が追加されて今の形になった。事業名は収益力強化となっているが、新型コロナなどで公演が中止になり、チケット収入がなくなった場合でも、別の方法で収益を得られる事業に新たに取り組むことを促すのが狙いである。
この事業では、採択団体は自ら事業を行うだけでなく、他の団体からも事業を公募することになっている。いわば、採択団体をパートナーとして幅広い支援を行おうというもので、従来の文化庁の補助金にはないユニークな仕組みと言える。採択された10団体は、既にそれぞれの強みを活かした事業を開始している。
新型コロナの危機に、文化庁は年間予算の半分を超える資金を投じてさまざまな支援策を講じた。来年度の概算要求でも、コロナ対応関係として520億円が計上されている。文化芸術関係者には、文化庁の支援に加え都道府県や他省庁の支援策も活用しながら、新型コロナの危機を乗り越えてほしいと願うばかりである。
出典:文化庁HP掲載情報に基づいて作成。このほかに、国の文化芸術関係の支援制度には「コンテンツグローバル需要創出促 進補助金(J-LODlive):公演の収録映像の海外発信に5,000万円までを支援」「持続化給付金(本文参照)」「持続化補助金:小 規模事業者の販路開拓等を支援」などがある。
●生徒やアマチュアを含む地域の文化芸術関係団体・芸術家によるアートキャラバン
生徒・アマチュアを含む芸術団体やフリーランスを含む芸術家による公演・展示を全国展開するもので、(公社)日本芸能実演家団体協議会への委託が決まった。「ジャパン・ライブエール・プロジェクト」という名称で、27都道府県の文化芸術団体等と連携し、プロフェッショナルからアマチュアまでの参画を得て多彩な事業が実施される予定である。
●子供のための文化芸術体験機会の創出事業
学校一斉休業で中止せざるを得なかった鑑賞教室や子供の文化芸術体験活動が支援の対象となっており、「文化芸術による子供育成総合事業」の一環として位置づけられている。学校の提案によるものと、芸術団体等のプログラムの中から選択するものの2種類があり、全国で671校が採択された。
●文化芸術の継続支援の実績(2020年11月6日時点)
申請総数:54,236件(速報値)採択実績:30,144件(うち確認番号あり17,364件)分野別採択件数:音楽(12,804件)、演劇(7,259件)、舞踊(2,068件)、映画・アニメーション(926件)、コンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(399件)、伝統芸能(822件)、大衆芸能(1,454件)、美術(2,750件)、写真(412件)、生活文化(97件)、国民娯楽(94件)、舞台スタッフ(1,059件)
*1このうち文化芸術関係は950件。
*2事前確認団体のプロ認定では、「過去3年間(2017年度以降)において複数回、不特定多数が集まる事業に携わったことがあること」など、募集案内で記載されているものと同様の要件の確認が求められている。
●文化芸術収益力強化事業の採択団体ごとの取組名
・(株)IMAGICAGROUP:高臨場感ライブビューイング、プラネタリウム型ドームシアター、XRLIVE動画配信、2D3D同時視聴バリアフリー型シアター等を活用した文化芸術収益力強化事業
・NPO法人映像産業振興機構:ライブハウス・ミニシアター等との連携による芸術・エンタメ分野の新たなビジネスモデル創造事業
・(株)キョードーファクトリー:次のにない手を育成する子ども向けコンテンツ制作事業
・(公社)全国公立文化施設協会:劇場・音楽堂等コンテンツ配信ポータルサイト「公文協シアターアーカイブス」パイロット公演動画配信事業
・寺田倉庫(株):緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業
・東急(株):高度映像配信プラットフォームを活用した多拠点映像配信環境の構築によるwithコロナ時代の新しい鑑賞環境サービスの提供
・凸版印刷(株):デジタル技術を活用した映像配信による新たな収益確保・強化事業
・(株)乃村工藝社:博物館等における「新しい関係性の構築」による収益確保・強化事業
・(株)precog:バリアフリー型の動画配信プラットフォーム事業
・ヤマハ(株):鑑賞型から参加型へのシフト及び海外市場の開拓を通じた新たなビジネスモデルの確立