講師 山名尚志
(株式会社文化科学研究所代表)
新型コロナウィルスが文化芸術の興行市場にもたらした傷跡は極めて大きい。2020年9月19日からはイベントの人数制限が一部緩和されたものの、未だ正常化とはほど遠い状況である。また、多くの文化芸術団体では、興行再開どころか、来年度以降の計画すら立てられない状況にある。そのなかで、ウィズ・コロナ、アフター・コロナに対する新たな可能性として注目されているのがオンライン配信である。今回は公立ホール・劇場でも行われるようになったオンライン配信について簡単に見ていきたい。
コロナ対応で変わったオンライン配信のあり方
ここで言うオンライン配信とは、コンサートやスポーツの試合などを、インターネットの動画配信技術を用いて、直接家庭・個人の端末に届ける手法のことを指す。オンライン配信が市場として大きく着目されるきっかけとなったもののひとつが、2020年6月25日に横浜アリーナを舞台に実施されたサザンオールスターズの無観客コンサートである。このコンサートは、8つの動画配信サービスを通じて配信され、視聴チケット(3,600円)の購入者は計18万人に上った。世界的にはより大規模な配信コンサートも実施されており、例えば、K-POPグループであるBTSは、同年6月14日に無観客コンサートを有料配信し、107カ国から75万人同時アクセスを達成した。
これまでも、YouTubeをはじめとして、オンライン配信のプラットフォームは多数提供されてきた。今回それまでと大きく状況が異なるのは、ぴあやイープラス、ローチケなどの大手チケット販売会社が、興行主催者に対するサービスとして、本格的にオンライン配信のサービスを提供し始めたことである。また同時に、ZAIKOなどの電子チケットやオンライン配信のシステムを提供してきた企業も、オンライン配信のチケット販売代行の事業を拡大するようになってきた。
このことにより、興行主催者は、自社でシステムを構築したり借りたりすることなく、通常の興行でチケット販売事業者にチケット流通を依頼するのとあまり変わらない手間で、ライブの有料オンライン配信を行うことができるようになった。結果、無観客や少数の観客でコンサートや舞台を実施し、同時に有料オンライン配信を行うという動きが、コロナ禍への対応として急激に拡大してきている。
オンライン配信の仕組み
オンライン配信がどのように行われているのかを、ぴあの「PIA LIVE STREAM」を例に説明する。ぴあでは、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた2月より準備を始め、5月1日にオンライン配信のサービス開始をプレスリリース、5月30日から実際に配信をスタートしている。8月末までにぴあが取り扱ったオンライン配信の公演数は約1,000本に及んでいる。
オンライン配信の仕組みを簡単に説明したものが右図である。まず放送や録画にも使う通常のマイク、カメラ、ミキサー/スイッチャー等の映像用の機器・設備とそれを操作するスタッフが必要になる。ミキサー/スイッチャーで調整された映像は、次に、エンコーダーに送られ、インターネット用にデジタルデータ化(=エンコーディング)される。その後、インターネット経由で、ストリーミングサーバなどの動画配信用のシステムに送られ、そこから実際の配信が行われることになる。近年大きく進化したのが、最後の動画配信用のシステムの一般ユーザへの配信に関わる部分である。CDN(Contents Delivery Network)と呼ばれるこのシステムが発展したことで、ハイビジョンや4K画質の映像を、数万、数十万という単位で、極めて安価に、同時配信することが可能となった。
ぴあ等の大手チケット販売会社では、動画配信会社と連携し、チケット自体の販売やプロモーションだけでなく、上記の流れすべてについての作業を受託できる体制を構築している。例えば、会場に撮影機材やミキサー/スイッチャー等がなくても映像オペレーターごと提供してくれるし、エンコーダーも設置してもらえる。また、配信に当たっては会場にブロードバンド回線が必要となるが、十分な回線がない場合の別回線提供(有料)もサービスに含まれている。実際には条件やサービス内容に合わせた見積もりとなるが、サービス提供料はかなり低い額に抑えられている。
もちろん、チケット販売会社に業務を委託する以外にもオンライン配信の選択肢は多くある。自前で撮影やエンコード、インターネットへのアップロードができるのであれば、動画配信システムだけを借りればいいし、動画配信と主催者による自前でのチケット販売のシステムを組み合わせたサービスを提供している企業もある。自館、自団体の設備や人材の状況に合わせ、適宜、必要なサービスを受けることが可能である。
オンライン配信でもうひとつ便利なのが、リアルタイムでの配信後、一定期間は見逃し視聴ができる仕様となっていることだ。開演時間に間に合わなくても、オンライン配信なら、心配なくコンサートや舞台を楽しむことができる。
今後に向けて
現在のオンライン配信は、あくまでコロナ禍への対応という視点が中心であり、オンライン化自体が主目的ではない。しかし、会場の観客だけではなく、インターネット上でも観客を確保することができるオンラインは配信が、もうひとつの興行収入となる可能性がある。これは、公立ホール・劇場の主催事業の運営においても、決して無視できない観点である。
もちろん、すべての公演がオンライン配信に向いているわけではないだろうし、“生”の魅力がなくなるわけでもない。だが、一部であっても、オンライン配信によって潜在的な観客を掘り起こすことができるなら、あるいは会場に行くことに困難がある人に鑑賞機会を与えることに繋がっていくのなら、主催事業の収支も、意義も、拡大させていくことができる。
設備の見直し、専門スタッフの必要性などの課題もあるが、オンライン配信は、公立ホール・劇場の今後に大きく関わってくる重要なテーマなのである。