多くのアーティストと公立ホールの交流の場となっている地域創造フェスティバルを7月30日、31日に東京芸術劇場で開催しました。今年、地域創造が設立25周年を迎えたことを記念したシンポジウムやおんかつセミナーに加え、61組のアーティストによる意欲的なプレゼンテーションが行われるなど、大盛況でした。開催にご協力いただきました関係者の皆様、全国からご来場くださいました公立ホールや自治体の皆様には、心より御礼申し上げます。
●地域創造フェスティバル
地域創造の事業紹介を目的に年1回開催しているフェスティバル。音楽、ダンスのアーティストによる多彩な実演(プレゼンテーション)、シンポジウム、セミナーなどを実施するとともに、財団事業の説明会を開催。アーティスト、全国のホール関係者、専門家が一堂に集い、交流する貴重なプラットフォームとなっている。会期中に都道府県・政令指定都市文化行政担当課長会議を同時開催。
シンポジウムのテーマは“2021年以降”
「2021年以降の地域社会とこれからの公立文化施設~少子高齢化、福祉と向き合う劇場・ホールの事例から」をテーマに、まずニッセイ基礎研究所研究理事の吉本光宏さんが「東京2020大会に惑わされないために」と題してスピーチ。“オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである”というオリンピック憲章を紹介し、「東京2020大会のためではなく、地域と未来のための文化プログラムにする必要がある。1964大会は戦後へのマインドセットのきっかけになったが、2020大会をこれからの多様性のある共生社会に向けた生き方を創造する契機としてとらえ、文化プログラムを考えたい」と強調されていました。
そうした参考事例として紹介されたのが、三重県文化会館がOiBokkeShi主宰の菅原直樹さん(*1)と共に取り組んでいる「“介護を楽しむ”“明るく老いる”アートプロジェクト」と、北九州芸術劇場がセレノグラフィカ(*2)と共に障がいのある人などを対象に取り組んでいる「レインボードロップス・ダンスプロジェクト」(*3)です。
三重県文化会館副館長兼事業課長の松浦茂之さんは、「これまでFor Artのプログラムを中心に考えていたが、By Artが求められるようになった。しかし、By Artで社会課題を解決するというのはおこがましい。解決は難しくても、真剣に向き合うことが大切だと会館では話し合っている。県立施設として先進的な取り組みを真剣にやろうと考えた。福祉の専門領域に入ること、高齢者と演劇をつくることに不安はあったが、社会に何らかの変化を起こしていくプロジェクトなので10年は続けたい。菅原さんによる介護と演劇のワークショップを県内各所で実施しているが、介護学校で学ぶ東南アジアの留学生や家族会の人の意識が変わるところを目の当たりにした。介護関係者と演劇をやっている人が一緒に芝居をつくるプロジェクト『老いのプレーパーク』もスタートし、そこから菅原さんのようなファシリテーターが育ってくれればと思っている」と思いを話していました。
また、レインボードロップスについて、セレノグラフィカの隅地茉歩さんは、参加者自身の感想を交えて次のように話していました。「“踊るの大好き”という言葉が、身体感覚に根ざしていることにまず衝撃を受けた。付き添いのお母さんたちがやがて一緒に踊り始めたのは、雑多な情報に左右されていない障がい者の身体の側にいて、殻を脱いでみようという作用が起きていたのではないか。障がい者と向き合うことで、常にダンスを問い直させてもらえている。こちらが予め決めた地図を持ち込まず、その場で起こることを大切にしたい」。
ディスカッションでは、「高齢者のストーリーを読み解いて役割を与えるというクリエイティブさが介護の仕事にはある。施設や職員によって介護についての考え方は異なるが、より良い介護とは何かを考える機会になれば」(菅原)、「一緒にダンスを楽しんでくれる北九州市身体障害者福祉協会アートセンターのような協力者がいないと長期的取り組みは難しい」(北九州芸術劇場・龍亜希プロデューサー)といった現場の声も聞かれ、高齢者や障がい者にどう向き合うかのヒントと課題をたくさんもらったシンポジウムとなりました。
*1 菅原直樹
1983年生まれ。俳優、介護福祉士。介護と演劇の相性のよさを実感し、“老いと演劇”をテーマにOiBokkeShiを立ち上げてワークショップをスタート。ワークショップで出会った88歳の岡田忠雄さんを主役にした第1回公演の認知症徘徊演劇『よみちにひはくれない』を2015年に発表。以来、「介護現場に演劇の知恵を、演劇の稽古場に介護の深みを」をコンセプトに掲げ、認知症ケアに演劇的手法を活用する「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。
*2 セレノグラフィカ(隅地茉歩+阿比留修一)
1997年結成。ダンサー、コレオグラファー。関西を拠点に活動。2007年から公共ホールダンス活性化事業登録アーティスト・登録支援アーティストとして全国で活躍。ワークショップ、子どもから高齢者まで市民とつくるダンスに定評があり、これまで450を超える教育機関へのアウトリーチを行う。
*3 レインボードロップス・ダンスプロジェクト
北九州市障害者芸術祭と北九州芸術劇場のコラボレーションにより2014年に誕生したダンスプロジェクト。以来、アーティスト(セレノグラフィカ)、北九州市身体障害者福祉協会アートセンター、北九州芸術劇場の協働で“障害のあるなしにかかわらずダンスを楽しむ場をつくるプロジェクト”として実施、アシスタントに地元のダンサー(今村貴子)も参加する。2019年度は約30名が10数回のワークショップを経て、北九州芸術劇場小劇場で単独公演を行う
おんかつセミナーと多彩なプレゼンテーション
まず、公共ホール現代ダンス活性化事業(ダン活)では、フェスティバルと同時開催で研修を受けている2020年度ダン活実施団体や公立ホール職員に向けて、2020・21年度登録アーティスト8組による多彩なプレゼンテーションが行われました。再登録されたアーティストに加え、初登録組が持ち味を活かしたワークショップの体験とパフォーマンスを披露。「ダンスが出来ていくプロセスを体験してほしかった」という中村蓉さんは、参加者に写真のポーズを真似させるところからスタートし、言葉の巧みなリードで最後は歌謡曲に合わせて楽しくダンス。障がいのある人などを含む多世代の人とコラボレーションをしている初登録のマニシアさんは車いすを使ったワークショップ体験をプレゼン。また、同じく初登録の白井剛さんと康本雅子さんは、第一線のアーティストらしく、一挙手一投足の動きで独特の身体性を強く印象づけ、参加者を惹きつけていました。
公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)では、おんかつセミナーのなかで、エスパスホール(岡山県真庭市)、りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館、サントミューゼ上田市交流文化芸術センターの担当者によるアウトリーチを基軸とした独自の取り組みの紹介が行われたほか、支援登録アーティスト53組が工夫を凝らしたプレゼンテーションを展開しました。ピアニストの田村緑さんは、寝転がって聴く、ブギを踊りながら聴くなど、いろいろな聴き方を提案するパフォーマンスを披露。クラシックギターとハープの組み合わせに挑戦した松尾俊介さんと福島青衣子さんや「いろいろな味を体験すると味覚が育つように、アウトリーチでは音楽のいろいろな側面を体験してほしい。音楽は人間の深い部分の感性を表現することができる。音楽を通じてこういう世界もあるという体験をしてほしい」と語りかけたバイオリニストの坂口昌優さん、音が出る物や声を使って誰でも演奏に参加できるサウンド・ペインティング(指揮者が出す簡単なサインに従って行う即興演奏)を披露したサクソフォンの大石将紀さんなど、工夫されたパフォーマンスが続きました。