一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.45 変わる文化庁と文化政策[1] 京都移転と文化芸術基本法の成立

「地域文化創生本部」が意味するものとは?

講師 山名尚志(株式会社文化科学研究所代表)

 この数年、時代の変化に応じた取り組みを進めていくため、我が国の文化行政はこれまでにない変化を遂げつつある。変化しているのは政策だけではなく、政策を担当する文化庁の組織も大胆に転換されている。
 その起点は2つ。ひとつは、2016年に、内閣府の「まち・ひと・しごと創生本部」が東京一局集中の是正の観点から決定した地方への政府関係機関移転基本方針である。この方針の中で、唯一全面的な移転が決まったのが京都に移る文化庁だった。もうひとつの起点が、翌2017年、それまでの「文化芸術振興基本法」が「文化芸術基本法」に改正されたことである。後述するように、この改正は文化芸術行政についての基本を大きく見直すものだった。その結果、文化庁の京都移転も、地域に拠点を移す“引っ越し”に留まらない文化行政の大転換という役割を担うものとなった。
 では、具体的に、我が国の文化行政の方向はどのように変わり、それに伴って新・文化庁の組織体制がどう変わり、どのような文化政策を展開しようとしているのか。ここでは、2回に分け、その概要を紹介したい。第1回は、京都移転と文化芸術基本法を中心に、全体像を概説する。

「地域文化創生本部」の発足〜移転を契機とした新たな政策領域の開拓

 先に述べたように、文化庁の京都移転は、内閣府の地方創生政策に始まる。20年ほど前から移転を希望していた京都府からの提案などを踏まえ、文化庁は内閣府および文部科学省とともに文化庁移転協議会を設置。2016年末には具体的な方針を決定し、翌17年4月には早くも先行移転を開始した。先行部隊は40人規模(京都府・京都市等の人材含む)で、遅くとも21年度末までには長官・次官を含む全職員の7割を京都の「本庁」(旧京都府警跡地)に移転する予定となっている(*)。
 先行移転の最大のポイントは、既存の部署の移転とはせず、新たに「地域文化創生本部」を発足させたことにある。

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この本部の設置目的は、「地元の知見・ノウハウ等を生かしながら、文化庁に期待される新たな政策ニーズに対応」すること。これを実現するため、同本部には、以下の3つのグループが設置された。
�総括・政策研究グループ(本部の総括、文化に関する政策調査研究、国際文化交流等)
�暮らしの文化・アートグループ(地域の幅広い文化芸術資源の活用による地方創生、経済活性化、共生社会実現への貢献および人材育成、伝統工芸や生活文化に関する調査研究等)
�広域文化観光・まちづくりグループ(文化財等を生かした広域文化観光およびまちづくりの推進、これらに関するモデル開発等)
  詳しくは、文化庁ホームページを参照していただきたいが、組織のグループ名には、「暮らしの文化」「文化観光」「まちづくり」といったそれまでの文化庁の文化政策ではあまり使われてこなかった用語が真っ正面から付けられている。ここからも暮らしの文化という新たな分野を対象とするとともに、観光、まちづくり等の関連分野との総合的な施策の推進による文化芸術を核とした地方創生が意図されていることがわかる。その背景になっているのが、もうひとつの起点、文化芸術基本法の成立だ。

振興法から基本法への転換〜文化芸術に“関する”施策の推進

 「文化芸術振興基本法」(以下、旧法)から「文化芸術基本法」(以下、新法)へ。この改正の内容を象徴しているのが、法律名から「振興」という言葉がなくなったことだ。新法に則って翌2018年に策定された「文化芸術推進基本計画─文化芸術の「多様な価値」を活かして、未来をつくる─(第1期)」(以下、基本計画)の整理に則って説明するなら、それは法の理念が、文化芸術について本質的価値だけでなく、その社会的・経済的価値、つまり文化芸術によって社会の強化や経済の発展がなされることについても併せて推進するものに広がったことを意味している。これに伴い、法の目的も、文化芸術の振興単体を目指すものから、「文化芸術に関する施策の推進」に変更されている。
 こうした変更は、基本計画における文化芸術政策の取りまとめにも端的に示されている。文化庁の計画であるにも関わらず、「クールジャパン戦略(内閣府)」、「訪日プロモーション、文化観光資源の活用、多言語化解説整備支援(観光庁)」、「歴史・文化を活かしたまちづくり、海外日本庭園の再生(国交省)」、「障害者文化芸術活動(厚労省)」のように、他省庁の名称が付された政策が多数掲載されている。文化芸術の「推進」は、「振興」とは異なり、単体の行政分野として実施するものではなく、他分野との連携によって進められていくものとされているのだ。ちなみに新法には、こうした他分野との連携を行うための体制として他省庁を含む関係各行政機関による「文化芸術推進会議」(第36条)の設置も明記されている。
 新法のもうひとつの大きな変更点が、第12条で、生活文化について「食文化」を含めることになったと同時に、その「振興」を図ることが明記されたことだ。旧法では、茶道・華道・書道などの生活文化の「普及を支援」することは定められていたが、振興にまでは立ち入っていなかった。僅か2文字の変更ではあるが、文化庁が伝統的な生活文化全体に対し振興の責任をもったということが与える影響は大きい。
 ここまで見てきたように、文化庁の京都移転で誕生した地域文化創生本部は、本来の文化芸術の振興に加え、一連の「新たな政策ニーズ」に対応する推進体制として構想されたものなのだ。

調整役としての役割と所掌事務の拡大

 新法の附則(第2条)には文化庁の機能拡充に伴って必要な措置を講じると明記され、2018年10月には、それに則って文部科学省設置法の一部改正が実施された。その最大のポイントは、文化庁の所掌事務に「文化に関する基本的な政策の企画及び立案並びに推進に関すること」および「文化に関する関係行政機関の事務の調整に関すること」の2項目が明記されたことだ。これにより、文化庁が国の関わる文化行政を総合的に推進していく体制の中核に位置づけられることとなった。
 これに伴い、これまで文部科学省の所管だった「芸術に関する教育に関する事務(小学校の「音楽」「図画工作」、中学校の「音楽」「美術」、高等学校の「芸術(音楽・美術・工芸・書道)」等に関する基準の設定に関する事務)等」と「博物館に関する事務(従来も文化施設としての美術館および歴史博物館の事務については所管していたが、他の類型も含め、社会教育施設としての博物館全体を所管)」の2つが文化庁に移管されることになった。
 基本法で示された文化行政の範囲の拡大(文化芸術単体の振興から文化芸術に関わる施策の推進)に対応し、文化行政を効果的に実施していくためには、従来他省庁の所管であった分野を含め、文化に係わる行政全体を“横串”で調整していくことが必要となる。設置法の改正は、これを実現するための法律的な基盤を提供したものとなっている。
 基本法の成立と設置法の改正。この2つにより、文化庁は単体の施策推進を主に行う立場から“文化に係わる極めて幅広い範囲の行政分野を総合的に調整する役割を担う立場”へとその位置付けを大きく変えることになった。そして、このトライアルの場こそが、京都への先行移転で誕生した「地域文化創生本部」なのだ。

 

*国会対応、外交関係、関係府省庁との連絡調整、東京で行うことが必要な団体対応等の執行業務を除くすべての業務が京都に移転予定。詳しくは文化庁ホームページ「新・文化庁の組織について(PDF)」を参照。

 

  • 文化芸術推進基本計画─文化芸術の「多様な価値」を活かして、未来をつくる─(第1期)
    文化芸術基本法の規定に基づいて2018年3月に閣議決定されたもので、平成30年度〜34年度)を見通した基本計画。
  • 文化芸術基本法 第2条第10項
    「文化芸術に関する施策の推進に当たっては、文化芸術により生み出される様々な価値を文化芸術の継承、発展及び創造に活用することが重要であることに鑑み、文化芸術の固有の意義と価値を尊重しつつ、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野における施策との有機的な連携が図られるよう配慮されなければならない。」
  • 文化芸術推進会議組織
    ・内閣府知的財産戦略推進事務局長
    ・総務省大臣官房審議官(情報流通行政局担当)
    ・外務省大臣官房国際文化交流審議官
    ・文部科学省大臣官房総括審議官
    ・文化庁長官 ※議長
    ・文化庁次長
    ・厚生労働省子ども家庭局長
    ・厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長
    ・農林水産省食料産業局長
    ・経済産業省商務・サービス審議官
    ・国土交通省総合政策局長
    ・観光庁次長
    ・環境省大臣官房審議官
    ※推進会議の補佐をする関係課室の課室長等を幹事とする幹事会設置

 

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