一般社団法人 地域創造

富山県富山市 オーバード・ホール タニノクロウ×オール富山『ダークマスター2019 TOYAMA』

 2019年3月7日から10日まで、オーバード・ホールで『ダークマスター 2019 TOYAMA』が上演された。この作品は、昨年急逝した団塊の世代を象徴する漫画原作者・狩撫麻礼の短編を元にしたタニノクロウの代表作のひとつ(03年庭劇団ペニノ初演)。寂れた定食屋の無頼のマスターが、客としてやって来た当て所ない若者の魂を乗っ取り、跡継ぎのシェフとして洗脳・訓練する。

 舞台では、リアルな定食屋のセットで炎を上げて調理が行われ、姿を見せずにイヤホンで調理法などの指示を出すマスターの声を、観客もイヤホンを通じて聞くという体感型演出になっている。今回は、富山出身のタニノが地元のシャッター商店街の定食屋を設定に書き直し、オーディションによる出演者13名、4カ月かけて富山で制作した舞台美術のスタッフ26名など舞台に関わった総勢50名が富山出身・在住というオール富山の市民参加型演劇プロジェクトとして取り組んだ。

 3月10日、楽日に訪れると、大ホール客席を通って辿り着いた舞台上特設シアターには超リアル定食屋が出現し、少しゆったりした富山弁のマスターによる『ダークマスター』が始まった。

 

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『ダークマスター 2019 TOYAMA』。全5回のチケットは前売り時点で完売
photo: Kazuhiro Takayama

 この企画をプロデュースしたのが、1996年の開館時から富山市民文化事業団職員としてオーバード・ホールの運営に携わり、現在、総務企画課営業係長として広報を担当している福岡美奈子だ。2015年度に富山出身の音楽プロデューサー・須藤晃が芸術監督に就任してから、職員が企画提案できる体制になり、昨年、タニノの岸田戯曲賞受賞作『地獄谷温泉 無明ノ宿』の地元凱旋公演を実現した。

 「私は演劇専門ではなく、面識もなかったのですが、劇団のサイトからいきなり連絡しました。富山の山間の温泉宿を舞台にしたこの作品をどうしても地元で上演したかった。今回は、舞台を大阪に変えた『ダークマスター2016』(*1)を見て、多くの市民に関わってもらえる富山版ができるのではないかと考えました」(福岡)

 ホールに来たことがない市民が沢山いることを懸念した福岡は、開館20周年記念企画で「舞台の上の美術館Ⅱ」を提案。ホールの3面半舞台上に巨大な美術オブジェを展示し、劇場機構を生かしたショータイムを設けるなど約9,000人を集客した。同じ問題意識からさまざまなアートに無料でふれることができる「楽市楽座~アート・ショーケース」も今年初めて企画した。

 『ダークマスター』でも、タニノのアイデアで舞台美術を市民で手づくりすることを決定。未経験者には一から説明しながら、できる時にできる範囲で参加するルールで完璧な舞台美術をつくり上げた。参加者のひとり、早稲田大学在学中に学生演劇を観ていたという税光華さんは卒業とともに帰郷。「普通のOLですが、東京や海外で活躍するタニノさんの作品に携われるチャンスだと思って応募しました。肩書きを越えて、演劇愛好者と出会えたのが嬉しい」と話す。

 滅びゆく商店街の諦念が乗り移ったようなマスターを演じた六渡達郎さんは、30年以上、写真家として活躍。現在は市内で珈琲焙煎店を営む本物のマスター。「まさか初舞台を踏むことになるとは(笑)。舞台裏に3台のモニターがあり、それできっかけを見ながらセリフを言うのですが、マイクが息も拾ってしまうので大変でした」と苦労話もどこか楽しそうだった。

 タニノは、「僕らはマスターのような存在に蹂躙されてきたロスジェネの世代で、マスターの正体について思いを巡らせながら作品をつくりました。ホールから1駅の所に富山市民芸術創造センターという稽古場施設があり、長期間自由に使わせてもらえたのも良かった。富山で生きている人がどういう生活をして、何を考えているのか、毎晩、みんなと飲みながら話しました。そういうリアリティやシャッター商店街などの共通認識があって生まれた舞台。政治的でも、教育的でもない、ゆるやかなコミュニケーションの場として演劇が機能できたことが嬉しい」と明かす。

 地域のリアルをすくい上げ、地元に潜在する舞台愛好者を可視化した本作は、「地域アダプテーション(*2)」の新たな可能性をみせたプロジェクトになったのではないだろうか。

(早稲田大学研究者・岩城京子)

 

●タニノクロウ×オール富山『ダークマスター 2019 TOYAMA』
[原作]狩撫麻礼
[脚色・演出]タニノクロウ
[主催](公財)富山市民文化事業団、富山市
[会期]2019年3月7日~10日
[会場]オーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)舞台上特設シアター
*1 『ダークマスター2016』
2016年5月に大阪のOVAL THEATER で上演。大阪を舞台に書き直され、関西の俳優・スタッフにより関西弁でリプロダクトされた。
*2 映画や舞台の台本を脚色・改作すること。

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