講師 山名尚志
(株式会社文化科学研究所代表)
自施設の観客が高齢化してきているのではないかという危機感を覚えている文化施設の担当者は少なくないだろう。少子高齢化が進む中、一定の高齢化は致し方ないとはいえ、観客の過半が高齢者ということになっていけば、施設自体の将来性にも大きな懸念が生じてくる。では、どのような対策を打っていけばいいのか。何をすれば若年層を自施設に惹きつけることができるのか。
東京都の美術館、劇場・ホールの指定管理者となっている(公財)東京都歴史文化財団では、2017年、この課題に一から取り組むため、大規模な若年層対象の市場調査を行った。今回の制作基礎知識では、同財団から提供されたこの調査結果のデータを紹介するとともに、そこから読み取れる全国の公共施設の運営に資するポイントを、3回にわたって紹介していく。なお、同財団から提供していただいたのは結果データのみであり、解釈については筆者個人によるものであることを最初にお断りしておく。
調査手法の紹介~1万人と3,000人の大規模調査
今回の調査の最大の特徴は、そのサンプル数の多さにある。調査は、民間のウェブ調査パネル(*)を用い、17年10月に2段階にわたって行われた。第1段階は、首都圏(1都3県)の18歳から39歳までの若年層1万人に対するプレ調査。ここでは、基本的な属性に加え、「過去1年間に行ったことのある文化関係のイベント」についての実態を聞いている。第2段階では、第1段階調査から、過去1年間に何らかの文化関係イベントに行ったことのある人3,000人を抽出し、さらに細かく若年層の文化行動について調査している。
文化関係でよく引き合いに出される市場調査として(公財)日本生産性本部余暇創研の「レジャー白書」がある。同白書のサンプル数は、全国15歳~79歳の男女をすべて合わせて3,000人強に過ぎない。若年層に絞り、かつ文化行動について詳細に聞いたアンケート調査としては、今回の調査は、希に見る大規模な調査となっているのである。
プレ調査の手法のポイント~35の選択肢で若者の文化活動を網羅的に把握
プレ調査では、1都3県1万人の若年層(18~39歳)が、過去1年の間、どのような文化イベントに行ったのか、その実態を聞いている。設問のポイントは、その選択肢の“細かさ”にある。通常、文化の鑑賞についての設問では、選択肢は、コンサート、観劇、伝統芸能、美術展などに大きく括られてしまっている。しかし、近年、急激に拡大している文化イベント、例えばロック・フェスやアート・フェスへの参加は、こうした選択肢ではこぼれてしまう。同様に、声優などのアニメ系のイベントや2.5次元ミュージカル、あるいはクラブ・シーンなども対象外となりがちである。大括りの、あるいは昔からある選択肢でのアンケート調査では、旧来の文化活動しかとらえられず、若年層ならではの活動が見逃されてしまいがちなのだ。
これに対し、この東京都歴史文化財団が実施した調査の選択肢では、文化イベントの選択肢を35に細分化し、「ロックフェスは?」「アニメ・声優イベントは?」と一つひとつ提示することで、多様に広がる若年層の文化活動をできるだけ網羅的に拾い上げている。1万という大規模サンプルに加え、こうした選択肢の細かさも他にない今回調査の特徴となっている。
結果データの読み取り~若者はジャンルにとらわれない
次ページに示したのは、同調査結果による過去1年間に参加した文化イベントのジャンルごとのクロス表である。一番上の行の全体結果自体も、例えば「ポップス・ロック」系コンサートの参加率18.7%に対して、「クラシック」も12.7%と決して少なくない比率になっているなど、いろいろと発見がある。だが最大の見所は、「何らかの文化イベントに参加している若者は、他の文化イベントに対して、たとえそれがどのジャンルであっても、参加していない人よりも見に行っている比率が高い」という結果になっていることだ。
具体的に見ていくと、例えばクラシックに行っている人(1,265人)は、全体に比してポップス・ロック(全体18.7%に対して38.4%)はもとより、ロックフェス(8.2%に対して22.4%)、さらにはクラブイベント(4.2%に対して15.7%)に対してさえも見に行っている比率が高くなっている。ここから見えてくるのは、金曜の夜にクラブのDJイベントで踊っていた人が、土曜日にホールでクラシックを聴いていても何も不思議ではない、という実態である。
同じことは他のジャンル間でも生じている。昼間に美術館で花鳥風月を楽しんでから夜はお笑いライブに行っている人も、コミケの翌週にクラシックバレエを鑑賞している人も、恐らくは少なからずいる。かつてはあったジャンル間の高い垣根が、今の若者にはあまり見られない。若者たちの文化行動は、ジャンルの狭い枠に囚われたものではなくなっているのだ。
結果データからの知見~ジャンルごとの展開を考え直す
上記の結果データから見えてくることは何だろうか。これまでの公立文化施設の自主事業を見ていくと、ジャンルありきの企画が基本となっている場合が多い。かつてのように、それぞれのジャンルごとにそれぞれのファンがいるのが基本なら、こうした企画のあり方が最も効果的ということになる。クラシックとEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を無理に合わせたコンサートを実施しても、それぞれのファンの顰蹙を買うだけで、何のメリットもないからだ。
だが、若年層の集客ということを考えるなら、ジャンルありきの企画は、もしかしたら古くさくなってしまっているのかもしれない。実際、近年は、各種のジャンルを横断したフェスティバルが全国で行われ、多くの若者を惹きつけている。ジャンルごとに若者対策や観客育成を検討するのではなく、文化芸術の面白さというものを、ジャンルにこだわることなく、効果的に伝えていくことができる企画を考える。どうやら、若年層を自館に集めるには、こういった方向性を考えていったほうがよさそうだ。
●公益財団法人東京都歴史文化財団「首都圏若年層の文化行動・文化意識」
[調査方法]ウェブ調査パネルを用いたインターネット調査
[調査対象]1都3県居住者の18~39歳の男女
•プレ調査(本調査の条件に則った条件のサンプルを抜き出す調査)10,000サンプル•本調査(下記[1]~[3]の3つの条件に則ったサンプルに対する調査)3,000サンプル[1]過去1年間に文化関係の何らかのイベントに参加、[2]都立文化施設平均に合わせてサンプル数の都内・都外比率を設定(神奈川・千葉・埼玉の比率については人口比例)、[3]男女年齢比率については、各都県における比率を設定
[調査日程]2017年10月10日~19日
[調査項目]
•プレ調査=性別/年齢/居住地域/過去1年間に行った文化芸術イベント•本調査=《属性》同居家族/職業/普段利用している街、《生活行動》趣味/関心分野/写真撮影の状況、主な目的、《文化施設》行ったことのある施設/施設利用頻度/行かない理由/文化施設に欲しい設備やサービス/欲しい付帯施設やイベント、《文化への興味》各ジャンルへの興味度合い/先端カルチャーの内容/会場のイメージ/クラシックコンサートに行く回数/行かない理由/クラシックが好きになった理由/クラシック関連イベントへの興味/好きな時代/好きな歴史文化の楽しみ方、《情報源》文化イベントの情報源/ SNSの利用状況と利用しているSNS名/閲覧している新聞・雑誌/閲覧しているウェブサイト[分析手法]通常の単純集計、クロス集計に加え、多様な文化・趣味・消費行動から若年層の行動特性を抽出していくため、多変量解析を実施
*ウェブ調査パネルとは、各種のアンケートに回答意向がある生活者をウェブサイト上に予め登録させておき、アンケートの必要性が出てきた時に、調査依頼を行って回答してもらう仕組みのこと。幾つかの事業者が提供しており、国内で100万人規模のパネルも複数存在する。