地域創造では公立文化施設の幹部職員を対象とした研修事業「ステージラボ 公立ホール・劇場マネージャーコース」(以下、マネージャーコース)と自治体の文化セクション幹部職員を対象とした「文化政策幹部セミナー」(以下、幹部セミナー)を同時開催し、施設運営者と設置主体の課題共有や相互交流を図っています。今回は、新潟市文化スポーツ部参事・政策監という市職員の立場でりゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館副支配人を務める真田弘彦さん(マネージャーコース)と、文化政策の専門家であり、地域創造の理事でもある政策研究大学院大学教授の垣内恵美子さん(幹部セミナー)をコーディネーターに迎え、改めて多様な地域の公立ホールの運営事例を学ぶとともに、地域に資する公立ホールのあり方について議論が行われました。
地域との関係を問い直す~マネージャーコース
マネージャーコースには、公立ホール、財団等の職員14人が参加しました。2017年に文化芸術基本法の一部改正が行われるなど、公立文化施設を巡る環境は時代とともに変化しています。今回のマネージャーコースでは、1998年に開館したりゅーとぴあの開設準備から携わり、20年以上の変化を現場で身を以て体験してきた真田コーディネーターが、その変化について自身の経験を交えて解説。また、りゅーとぴあについて、新潟市の文化創造交流都市ビジョンへの位置付け、事業内容、専属ダンスカンパニーNoismを有する組織体制、地域との関わり、非公募指定の指定管理者になるための手続きなど、詳細に報告しました。
真田さんは、「かつて新潟市は行政が主導して方向性を示し、市に事務局を置いた実行委員会が文化行政を推進するヒエラルギー型だったが、近年、りゅーとぴあの果たす役割も含め、行政が調整役としてさまざまな活動を繋ぐネットワーク型のガバナンスに変わってきた。その中でりゅーとぴあは、新潟市の文化的なイメージを高める一定の役割を果たせてきたのではないかと思う」と総括していました。その後のゼミでは、首都近郊の公立ホールとしてアーティストと地域が繋がる事業を展開している富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ、直営により住民主役を掲げて市内のホールを運営している小美玉市の取り組みを取り上げました。
キラリ☆ふじみの松井憲太郎館長は、芸術監督やアソシエイトアーティストと連携したオリジナル作品づくりに加え、近年の重要な事業の柱となっている「サーカス・バザール」(地域の物産展と大道芸などを組み合わせた館内交流イベント)と「ふじみ大地の収穫祭」(農業を地域の生活文化としてとらえた地域の芸能と農産物の出店やトークを合体した館内交流イベント)について紹介。また、小美玉市四季文化館「みの~れ」と小川文化センター「アピオス」を兼務する山口茂徳館長は、アピオスのヒット企画である「スター☆なりきり歌謡ショー」など住民が企画して主体的に取り組むさまざまな事業を紹介。「ホールの住民参加の仕組みが今では小美玉のまちづくりの仕掛けに変わった。ホールは集客施設ではなく、住民が日常的に心の拠り所として集まるところであり、ホール育ては地域育てだ」と強調されていました。
また、太下義之さん(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員)からは、2020年東京オリンピック・パラリンピックを地域活性化に繋げる心構えについての講義もあり、地域との関係を見直す契機となりました。
地域の文化政策、劇場のあり方を考える~幹部セミナー/共通ゼミ
幹部セミナーには自治体と財団職員20人が参加しました。公立文化施設での調査経験も豊かな垣内さんは、受講生とそうした実証研究の成果や地方自治体の文化政策の経緯を共有するとともに、「ひとづくり、まちづくり、産業育成」がゴールとして求められるという21世紀の地域文化政策について議論を行いました。
まず、垣内さんから明治以降の日本の文化政策の流れと現状について概観する講義と、これまでアンケートを実施した公立文化施設の実証研究の成果が紹介されました。年間30万人が来場するというりゅーとぴあの観客の消費による新潟県内経済波及効果(推計年間約20億円)、兵庫芸術文化センターの観客を対象に行われた仮想評価法(劇場を維持するために支払っても構わない金額を尋ねることによる評価手法)による調査結果(社会的便益が推計年間約55億円)、ミューザ川崎シンフォニーホールの「音楽のまち・かわさき」による市民意識の変化(2008年調査によると10歳代、20歳代で「音楽」がまちのイメージの1位)など、公立文化施設の存在意義がさまざまな角度から明らかにされるとともに課題も浮き彫りになりました。
これを受けて、指定管理者制度の先進事例となる公立文化施設のキーパーソンを講師に招いたゼミが行われました。過疎の中山間地域に立地した松江市・しいの実シアターを運営するNPO法人あしぶえの園山土筆理事長は、旧八雲村と劇団あしぶえの連携により108席の日本初の公設民営劇場・しいの実シアターが誕生した経緯、中学生から70歳代までの約70人のボランティアによって運営されている演劇祭など、市場経済では計り知れない取り組みを紹介。また、公害という負のイメージからの脱却を目指したシンボル施設であるミューザ川崎の音楽のまちづくりについての取り組みも報告されました。
マネージャーコースとの共通ゼミに登壇していただいたのが、県職員として兵庫県立芸術文化センターの立ち上げから関わり、2013年から副館長を務める藤村順一さんです。館長でもある井戸敏三知事のリーダーシップの下で、行政とプロデューサーが一体となった運営体制、アカデミー型オーケストラを創設した芸術監督(佐渡裕)による専門性と徹底的な普及活動、阪神・淡路大震災の復興のシンボルとしての地域の人々の期待と参加が成功の要因とされる取り組みの実態がアンケート結果などを交えて詳細に語られました。
参加者からは、「公共ホールや文化芸術の存在意義を改めて考える機会になったのと同時に、他の参加者との意見交換や情報交換の場としても有意義なものとなりました」といった感想も聞くことができました。