地域創造では公立ホールやアーティストと共にクラシック音楽と地域が交流するさまざまな事業を展開しています。その中の柱が「公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)」と、都道府県との共催により2カ年事業として実施している「公共ホール音楽活性化アウトリーチフォーラム事業」です。いずれも秋から各地で本格的な事業が始まります。今号のレターでは、これら2つの取り組みについて、現場の模様をご紹介します。
平成30年度おんかつ本格スタート~神石高原町
今年度のおんかつでは、平成30・31年度登録アーティスト8組が9月から来年2月まで全国11地域で事業を展開します(発展継続モデル事業※を含む)。その皮切りとなったのが、広島県神石高原町のさんわ総合センターとオカリナ奏者の山本奈央さんによる取り組みです。
神石高原町は、標高約500メートルの中国山地中腹にある人口約9,200人の町です。おんかつが実施された9月27日から29日は、稲刈りやブドウの収穫と農繁期の真っ只中でした。やまなみ文化ホール(400席)を有するさんわ総合センターは町直営による研修施設で、神楽や文化団体の発表会など町民の文化拠点になっています。2004年に4町村が合併した町であることから、今回は旧町村4地域(保育園、高齢者施設)に出向いたアウトリーチが行われました。
オカリナ奏者として初の登録アーティストであり、自宅には200本のオカリナがある山本さんは、素朴なものから幅広い音域のでる進化系オカリナまでたくさんの楽器を持参。高齢者施設では、お年寄りが奏でる「オーシャンドラム」(箱に米を入れて波の音を出す音具)と一緒に演奏するなど、自然体のトークと演奏で心を通わせていました。
最大の見所は、センターを運営するまちづくり推進課の森田陽加里さん、同課係長の後藤輝明さんが思いを込めたコンサート。神石高原の美しい星を感じてほしいという森田さんの思いを受け止めた山本さんは、ステージに置かれたたくさんの星球が輝く暗闇の中で演奏。また、後藤さんは渓谷の画像を準備するなど、自然とオカリナの響きが交歓するコンサートとなりました。
後藤さんは、「町の人口減少が進み、高齢化率も45%と課題が山積です。そんな中で、アクティビティ先で皆さんの笑顔にふれ、上質な音楽を届ける大切さを純粋に感じました」と振り返っていました。
コーディネーターに演出家、振付家を起用~アウトリーチフォーラム鹿児島セッション
都道府県と共催するアウトリーチフォーラム事業では、1年目にアウトリーチ事業を広く知ってもらうためのシンポジウムを開催します。2年目は、オーディションで選ばれた新進フォーラムアーティストがコーディネーターと共に都道府県に滞在してアウトリーチプログラムを開発するアウトリーチ研修に始まり、実際にアーティストが市町村に出向いてアウトリーチとコンサートを行います。平成29・30年度は公益財団法人鹿児島県文化振興財団(宝山ホール)との共催により事業が実施されていますが、2年目にあたる今年は、6月にアウトリーチ研修が行われ、9月から県内4市町(姶良市、伊佐市、長島町、知名町)での公演事業が始まりました。
今回の最大の特徴は、アウトリーチ研修のコーディネーターとして現代演劇の演出家(田上豊)とコンテンポラリーダンスの振付家(セレノグラフィカ)が起用されたことです。チーフコーディネーターを務めた津村卓・地域創造プロデューサーは、「音楽を聴かせることはもちろんですが、演出家や振付家と一緒に考えることで“新たな子どもたちへの向き合い方”を発見してもらえればと思いました。地域創造はクラシック音楽だけでなく、現代演劇、ダンス、邦楽、美術の事業を行っており、今回のコーディネーターはいずれも登録アーティストとして子どもや市民と向き合ってきた豊富な経験をもっています。こうしたアーティスト同士のコラボレーションにも期待しました」と、狙いについて話していました。
今回のフォーラムアーティストは鹿児島出身の女性ピアノトリオ「トリオ・リラ」と、サクソフォンカルテット「Glück Saxophone Quartet」の2組。6月24日から6日間にわたって行われたアウトリーチ研修は、コーディネーターが演奏家からしっかりやりたいことを聞き取るところからスタート。トリオ・リラを担当した田上さんは、演奏家が子どもたちに聴いてほしいという曲「ピアノ三重奏曲第1番」(メンデルスゾーン作曲)に向けて、言葉の力や構成によって子どもたちの集中力を段階的に高めていくアプローチをサポート。
また、身体の専門家であるセレノグラフィカは、重たい楽器を抱えて演奏するサクソフォン奏者の身体が傾いていることを指摘。毎朝1時間のストレッチと垂直に立つ訓練、歩く訓練を行いました。「真っ直ぐ立てるようになってから音がきれいに出るようになった」と、その思わぬ効果に演奏家も驚いていました。
市町村公演事業の皮切りになったのが、9月5日~8日まで姶良市で行われたトリオ・リラによる「さつまおごじょのトリオコンサート」です。姶良市は桜島を臨む鹿児島湾の中央に位置し、北に霧島連山が眺望できる自然豊かな市で、空港や高速道路へのアクセスもよく、ベッドタウンとして人口も増加しています(人口約7万6千人)。今回の主催団体である姶良市文化会館・加音ホール(公益財団法人姶良市文化振興公社)は、大ホール817席、小ホール300席を有する市民の音楽活動の拠点で、1996年の開館に合わせて立ち上げた付属の加音オーケストラや、2011年に誕生した市民合唱団が活動しています。
トリオ・リラは市内4つの小学校と養護学校で計6回のアクティビティを実施しましたが、留学経験のあるゴウ芽里沙さんの流暢な英語での自己紹介がディープな鹿児島弁の曲目紹介に変わると子どもたちはビックリ。楽器紹介からメインの演奏まで、集中力を切らすことなく音楽を感じていました。また、最終日のコンサートでは、アクティビティの様子を投影しながら、“鹿児島”と“音楽”という2つの共通の故郷をもつ3人らしいトークを交え、どこか懐かしい音楽を披露すると、涙を流す聴衆の姿も見受けられました。担当の栫公大さんは、「アクティビティでは、演奏や楽器体験を通して、児童の興味津々な顔や鑑賞の意欲が高まる様子が印象的でした。コンサートでも、姶良市民を中心に質の高い演奏をお届けできました。打ち合わせを密に行うことでひとつの事業が形づくられていくのを感じることができ、大きな収穫になりました」と振り返っていました。
●平成30年度「公共ホール音楽活性化事業」参加団体(主会場/アーティスト/日程)
・広島県神石高原町(さんわ総合センター やまなみ文化ホール/山本奈央/9月27日~29日)
・北海道帯広市(帯広市民文化ホール/アーバンサクソフォンカルテット/11月30日~12月2日)
・静岡県菊川市(菊川文化会館アエル/中野翔太、田中拓也/12月6日~8日)
・佐賀県佐賀市(東与賀文化ホール/アーバンサクソフォンカルテット/2019年1月17日~19日)
・大阪府四條畷市(四條畷市市民総合センター 市民ホール/泉真由×松田弦/1月24日~26日)
・長野県佐久市(佐久市佐久平交流センターホール/岡田奏/1月25日~27日)
・岡山県美作市(英田公民館/糸賀修平/2月1日~3日)
・福岡県久留米市(久留米市城島総合文化センターインガットホール/糸賀修平、中野翔太/2月7日~9日)
・愛知県刈谷市(刈谷市総合文化センター/泉真由×松田弦/2月12日~14日)
※発展継続モデル事業
・東京都文京区(文京シビックホール/泉真由×松田弦、酒井有彩/11月26日~30日)
・熊本県菊陽町(菊陽町図書館ホール/泉真由×松田弦/1月15日~19日)
●平成30年度「公共ホール音楽活性化アウトリーチフォーラム事業」実施団体(主会場/アーティスト/日程)
・鹿児島県姶良市(姶良市文化会館/トリオ・リラ/9月5日~8日)
・鹿児島県伊佐市(伊佐市文化会館/トリオ・リラ/10月3日~6日)
・鹿児島県長島町(長島町文化ホール/Glück Saxophone Quartet/12月12日~15日)
・鹿児島県知名町(おきえらぶ文化ホール あしびの郷・ちな/Glück Saxophone Quartet/2019年1月9日~12日)
●公共ホール音楽活性化事業に関する問い合わせ
芸術環境部 佐藤
Tel. 03-5573-4185
●公共ホール音楽活性化アウトリーチフォーラム事業に関する問い合わせ
芸術環境部 山居
Tel. 03-5573-4069