地域のレパートリーになる山梨産ミュージカルを目指す『シンデレラ~ねずみたちのプリンセス』が3月10日、11日にコラニー文化ホール(山梨県立県民文化ホール)で上演された。これは、2015年に山梨大学生涯学習学科(*1)の学生たちが自主制作した作品をベースにしたもの。コラニーがプロデュースし、2016年から2年かけてブラッシュアップ。昨年2月にコラニーでお披露目し、11月から北杜市公演やアウトリーチなどを行い、スキルアップしながら今回の再演を迎えた。
演出家の三輪えり花(*2)を除き、学生時代にこのミュージカルをつくった脚本・作詞のクボタリナと作詞・作曲の伊藤駿、振付の深沢由美、衣装・大道具・小道具制作を担った山梨大学芸術運営コースの学生、山梨出身の音楽大学などの学生、小・中・高校生、地元劇団の俳優などの出演者、地元演奏家によるオケなど、オール山梨にこだわり、衣装も地元企業の和紙素材「ナオロン」で製作した。
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今回のミュージカルでは、舞台三面のスクリーンに映像を投影しておとぎ話の世界を表現。シンデレラの幸せを願う6匹のネズミが魔法使いにお願いし、夢を叶えてもらう。オペラのような1幕と地元バレエ団も登場するディズニー・ミュージカルのような2幕で構成。地元の観客を楽しませていた。
2009年からコラニーを指定管理者として運営する共同事業体で事業を担っているのが山梨日日新聞社、山梨放送のグループ会社であるアドブレーン社だ。尾沢明彦事業部部長は、「地域のメディアとして地域の文化振興に貢献したいという思いがある。何でもいいので誰もが文化に触れられる、関われる施設という理念を掲げ、さまざまな事業を実施している(*3)。加えて、地域の人材を発掘して“打ち上げ花火にならない再演可能な作品をつくる”という方針で、オペラなどのプロデュースを行い、今回の『シンデレラ』で3作目になる(*4)。伊藤さんの高校の先輩で、オペラに出演してもらった山野靖博さん(*5)から面白い作品だからブラッシュアップしてホール公演ができないだろうかと相談されたのがきっかけ」と話す。
プロのサポートが必要だと考え、山野さんの指導者で、山梨とも縁のあった三輪さんに演出を依頼。地域作品と関わった経験をもつ三輪さんは、「東京からスタッフを呼ぶと地域の人の力で再演できなくなる。自分たちだけでもできるという自信をつけてもらうために2年かけて人材を育てようと話し合った」と言う。
16年春から本格的にリメイクに着手。脚本、構成を変え、楽曲も増やして半分以上をつくり直した。伊藤さんは、「生涯学習学科の音楽、美術、芸術運営の3コースは同じL号館5階(通称エルゴ)にあって仲が良く、一緒に何かやろうとエルゴ・プロジェクトと称してミュージカルを自主制作した。僕にとってこれが初めての劇作品で、未熟なものをつくり直す機会をもらえてとても感謝している。山梨出身で音楽を続けている若い世代は繋がりが強く、『シンデレラ』がそういう音楽家や地元劇団、学生など色々なジャンルの人の交流の場、一緒に創作できる枠組みのひとつになってくれたらいいと思う」と言う。
尾沢さんに頼りにされていたのが、来年度から学部の再編で廃止されるという芸術運営コースの11人の学生たちだ。「色々な人が集まってひとつのものをつくることの力強さを感じた」「日常生活の中では絶対に経験できないことがたくさん詰まっていた。より良いものをつくろう、今よりもっと高みを目指そうという創作の現場に自分も感化された。こういう力は生きていく上で絶対に必要なものだと思った」「プレイヤーを支えるという素晴らしい役割についてもっと広めることが必要なのに、芸術運営コースがなくなるのはとても悲しい」など。それぞれの言葉で振り返っていた。
尾沢さんは、「『シンデレラ』がなければ、私たちと大学との関係もこんなに近くならなかった。夏には学生と一緒に新しいプログラムをやりたい」と言っていたが、人が人を呼び、そこで出来た信頼(関係)を形にするというコラニーの姿勢がこのホールの居心地の良さを支えているのだと感じた。 (編集部:坪池・高野)
*1 生涯学習学科として音楽教育コース、美術教育コース、芸術運営コースを有していたが、2016年4月に教育人間科学部が教育学部に改組されたのに伴い、学校教育課程芸術身体教育コース(音楽教育系、美術教育系、保健体育系)に再編され、芸術運営コースは廃止。
*2 1965年生まれ。演出家、翻訳家、俳優。ロンドン大学演劇科修士。劇団昴を経て、東京藝術大学・新国立劇場オペラ研修所講師など多方面で活躍。
*3 コラニー文化ホールの自主事業
鑑賞事業のほか、約50人が在籍するやまなしジュニアオーケストラ、全館を使って4日間で約40の多彩なワークショップを行う「あなたの文化を見つけよう!」、ロビーを無料で市民の発表の場として開放する「ミルケ県民ステージ」、5日間で約60団体がステージに立つ「フェスタ県文」、面白クラシック講座(年12回)、ふるさと山梨巣立ちコンサート、山梨大学や甲斐清和高校との連携事業などがある。
*4 オリジナル作品:『MABOROSI~オペラ源氏物語』(2014年)、山梨出身のチャイルドフッドというバンドのステージと芝居とダンスを構成した『HAPPY』(15年)。平成30年度は4作目として演劇作品の制作を予定。
*5 1989年生まれ。山梨県立甲府西高等学校吹奏楽部から東京藝術大学音楽学部声楽科へ進学。現在は東京で声楽家、俳優として活躍。