人口約4,700人の熊本県津奈木町にある町立つなぎ美術館では、2008年から住民参加のアートプロジェクトやアーティスト・イン・レジデンスを開始。アーティストと地域住民、アート作品と地域資源を丁寧に繋ぐ活動で2013年には地域創造大賞(総務大臣賞)を受賞。14年にも住民参加による「赤崎水曜日郵便局」(*)でグッドデザイン賞を受賞している。その同館が15年から3年がかりで実現させたのが、世界的アーティストの西野達さんを招いた『ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリー』だ。
西野さんは、シンガポールのマーライオンやニューヨークのコロンブス像といった公共彫刻などの周りを囲い、実際に宿泊できるホテルの一室などのプライベート空間に変貌させる作品で知られている。企画を担当した学芸員の楠本智郎さんは、「これまでの西野作品は住民参加とは無縁だったので、興味をもっていただけるか、挑戦でした。でも西野さんはアート業界ではなく、一般市民に向けたアートの在り方を強く意識している方で、館のコンセプトをすぐに理解してくださいました」
「津奈木町が30年以上前からアートでまちづくりをしているのを知ってとても驚きました。僕は起伏に富んだ地形が好きで、津奈木に別荘が欲しいぐらい(笑)、町も自然も気に入りました」と西野さん。
2015年、まず地域住民を中心に実行委員会を立ち上げた。西野さんは町をくまなく回り、ランドマークである重盤岩の上のホテルや海の中のプールなど場所の特性を生かしたユニークなプランを次々と提案。20回以上の会議を重ね、実行委員会が選んだのが、旧赤崎小学校から干潮時には歩いて渡れる「裸島」にホテルの部屋をつくるプランだった。
ところが、計画途中で自然公園法に抵触することが判明。ほかにも予算や条例など調整すべき課題が多く、楠本さんや西野さんも諦めかけたほどだった。しかし、アートに惚れ込んだ町役場の職員の熱意もあり、プランを練り直し、裸島の対岸、小学校に隣接する海上にホテルを建設することになった。
当初計画より1年遅れで『ホテル裸島』は完成した。スリッパには「赤小」の文字が入り、シャワーや洗面台、壁のガラスブロック、壷やハンコも赤崎小学校にあったもの。町の住民ならずとも懐かしい気分になる。そしてベッドルームに入ると、全面ガラス張りの部屋に圧倒的な迫力で裸島と海の風景が飛び込んできた。
町内で建設業を営み、プロジェクトの相談にのった野崎武寿さんは、「小さい頃から見慣れている裸島なのに、ホテルからみると別世界。凄い、アーティストとはこんな世界をつくる存在なんだと思いました。この企画でまちを見直す意識が生まれ、住民の連携も強まったと思います」と言う。
『ホテル裸島』はただの作品ではなく、正式に旅館業法による営業許可を受けた宿泊施設だ。特筆すべきはその運営を専門業者ではなく、約90人の住民ボランティアが担っていること。隣町のホテルでベッドメイキングの研修を受け、九州の有名旅館の女将におもてなしを学び、宿泊客に振る舞うお弁当のレシピも開発した。地元の食材で家庭や郷土の料理をアレンジし、調理は地域のお母さんたちが担当した。
取材当日、受付をしていたボランティア女性は、「普段は猫と年寄りしかいないと言われるぐらい静かな町。その中でも赤崎地区は小学校が閉校になって落ち込んでいました。でもこのホテルが出来て、昨日も北海道の方が宿泊して『本当に夕日が素晴らしい』と感動されていた。とても誇らしかったです」と声を弾ませていた。
西野さんはもうひとつ、町役場近くの雑木林を舞台に、生えたままの立木に仏像を刻む『達仏』プロジェクトをスタート。ほとんど訪れる人のいなかった場所のそこここに23体の仏像が見え隠れし、仏像が彫られた木に新芽が育つなど、不思議な気配を醸し出していた。「来年、再来年も少しずつ増やしていきたい」と西野さん。
期間限定の『ホテル裸島』はなくなるかもしれない。でも美術館が灯したアートプロジェクトの心は、この達仏のように地域の中で木々とともに形を変えながら育ち続けるのだろうと確信した。 (アートジャーナリスト・山下里加)
●西野達「ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリ-」
[会期]2017年10月7日~12月5日
[会場]津奈木町内(旧赤崎小学校付近、津奈木町役場付近)
[主催]つなぎ美術館、西野達つなぎプロジェクト実行委員会
*2010年に閉校になった海辺の小学校「赤崎小学校」を利用し、アーティストの遠山昇司と住民が協働したアートプロジェクト。赤崎小学校の校舎に「赤崎水曜日郵便局」を開局し、そこに自分の水曜日の出来事(物語)を記した手紙を送ると、スタッフによって無作為に交換された他の誰かの水曜日の物語が送られてくるという一期一会のプロジェクト。