地域創造では公立文化施設の幹部職員および自治体の文化セクション幹部職員を対象とした研修事業「ステージラボ 公立ホール・劇場マネージャーコース」(以下、マネージャーコース)と「文化政策幹部セミナー」(以下、幹部セミナー)を開催し、施設運営者と設置主体の課題共有や相互交流を図っています。東京オリンピック・パラリンピックを控え、文化プログラムに取り組む地域も多いことから、今回はそうした取り組みが地域の「文化的コモンズ」(*1 )に発展するにはどうすればいいか、さまざまな事例紹介とともに、実践者を講師に招いた議論が行われました。
マネージャーコースのコーディネーターは地域創造が調査研究において文化的コモンズを提唱した際の調査員でもある藤野一夫さん(神戸大学大学院教授)、幹部セミナーのコーディネーターは自治体同志が連携した広域的な文化的コモンズの可能性について研究されている伊藤裕夫さん(文化政策研究者)です。
アートの力が育む社会~マネージャーコース
マネージャーコースには、公立ホール、財団等の職員20人が参加しました。まず、幹部セミナーも含めた参加者全員を対象に、藤野さんが文化を社会インフラとしてとらえる文化的コモンズの考え方について、経済学の「社会的共通資本」(*2 )の概念を用いて解説する全体講義が行われました。
その後のゼミでは、さまざまな実践例が紹介されました。医療産業都市を掲げる神戸市の施策に則り、患者のQOLを高めることを目的に病院等にアーティストを派遣するアウトリーチ事業「医療+アート」を行っている神戸市民文化振興財団の近藤のぞみさんは、どのように医療現場と協働していったかの経緯について詳しく紹介。藤野さんは、「このようにまちづくり等の手段としてアートを使うことでより楽しくなることがある。一方、アートにしかできないこととは何かを見極める必要もある」と強調されていました。
最終日のゼミでは、演出家の多田淳之介さん、バレリーナの針山愛美さんという2人のアーティストから、それぞれの取り組みが紹介されました。なかでも埼玉県の富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみで芸術監督を務める多田さんが公立ホールを地域に開くために行っているプログラムの数々は大変興味深いものでした。市民メンバーの興味や得意なことを活かしながら表現活動を行う市民カンパニー「ACT F」では、学校や幼稚園、福祉施設へのアウトリーチはもちろんのこと、高齢化社会などの地域課題に向き合っています。また、図工材料などをたくさん揃えて子どもたちの遊び場として施設を開放し、多田さんも一緒に遊ぶ「こどもステーション キラリ」なども紹介され、公立ホールの限りない可能性に気づかされた参加者からは「すぐに始めてみたい」という声も上がっていました。「僕は元々みんなと一緒につくるというタイプの演出家だったので、僕にとっての演劇表現を公立ホールに拡張し、その機能を使ってどう読み替えていくかということをやっているだけ。それが地域に開くことに繋がっている」と多田さん。藤野さんは、「公立ホールの内と外を縦横無尽に行き来して地域コミュニティをステージ化している。文化的コモンズの具体的な実践のひとつだと思う」と指摘されていました。
広域的な自治体文化政策~幹部セミナー
幹部セミナーには自治体と財団職員10人が参加しました。初めに伊藤さんから自治体文化政策の流れを概観する講義が行われ、最新動向として地域版アーツカウンシルについて紹介されました。
これを受けて、自治体文化行政の先進的な取り組みを行っている静岡県文化・観光部文化政策課の岩瀬智久さんから、オリンピック・パラリンピック・文化プログラムを推進するため、2015年度から専門のプログラム・コーディネーターおよび専門スタッフを非常勤として雇用。16年度には観光・産業・福祉・医療・教育・まちづくりなどの課題に文化・芸術が向き合う企画を公募し、プログラム・コーディネーターなどの助言を得ながらNPOや文化団体などが取り組んだモデルプログラムの事例が報告されました。「コーディネーターには地域の文化団体と程良い距離感を保つことが求められる」と岩瀬さん。
また、京都府文化スポーツ部の八巻真哉さんからは、京都府内各地にアーティストが滞在して地域性や歴史性を踏まえた創作活動と作品発表を行うアーティスト・イン・レジデンス事業「京都:R-search」が紹介されました。八巻さんはこの事業を行うために専門職として入庁したキュレーター。行政のさまざまな制約の中で、自治体を横断して広域的に展開するこうしたアートプロジェクトについて、伊藤さんは「地域版アーツカウンシルを設計する上でも、市町村という自治体の枠を超えて文化資源や人材を共有していくこうした試みは参考になる」と指摘されていました。
黄金町バザールを視察~共通プログラム
共通プログラムでは、「アートによるまちの再生」を行い、成功事例として注目されている横浜市中区黄金町エリアに出掛けました。ちょうど開催中だったアートフェスティバル「黄金町バザール2017」を、フェスを主催するNPO法人黄金町エリアマネジメントセンターの山野真悟さんの解説付きでツアーするという贅沢な視察となりました。その後、公立ホールの芸術監督を歴任してきた演出家の佐藤信さんが隣町にオープンしたばかりの民間劇場兼レジデンス施設「若葉町ウォーフ」を視察しました。
元金融機関の建物を改修したというウォーフを会場に、山野さん、労働者のまちである大阪・釜ヶ崎でアートプロジェクトを実践している「こえとことばとこころの部屋」代表で詩人の上田假奈代さん、そして佐藤さんに八巻さんも加わり、トークセッションも行われました。上田さんは黄金町と釜ヶ崎の状況を重ね、「街で生活する日雇い労働に従事するおじさんたちが、自分の人生と向き合い他者と出会うことから生まれる表現を大切にしている」とコメント。佐藤さんは、ウォーフをオープンしたことについて、「劇場や芝居、宿をつくりたかったのではなく、それがひとつになったものをつくりたかった。公というのは自分の内側にあって、それを開いて、本当のパブリックをつくりたいと思った」と語りかけていました。
多彩な取り組みやそれぞれの思いのすべてを受け止める文化的コモンズ。その幅広さや可能性を改めて感じた研修となりました。
*1 文化的コモンズ
地域社会を構成する誰もが文化的営みに参加できる公共圏のイメージ。平成24・25年度調査研究「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究─文化的コモンズの形成に向けて」および平成26・27年度調査研究「地域における文化・芸術活動を担う人材の育成等に関する調査研究報告書─文化的コモンズが、新時代の地域を創造する」において提唱された概念。
•「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究─文化的コモンズの形成に向けて」
https://www.jafra.or.jp/library/report/24-25/index.html
•「地域における文化・芸術活動を担う人材の育成等に関する調査研究報告書─文化的コモンズが、新時代の地域を創造する」
https://www.jafra.or.jp/library/report/26-27/index.html
*2 社会的共通資本
豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置のことで、経済学者の宇沢弘文が提唱した概念。
ステージラボ 公立ホール・劇場 マネージャーコース/文化政策幹部セミナー スケジュール
ステージラボ 公立ホール・劇場 マネージャコース |
文化政策幹部セミナー | |
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10月16日 | 共通プログラム1 藤野一夫、伊藤裕夫 | |
ゼミ1 藤野一夫 | ゼミ1 伊藤裕夫 | |
ゼミ2 近藤のぞみ | ゼミ2 岩瀬智久 | |
ゼミ3 藤野一夫 | ゼミ3 八巻真哉 | |
交流会 | ||
10月17日 | 共通プログラム2「黄金町バザール&若葉町計画 ツアー」 山野真悟 | |
共通プログラム3「トークセッション&ディスカッション」 上田假奈代、佐藤信、山野真悟、八巻真哉 |
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ゼミ4 藤野一夫 | ゼミ4「総論」 伊藤裕夫 | |
修了式 | ||
10月18日 | ゼミ5 多田淳之介 | |
ゼミ6 針山愛美 | ||
ゼミ7「総論」 藤野一夫 | ||
修了式 |