一般社団法人 地域創造

東京都目黒区 東京都写真美術館 総合開館20周年記念 「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 総集編」展

 専門知識と見識を備えた学芸員による調査と研究は、私たちに何をもたらすのか。そのひとつの答えとなる展覧会「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 総集編」が昨年9月にリニューアル・オープンした東京都写真美術館で開催された。
  同館は写真と映像専門の公立美術館として、日本における写真の源流を体系的に明らかにすることをミッションのひとつに掲げ、これまで知られていなかった全国の初期写真(幕末.明治期に撮影された古写真)の状況について2007年から隔年でアンケート調査を実施(*1)。計7,987カ所に配布し、2,996カ所から回答を得て、358館に初期写真があることが明らかとなった。これまでは「関東編」など地域別に紹介する成果展を開催してきたが、今回はその総集編として、同館のコレクションに加え、全国41館から選りすぐった初期写真374点を展示した。

 展示は、ペリーと共に訪れた写真師などにより日本人が初めて被写体となった幕末期の〈であい〉、下岡蓮杖など第一世代の写真家による〈まなび〉、天災記録写真なども撮影されるようになったメディアとしての〈ひろがり〉の3部で構成。5月4日、連休中に行われたギャラリートークを取材すると、老若男女80人を超える参加者が集まり、担当学芸員の三井圭司さんの解説に熱心に耳を傾けていた。
  三井さんは、「デジカメやスマートフォンでの撮影が当たり前になった現代では、写真とはイメージ(画像)であるという思い込みがありますが、初期写真はガラス板や紙を支持体とした物質として存在しています。イメージだけを見ていては、こぼれ落ちるものが多い。台紙裏面も見えるように展示してありますので、意匠を凝らした商標やフレームの細工も見ていただき、写真文化としてとらえていただきたいと思います」と丁寧に説明していた。
  アンケート調査を踏まえ電話調査を行い、約160館を現地調査。初期写真の詳細情報を記載した調査台帳を作成した。こうした調査の過程で、関東では学校に記録写真として、北海道では文書館や図書館に開拓歴史資料として初期写真が保存されている傾向も明らかになったという。また、香川県の塩飽諸島の資料館には咸臨丸の水夫の写真があることもわかった。高知の山内家から長野の上田松平家に嫁いだ女性の写真が両地に伝わっており、2枚を並べて展示する縁にも恵まれたという。

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上:三井さん(左)によるギャラリートーク
下:調査結果は一般書籍として販売(山川出版社「知られざる日本写真開拓史」)

 調査開始から10年余りが過ぎ、初期写真を取り巻く環境も大きく変わった。東京都写真美術館が開館した当初は国の重要文化財に指定された写真は存在しなかったが、門外不出になっている島津斉彬像の銀板写真など、現在では12件が指定されている(*2)。また、海外でも研究が行われるようになり、会期中には日本、ドイツ、イギリス、台湾、スイスから専門家が集まった「初期写真 国際シンポジウム『幕末』」(3月26日)が開催されるなど、初期写真の価値を見直す機運が高まっている。
  「『知られざる日本写真開拓史』展を続けてきたことで、初期写真を寄贈したいなど、市民からの相談も増えました。その際は、まずその写真が撮影された地元の資料館に寄贈するようアドバイスしています。そのほうがより深い縁のある地で活用されるので。我々が調査対象を公開機関に限ったのも、展覧会会期終了後にも見たい人が見られる可能性が続くからです。研究者だけでなく、誰もが初期写真にアクセスできる環境であるべきだと思っています」と三井さん。
  専門学芸員を配し、地道な調査研究と展覧会企画を続け、日本の写真・映像文化のセンターとしての役割を果たしている美術館があったからこそ、初期写真への意識が変わり、市民も関係者も身近にある写真文化の価値に気づかされた。調査の過程で人や館との新たな繋がりも生まれたということで、ここを出発点にした次なるステップに期待が高まる。

(アートジャーナリスト・山下里加)

 

●東京都写真美術館 総合開館20周年記念「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 総集編」
[会期]2017年3月7日~5月7日
[会場]東京都写真美術館 3階展示室
[主催]東京都、東京都写真美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会

*1 「関東」「中部・近畿・中国」「四国・九州・沖縄」「北海道・東北」の4ブロックに分けて公開機関をもつ施設等に隔年でアンケートによる初期写真調査を実施し、その成果を地域別の展覧会として発表。調査対象は、美術館や歴史博物館に加え、古写真情報を所有している可能性のある資料館や文書館、図書館、大学博物館、教育委員会など。

*2 東京都写真美術館の開館当初は重要文化財に指定された写真がなかったため、対応する設備はなかったが、リニューアルに際して重要文化財が展示できる設備を導入。本展では実際に重要文化財の写真が展示された。

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