“これからの公立文化施設は地域資源にどのようにアプローチすべきか”─そのヒントになる展覧会が、開館20周年を迎えた宇都宮美術館で開催された。テーマは市北西部の大谷町一帯で採石される“大谷石”。軽く、防火性に優れ、加工しやすいことから建材として普及。フランク・ロイド・ライトが旧帝国ホテル・ライト館(*1)で用いたことで有名になった。2月26日、展覧会「石の街うつのみや~大谷石をめぐる近代建築と地域文化」とシンポジウム「凝灰岩と近・現代建築─国際性と地域性」を取材した。
展覧会場を訪れると、入り口のアトリウムには、現在は明治村に中央玄関部のみが移築されているライト館の柱が展示されていた。幾何学模様の彫刻を施した大谷石などで装飾された柱からもその威風を感じることができる。展示室では、大谷石がどのような石で、どのようにして建材になり、なぜライトが使ったのか(展示室3)、どのような近代建築が残っているのか(同)、同時代の画家は石の街をどのように描いたのか(展示室2)、という地質的・産業的・建築的・美学的アプローチにより、石の街の文化が浮き彫りにされていた。
中でも面白かったのが、産業的アプローチだ。国会議事堂のために明治政府が行った全国石材調査の報告書をライトが検分したのではないか、当初は赤みがかった菩ぼ提だい石いしが候補だった、建材として普及した背景には明治から大正にかけた輸送手段(鉄路)の整備があったことなど、まるでミステリーを読むようだった。
そもそも宇都宮美術館(*2)は、開館当初からデザイン(生活と美術)を収集・運営方針のひとつの柱として掲げてきた。その中で地域を取り上げ、2014年に今回の展覧会に繋がる連続講座「大谷石の来し方と行方」を開催。また15年には地元の伝統的な染色「宮染め」の再生を目指し、館外プロジェクトとして「地域産業とデザイン.宮の注染を拓く」(*3)を実施。こうした流れの中で企画されたのが、今回の展覧会だった。
事業を担当した主任学芸員の橋本優子さんは次のように話す。「以前から“地域のデザイン”と“地域の近代建築”をテーマにした展覧会を企画したいと思っていました。これまでもライト展はありましたが、大谷石という視点で企画されたものはなかった。“デザイン”は、ただ色や形の問題ではなく、それが生まれるに至った社会情勢、素材や地域の課題と密接に関わったものです。その全体像をつかまえて、宇都宮における“地域のモダニズム”を再評価する展覧会にしたいと思いました。しかし、大谷石に関する領域横断的な文献はなかった。宇都宮空襲などにより失われた建物も多い。大谷石とライトの関係について先行研究をされていた藤本信義宇都宮大学名誉教授などに相談しながら、地質学の専門家とフィールドワークに行ったり、石工さんから採掘や加工についてヒアリングしたり、協同組合から資料をお借りしたり。皆さんの協力を仰いで何とか導入部分まで漕ぎ着けました」
近代建築の専門家が顔を揃えたシンポジウムでは、大谷石の建築事例に始まり、装飾性や質感といった特性、アートスペースとしての活用の可能性や修復の課題などについて幅広い議論が行われた。参加者のひとりは、「石の街であるためには石のことをもっと知らないといけない。宮染めもそうだが、美術館が独自の切り口で地域のことを取り上げるのは非常にいいことなので、ぜひ続けてほしい」と話していた。
80年代には大谷一帯に広がる採掘場跡の巨大な石の地下空間で山海塾や転形劇場の公演が行われ、アートスペースとして注目を集めた時期もあった。現在ではこうした地下空間が観光スポットとして再出発しているほか、NPO法人宇都宮まちづくり推進機構による調査や建築マップの作成、石蔵の活用も始まっている。また、大谷石内外装材協同組合が人材育成する大谷アカデミーも立ち上がった。昨年1月には宇都宮市長が大谷石の文化財を日本遺産登録に申請する方針を発表するなど、大谷石を核にしたまちづくりの機運が高まっている。こうした中で、美術館がどのような役割を果たせるのか。今回の展覧会はそのひとつの試金石になったのではないだろうか。
(坪池栄子)
●石の街うつのみや~大谷石をめぐる近代建築と地域文化
[会期]2017年1月8日~3月5日
[会場]宇都宮美術館
[主催]宇都宮美術館、下野新聞社
[特別協力]大谷石材協同組合、大谷石内外装材協同組合、大谷石研究会、大谷石産業
[協力]宇都宮大学農学部地質学研究室
[後援]宇都宮商工会議所、宇都宮まちづくり推進機構
※まち歩きワークショップや大谷石建造物でのコンサートなど関連事業多数
*1 20世紀建築界の巨匠、米国のフランク・ロイド・ライトが設計し、1923年完成。今日、地域で「ホテル山(岩)」と呼ばれる土地を購入し、石切職人を雇用し、自由に採石して東京に鉄道で運び、現場で細工した。
*2 宇都宮市市制100周年を記念して1997年3月開館。「地域と美術」「生活と美術」「環境と美術」を3本柱として20世紀以降の美術とデザインをテーマに作品を収集。26ヘクタールという広大な郊外の「うつのみや文化の森公園」に立地し、岡田新一設計による建物の一部には地元の大谷石が用いられている。
*3 美術館が中心となりデザイナー、宇都宮大学、中川染工場が協働して実施したプロジェクト(2015年4月~16年3月)。16年度グッドデザイン賞受賞。江戸時代に始まり昭和戦前に最盛期を迎えた「宮染め」(「注染」の技術を受け継いだもの)の調査と長く愛されるパターンデザインの創出に挑み、試作品を発表。