地域の美術館と大学の新しい関係のカタチを予感させる企画展「奇想天外!アートと教育の実験場 筑波大学〈総合造形〉展」が茨城県近代美術館で1月29日まで開催されている。同館は、横山大観をはじめ茨城県に縁のある作家を中心とした明治以降の日本美術作品、モネやルノワールなどの西洋絵画など約3,900点を収集し、国内外の近代美術作品を主に紹介している美術館だ。しかし、今回の企画展では、現代美術作家を輩出してきた地元の筑波大学芸術専門学群構成専攻総合造形領域に焦点を当て、その創造の源流を“教育”の観点から解き明かそうという試みだ。
総合造形コースは、造形と環境・メディア・科学技術を繋ぐ新たな表現の可能性に着目し、これまでの芸術大学にはなかった領域として1975年に創設された。初期にはメディアアートの先駆者として知られる三田村畯右や山口勝弘、現代美術の領域を押し広げた河口龍夫、篠田守男ら名物教授4名が教鞭を執り、ユニークな授業を展開。彼らの研究室からは、芸術分野を越えた多様なジャンルで活躍する人材が育ってきた。
本展を担当した学芸員の吉田衣里さんは、「近代の日本美術が専門なので、今回初めて現代美術を扱った。資料が整理されていない上、美術館の建物が現代美術のインスタレーションに向いていないなどいろいろ苦労した。当館には『現代アートはわからない』というお客様もいるが、教育という基軸で、こんな変わった作品をつくる人がどうやって育ってきたのかを歴史的に整理して見せることで、当館ならではの展示ができるのではと思った」と言う。
会場は、Ⅰ.「総合造形」という実験:礎を築いた4教員、Ⅱ.「総合造形」の発展:現在に至る教員、Ⅲ.「総合造形」を経て:道を切り拓く卒業生、の3部で構成。作品とともに、教員や卒業生への調査で集めた豊富な資料が展示されていた。
上:「Ⅰ.『総合造形』という実験」の展示(写真は三田村畯右の作品)/中:ギャラリートークで作品について自ら解説する河口龍夫(11月23日)/下:「Ⅲ.『総合造形』を経て」の展示(明和電機) 撮影:齋藤さだむ |
Ⅰ部では、当時の最新科学だったホログラフィーと美術を融合させた三田村、ビデオなどのテクノロジーを取り込んだ山口などメディアアート創世期の作品を紹介。資料の写真からは、学生と共に科学実験室のような工房で研究と制作に取り組んでいた様子が伺え、科学と芸術が融合した創造の現場の空気を伝えていた。また、河口の学生便覧を素材にした作品群、彫刻の概念を超えて重力から解き放たれたような篠田の立体作品なども刺激的だった。
Ⅲ部では、彼らの教え子である明和電機(パフォーマンスと造形を融合させたアーティストユニット)の土佐信道、メディアアーティストの岩井俊雄、光と陰を巧みに取り込むクワクボリョウタら、今ではすっかり人気作家となっている卒業生6人の作品を学生時代の課題などとともに展示。また、当時の名物授業の様子も紹介されていた。その中のひとつが、造形、ダンス、音楽を融合した大掛かりなパフォーマンスを共同制作し、秋の学園祭で発表するという「空間劇場」だ。また、河口のユニークな課題「我が子に与える遊戯装置」の創作や、「概念としての石を描く」など、土佐やクワクボのルーツを垣間見た気がした。
関連事業では名物教授によるワークショップを実施。取材当日には彫刻家の篠田が「3Dボックス」を題材に、地元の中学生を含む30人の参加者を指導していた。「〈総合造形〉では大学や教員が理想を与えるのではなく、『自分の理想をもつ』ことが理想。だから僕と同じような作品をつくっている教え子はひとりもいない。ポケモンを開発した石原恒和君もそうだが、(卒業生たちは)ジャンルを越えていろんな分野を開拓している。作品が売れる経験をするのも大切だから買ったものもあり、その一部を展示した。学生にはよく『買ってくれたのになぜ成績はEなんですか?』と質問されたが、課題の点数と作品としての良さは別だから(笑)」と懐かしそうだった。
〈総合造形〉という大学教育として切り拓かれた領域を、地域の美術史として読み解いた今回の展覧会。こうした美術館のリサーチ力こそ、これからの地域美術館の役割ではないかと感じた。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●奇想天外!アートと教育の実験場
筑波大学〈総合造形〉展
[会期]2016年11月3日~2017年1月29日
[主催]茨城県近代美術館
[共催]筑波大学
[出品作家]Ⅰ.「総合造形」という実験:三田村畯右、山口勝弘、篠田守男、河口龍夫/Ⅱ.「総合造形」の発展:河口洋一郎、國安孝昌、逢坂卓郎、村上史明、小野養豚ん/Ⅲ.「総合造形」を経て:佐々木秀明、岩井俊雄、寺田真由美、土佐信道(明和電機)、クワクボリョウタ、林剛人丸