講師 山名尚志
(株式会社文化科学研究所代表)
東京2020文化オリンピアードの枠組み
「東京2020大会」(*1)の文化プログラムがどのようなものかを理解するためには、まず、2つの基本的な前提条件を押さえておく必要がある。第一は大会自体がIOC(国際オリンピック委員会)およびIPC(国際パラリンピック委員会)の独占的資産であり、大会に関わる決定事項についてはすべてIOCの承認が必須だということ。大会運営の実行組織である公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)も、東京都およびJOCの出捐団体ではあるが、IOCに直接の報告義務を負っている。文化プログラムも、当然のことながらこうした枠組みの下にあり、予めその計画についてIOCの承認を受けていなければならない。
2つ目は名称やマークの使用に関する条件である。IOCおよびIPCの資産の中には、オリンピックやパラリンピックの名称やマーク、大会エンブレム、競技のデータをはじめとする記録等がすべて含まれており、組織委員会にはそうした資産を適切に保護する責務がある。特に重要なのが、大会の名称やマークを勝手に企業・商品の広告・宣伝に使うアンブッシュ・マーケティングの禁止である。一方、非商業的な利用については、オリンピック・アジェンダ2020(*2)で「非営利目的でのオリンピック・ブランドへのアクセスを拡大する」との提言が採択され、逆に拡大への努力が図られることになっている。
上記からわかるように、東京2020大会の正式な文化プログラム=「オリンピックやパラリンピックとの関係を告知することができる事業」はすべて組織委員会のコントロール下にある。したがって他の主体による独自の活動、例えば国で進めている「beyond2020」(*3)は、東京2020大会を契機とした活動ではあっても、オリンピックやパラリンピックの活動そのものではない。また、開催都市である東京都の文化事業も、組織委員会の認証があって初めて正式に東京2020大会の文化プログラムとして位置づけられることになる。なので、正式の文化プログラムについての方針や目標数値は、組織委員会から発表されることとなる(ちなみに現時点で目標数値は発表されていない)。
東京2020文化オリンピアードの概要
それでは東京2020大会の文化プログラムはどのようなものなのだろうか。この基本は、2015年2月発表の「東京2020大会開催基本計画」に記載されている。まず押さえておかなければならないのは、大会が、「単に2020年7月.~9月に東京で開催されるスポーツ大会ではなく、多くの『ひろがり』をもつイベント」(基本計画より)として定義されていることである。具体的には、スポーツ以外の“分野”、2020年以降の“時間”、東京以外の“地域”への広がりをもつとしており、分野としては「スポーツ・健康」「街づくり・持続可能性」「文化・教育」「経済・テクノロジー」「復興・オールジャパン・世界への発信」の5つが置かれている。オリンピック憲章に直接記載されている文化だけではなく、他の分野にも幅広くオリンピック・パラリンピックの運動を拡げていく。これが東京2020大会の大きな特徴のひとつとなっている。
上記に基づき、各分野で2020年までに何を行い(アクション)、何をそれ以降に残していくか(レガシー)が記載されたアクション&レガシープランが策定されている(毎年更新、最新版は2016)。文化の分野では、「日本文化の再認識と継承・発展」「次世代育成と新たな文化芸術の創造」「日本文化の世界への発信と国際交流」「全国展開によるあらゆる人の参加・交流と地域の活性化」の4つを残すべきレガシーとし、そのためのアクション例が記載されている。
ひとつ注意しておくべきことは、よく文化プログラムの成功例として引用されるロンドン2012大会とは大きく事情が異なっていることである。ロンドンでは、組織委員会に所属する各地のボードとクリエイティブ・プログラマーが、アーツカウンシル・イングランドおよび宝くじの大きな予算を背景に、企画・運営を直接実施する体制を取っていた。そのため統一されたコンセプトで文化プログラムのディレクションが実行されていた。一方、今回の大会では、組織委員会に文化・教育委員会が置かれてはいるものの、現在のところ、全体の方針づくりや情報共有、調整等の役割が基本であり、事業運営には直接タッチしていない。各団体が主体的に企画・運営するものとして参加する方針が採られているわけで、結果、文化プログラムのあり方も相当に異なったものとなることが予想される。
東京2020文化オリンピアードに参加するには
上記のアクション&レガシープランに基づき、2016年8月、文化を含む各分野で東京2020大会に参画するための「東京2020参画プログラム」が発表、開始されている。これに基づき、組織委員会に参画を申請し、認証された場合、マークとオリンピック・パラリンピックの文言の使用が認可され、東京2020大会への参加が可能となる。内容面での審査基準は、大会ビジョン(「全員が自己ベスト」「多様性と調和」「未来への継承」)に則っていること、各分野のレガシー・コンセプトに当てはまっていること。プログラム名は分野ごとに異なり、文化では、「東京2020文化オリンピアード」という名称になる。
参画方式は、申請主体の種別によって2種ある。ひとつは「東京2020公認プログラム」で、申請が可能なのは、政府(各省庁)、東京都、都内区市町村、組織委員会、東京2020大会のスポンサー企業、JOC・JPC、大会放送権者、会場関連自治体(道県、市町)のみ。「公認マーク(オリンピック、パラリンピックのエンブレムが入ったもの)」の使用および事業のタイトル内でのオリンピック、パラリンピックの名称使用が可能となる(ただし大会そのものや組織委員会の主催と誤認されないようにする必要がある)。
もうひとつは「東京2020応援プログラム」で、こちらは地方自治体、公益法人、その他非営利団体等であれば使用ができる。「応援マーク(オリンピック、パラリンピックのエンブレムが入らない)」の使用が許可され、オリンピック、パラリンピックの名称は、タイトルでは使用できないが、説明文では使用可能である。
申請に当たっての留意事項がある。1つは応援プログラムについて、2016年下半期の段階ではすべての自治体、非営利団体まで対象が拡大されていないことで(現状では、文化の分野については、府県、政令市、(独法)日本芸術文化振興会、(独法)国際交流基金、(公財)東京都歴史文化財団、(公財)日本芸能実演家団体協議会のみ)、2017年度より大幅に拡大されていく予定となっている。
もうひとつはアンブッシュ・マーケティングの禁止である。主催者が申請可能な団体であっても、共催者やその他協賛・協力などの団体が申請不可の団体の場合認証は通らない。また、事業に関わる告知物や会場内の掲示物に企業や商品の広告・宣伝の文言が入ることも厳禁。使用機材・消耗品も、スポンサー企業以外のブランド名を出してはいけない(可能であればスポンサー企業のものを調達。難しい場合はマスキング)。公立文化施設の場合、指定管理者が民間企業であると事業の主催者等として社名表記ができなくなるので留意が必要である(詳細および具体的な申請手続き、マークの表示ルール等については、申請可能となった段階で組織委員会から各書式とガイドラインが公表される)。
東京2020大会への参画は、地域の文化振興にとって、また地域づくり全体にとって大きな契機となりうる可能性をもつ。正式な東京2020文化オリンピアード以外の自主的な活動が禁止されているわけではないので、そのポテンシャルを活用し、地域の活力にどう繋げていくか。各地の意欲的なチャレンジが待たれている。
なお、上記の状況はあくまで現段階のものであり、今後の方針拡大については注視していく必要があることを最後に付け加えておきたい。
東京2020大会公認マーク(左)/応援マーク(右)の例
©The Tokyo Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games
●東京2020参画プログラムイベント予定
https://tokyo2020.jp/jp/get-involved/certification/event/
*1 東京2020大会
正式名称は「第32回オリンピック競技大会および東京2020パラリンピック競技大会」。2008年の北京大会からオリンピックとパラリンピックの大会およびその運営を行う組織委員会は正式に統合されることになったため、東京2020大会と言えばオリンピック、パラリンピック双方を指す。
*2 オリンピック・アジェンダ2020
2014年12月にモナコで行われた第127次IOC総会において採択された20+20の改革案のこと。
*3 beyond2020
内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部が制度設計官庁として進めている。