吉本光宏 (ニッセイ基礎研究所 研究理事)
この度、平成26・27年度に実施した「地域における文化・芸術活動を担う人材の育成等に関する調査研究」の報告書が発行された。ここではその要旨を紹介したい。
求められる多様な人材
地域の公立文化施設に期待される役割は多様化し、事業や運営に携わる人材にはこれまで以上に幅広い能力や経験、ネットワークが求められるようになってきた。そこで今回の調査研究では、まず公立文化施設の職員やアートマネジメント人材の育成に関する過去の調査研究や人材育成事業の事例について、整理・分析を行った。
その上で、平成24・25年度の「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究」で示された「公立の文化拠点は文化的コモンズの形成を」という提言を受け継ぎ、それを実現するために求められる人材のあり方に焦点を当てて調査・検討を行い、提言を取りまとめた。
なお、調査研究の実施に際しては、各分野の専門家による調査研究委員会を設置し、調査研究の内容や方法、調査結果の分析や提言、報告書の取りまとめ等について、意見交換と検討を行った。
各地で形成の進む文化的コモンズ
過去の調査結果を参照して、分野や地域バランスを考慮しながら、文化的コモンズが顕在化していると考えられる地域と中心的な施設や団体を選出し、現地調査と関係者へのインタビューを行った。その結果、各地で多様な文化的コモンズの形成が進んでいることが明らかとなった。5件の調査結果の概要は次のとおりである。
◎北海道富良野市
1999年に設立された全国認証第1号のアートNPO「ふらの演劇工房」の活動が起点となって、富良野演劇工場の事業運営を中核に進められてきた「演劇のまち富良野」は、小学校での演劇教育、高校での演劇ワークショップ、観光、子育て、まちづくりなどへと広がりを見せている。今では行政組織も巻き込み、重層的な文化的コモンズが形成されている。
◎青森県八戸市
八戸ポータルミュージアム はっちの活動は、地域資源を活用した新たな魅力を創出することで、中心市街地や市全体を活性化させている。具体的には、商店街の空き店舗の減少、南郷地区における地域文化活動の展開、地元酒造メーカーのメセナ活動などへと結びつき、文化・芸術のみならず、ものづくり振興、観光振興など分野を横断したまちづくりで成果を発揮している。
◎茨城県小美玉市
徹底した住民参加で事業や運営を推進してきた四季文化館みの.れの成果をベースに、市内3つの会館を拠点に住民と行政の共創により地域の活性化を図る「小美玉市まるごと文化ホール計画」を策定。文化施設の住民参画から始まった取り組みが地域の文化的コモンズを形成し、その経験と実績が地方創生など行政の重要施策に活かされつつある。
◎広島県尾道市
斜面地に広がる固有の町並みの維持を目的に空き家の再生・活用に取り組むNPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」を中核に、文化・芸術、観光、コミュニティづくりなどの分野において、クリエイティブな人材が集まる「人が人を呼ぶ」構造が生まれ、独自の文化的コモンズが形成されている。行政との連携も生まれて、地域に新たな活力が生み出されている。
◎北九州市
2003年の開館以来、オリジナル作品のプロデュースや若手演劇人の育成、小中学校でのアウトリーチ、多彩な鑑賞事業などを展開してきた北九州芸術劇場は、演劇やダンスなど舞台芸術の専門性を活用し、商店街や福祉団体、地元航空会社、J2サッカーチームなど多様な団体との協働によるユニークな事業を展開。地域との関係を積極的に広げることで文化的コモンズの中心的な役割を担っている。
重要な役割を果たすコーディネーター
5カ所の現地調査の結果、文化的コモンズの形成には、文化・芸術と地域住民との間で、出会いや交流の機会を創出するため、さまざまな企画の立案、調整、運営を行うコーディネーター的な人材が、極めて重要な役割を果たしていることが浮かび上がってきた。
それを前提に、各地の文化的コモンズの形成において中心的な役割を担ってきた制作者やコーディネーターを対象にグループインタビューを行い、必要な人材像、人材を取り巻く環境の現状や課題、人材の育成・確保のあり方などについて調査を行った。そこから導き出された主な論点は次のとおりである。
文化施設を取り巻く環境は大きく変化し、文化施設は物理的な場所や空間としての「施設」から、そこを拠点に地域の資源や人材を結び付けてネットワークを形成していくための「機関」への指向が強まっており、そうした流れの中で文化的コモンズに対する理解が広がっている。一方で、文化的コモンズの形成を担うコーディネーターの任用やキャリア形成には課題やジレンマがあり、雇用形態などの制度を含め、コーディネーターの役割や能力が発揮できるような組織や環境の整備が必要である。また、コーディネーターの成長には住民との対話やフィールドワークなど現場での経験が必要で、コーディネーターを継続的に育成するためにはコーチ(人材を育てるための人材)の確保も求められている。
2つの提言
こうした調査結果を踏まえ、調査研究委員会で検討を行い、本調査研究の成果として次の2つの提言をとりまとめた。
◎提言1 地域活力の創出、自治基盤の形成に向けた文化的コモンズづくりを
文化・芸術には、地域の活力を創出し、自治の基盤をつくっていく力がある。この文化的営みの総体こそ文化的コモンズだ。地方自治体の行政(以下、「行政」という)や文化・芸術の拠点である公立文化施設(以下、「文化拠点」という)は、文化的コモンズを形成する役割を担うという視点に立って、文化に係わる政策形成や文化施設の運営に積極的に取り組むべきである。
◎提言2 文化的コモンズを担う人材、特にコーディネーターの育成・確保が必要
文化的コモンズを形成するには、それを担う人材が必要であり、特に、各々の組織内をつなぎ、また組織外とをつなぐ「コーディネーター」が重要である。「行政や文化拠点」は、「地域におけるさまざまな担い手」と連携しながら、人材、そしてとりわけ「コーディネーター」を育成・確保する必要がある。また同時に、「コーディネーター」が活躍できる環境を整備する必要がある。
文化的コモンズは、元々、東日本大震災以降の地域の文化施設の役割を検討する過程で生まれた概念である。今回の調査では、それがこれからの文化行政や文化施設の方向性を考える上で極めて有効であることを再認識するとともに、文化的コモンズの形成にとって、コーディネーター的な人材が鍵を握っていることが明らかとなった。
この報告書が、文化・芸術を核にした今後の地域振興にとって有効に活用されることを期待したい。
●「文化的コモンズ」とは
英語のコモン(common)という言葉には、「共通の、公の、公共の」といった形容詞としての意味があり、複数形のコモンズ(commons)は、「共有地、公共緑地(広場・公園など)」といった意味の名詞でもある。日本では、地域の共同体が、薪炭・用材・肥料用の落葉を採取するために総有する山林や原野などの土地を「入会地」と呼び、これが英語のcommonsに相当する。本提言では、地域の共同体の誰もが自由に参加できる入会地のような文化的営みの総体を「文化的コモンズ」と表している。
(財団法人地域創造「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究 ─文化的コモンズの形成に向けて─」(平成26年3月)より)
●調査研究委員会
大月ヒロ子(有限会社イデア 代表取締役)
鬼木和浩(横浜市文化観光局文化振興課 主任調査員)
真田弘彦(公益財団法人新潟市芸術文化振興財団 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 事業課長)
篠田信子(富良野メセナ協会 代表)
堤康彦(NPO法人芸術家と子どもたち 代表)
藤野一夫(神戸大学大学院 教授)
吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所 研究理事・芸術文化プロジェクト室長)
渡辺弘(公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団 業務執行理事)
※五十音順、敬称略(所属・肩書きは委員就任当時のもの)
●グループインタビュー参加者
大澤苑美(八戸市 まちづくり文化スポーツ観光部 芸術環境創造専門員)
小川智紀(特定非営利活動法人STスポット横浜 理事長)
小澤櫻作(上田市交流文化芸術センター プロデューサー)
古賀弥生(NPO法人アートサポートふくおか 代表)
楠本智郎(つなぎ美術館(熊本県津奈木町)学芸員)
中本正樹(小美玉市 市長公室 政策調整課)
水戸雅彦(仙南芸術文化センター えずこホール 所長)
吉川由美(ENVISI代表・プロデューサー)
※五十音順、敬称略(所属・肩書きはインタビュー実施当時のもの)