熊本地震による被害で閉館していた熊本県立劇場(以下、県劇)が8月25日に再開する。県劇では閉館中、被災地の学校や避難所などで活動を行う「アートキャラバンくまもと」を展開。今回はキャラバンの模様と公立文化施設の現状を取材した。
7月27日、28日、県劇の本田恵介事務局長を訪ねた。戦後の建築家を代表する前川國夫設計の建物は、外壁、高架水槽、演劇ホールのホリゾントなどが破損したが、躯体や吊り天井に損害はなく、6月末には再開の見通しだった。しかし、外壁張り替えが必要となり、再開がずれ込んだ。
閉館中、県劇では県内公立文化施設の被災状況を調査し、積極的に情報発信(http://fukkou.kengeki.or.jp)。また、主催公演の中止は1件のみで会場変更や延期で対応。5月9日からは館外の慰問コンサートなどをコーディネートする「アートキャラバンくまもと」をスタートした。
「日頃からクラシック音楽の登録アーティストや地元演劇人による学校へのアウトリーチ事業を年間70~80件ほど実施している。今年度はそれを合わせてアートキャラバンが120件ぐらいになる予定だ。2013年から東日本大震災の被災地との支援交流事業を実施し、登録アーティストやスタッフが東松島の仮設住宅などを慰問してきた。こうした経験が生きれば」と本田事務局長。
アートキャラバンのきっかけは、宮崎国際音楽祭で九州入りしていた徳永二男音楽監督(ヴァイオリニスト)からのオファーだった。宮崎県立芸術劇場が、5月2日、スタッフの研修交流などで旧知の県劇に連絡。前日まで避難所になっていた県劇向かいの大江小学校体育館で、5月9日の慰問演奏を実現した。音楽のまちづくりを検討していた大江地区在住の演奏家がチラシを配布。また、県劇のフェイスブックで情報を発信したところユニークユーザー数が3万1千人を超え、当日は約400人もの市民が集まった。
取材した27日には、阪神淡路大震災の復興シンボルである兵庫県立芸術文化センターのスーパーキッズ・オーケストラ(SKO)34人によるアートキャラバンが南阿蘇中学校体育館で行われていた。会場には老若男女約350人が集まり、1時間以上にわたって親しみのある曲からレスピーギ作曲『パッサカリア』までを堪能。指揮者の佐渡裕さんとの写真撮影などを楽しんでいた。「阪神淡路大震災で地元の支援活動ができなかった心残りが佐渡さんにもあり、2011年から東日本大震災の被災地をツアーしている。子どもたちはツアー後に必ず作文を書いているが、逆に現地で自分たちが元気づけられたと感じていて、たくましくなっていく」(横守稔久楽団部プロデューサー)。
南阿蘇中を訪問した佐渡裕率いるスーパーキッズ・オーケストラと被災地の人々 |
また、アートキャラバンでは地元演劇人による活動もスタート。支援団体さるくっく(SARCK)を立ち上げた劇団ゼロソーの松岡優子さんは、自らも実家が被災し、仮設住宅暮らし。「今は、子どもたち、避難所のおじいちゃんやおばあちゃんの話を聞いたり、遊んだりしている感じ。これから長い活動になることを覚悟している」と言い、フェイスブックで熊本の状況を発信し続けている。
被災した施設も取材したが、熊本城側にある直営の熊本市民会館は地震直前にネーミングライツを変更し、「シアーズホーム夢ホール」になったばかりだった。大規模改修で補強した吊り天井の一部が崩落。開館50周年に間に合うよう17年12月までの再開を目指し、それまでは主催公演を県劇などに振り替える。「被災直後から支援金の申し出が多くあり、現在3,600万円。改めて市民に愛されているホールだと実感した」(坂本三智雄館長)。
また、地域創造おんかつ事業の参加館だった益城町文化会館は、昨年度、直営から民間指定管理者に移行。周囲には全壊した家屋があり、ロビーも仮養生中だが、ホールは無傷。「秋は保育園・幼稚園の発表会シーズンで問い合わせが多いが、再開の許可が出ない。小さな町なので指定管理者との距離は近く、こちらから申し出て総務課に代わって慰問演奏などの受付窓口とマッチングを引き受けてきた」(山口亮二館長)。
被災地を回りながら実感したのは、個人のツイッターで市民を励ましている大西一史市長が「熊本市を音楽やエンタメが溢れる街にしたい」と日頃から発言しているように、自粛ムードがなかったことと、各所が自然に連携できるネットワークが長年にわたって培われてきたことだ。非常時にこれほど心強いものはない。
(編集部・坪池/宇野)
◎熊本地震
4月14日21時26分、熊本地方を震央とする震度7(マグニチュード6.5)の地震が発生。当初、これが本震と思われたが、4月16日1時25分、再び震度7(マグニチュード7.3)の地震が発生し、こちらが本震と判明。以来、一連の地震回数(震度1以上)は5月末までで1,613回を数えた。落ち着く間もなく6月20日から21日にかけて1時間150ミリという記録的豪雨にも見舞われ、被害が拡大。地震による死者は関連死を含め82人、負傷者1,684名(7月19日現在)、最大時の避難者数18万3,882人。
◎スーパーキッズ・オーケストラ(SKO)
兵庫県立芸術文化センターのソフト先行事業として2003年にスタート。オーディションにより全国からトップクラスの演奏技術を持つ小3~高3のジュニア演奏家を選抜。合同練習、夏合宿、演奏会などを通じて音楽体験を積む弦楽オーケストラ。芸術監督は佐渡裕。今回は、7月26日から30日まで熊本でSKOの夏合宿を行い、練習の合間に、アートキャラバンとして南阿蘇中学校・熊本県庁ロビー・熊本市現代美術館などでのコンサートを実施。また、佐渡芸術監督による熊本高校弦楽オーケストラ部の指導なども行われた。
◎さるくっく(SARCK)
さしよりアートリバイバルコネクション熊本の略。“さしより”は熊本弁で「とりあえず」の意味。“何かしたい”という思いで、東日本大震災でアートによる復興活動を行っているARCTの鈴木拓さんと相談。熊本演劇人協議会で話し合い、フットワーク軽く動けるよう有志7人が集まって立ち上げた。