一般社団法人 地域創造

神奈川県横須賀市 横須賀芸術劇場 オペラ宅配便シリーズXIV ぎゅぎゅっとオペラ DIGITALYRICA 『トスカ』

 2014年に20周年を迎えた横須賀芸術劇場では、01年からオペラの普及事業として小ホール「ヨコスカ・ベイサイド・ポケット」を使った入門編・オペラ宅配便シリーズを15年にわたって継続してきた。03年、35歳のときからその企画を引き受けてきたのが、ボローニャ大学DAMSでオペラの演出学を修め、幅広い活動を展開している声楽家(カウンターテナー)の彌勒忠史だ。
  『セビリアの理髪師』『フィガロの結婚』のハイライト上演に始まり、古楽器演奏によるヘンリー・パーセル『ダイドーとイニーアス』や、日本では上演機会に恵まれないものの平易な現代オペラとして楽しめるメノッティ作品を生誕100周年記念として3年連続で紹介するなど、小作品を丸ごと紹介する小劇場オペラを続けてきた。
  開館から財団職員として携わってきた天沼ひかる副館長は、「彌勒さんは学生時代から出演者として舞台に立っていました。彼の企画力で宅配便シリーズを続けてきて、オペラに観客が集まるようになった。コンクール『新しい声』で出来た若手声楽家との繋がりや合唱団を活かせる企画だと思っています」と言う。
  その彌勒が宅配便シリーズの新たな企画として昨年から取り組んでいるのが「Digitalyrica(デジタリリカ)」(*)だ。3月13日、その第2弾『トスカ』(シリーズXIV)が上演された。

 出演したのは、これまでオペラ宅配便シリーズで度々組んできた小川里美、高田正人、与那城敬の声楽仲間。聖水台、食卓といった簡単な道具がセットされたホリゾントだけの舞台で、彌勒の狂言回しによって、重厚なアリアのハイライトシーンが展開。エレクトーン1台だけの演奏でオーケストラさながらの濃密なサウンドを実現していた。1幕のフィナーレでは暗転した舞台にランプを持った少年少女合唱団が登場。2階のバルコニー席に座っていた約40人の観客(今回のために公募されたぎゅぎゅっとオペラ合唱団)がすっくと立ち上がり、計60人の「テ・デウム(祝祭賛美歌)」が響き渡った。
  彌勒は、「デジタリリカではこれまでやってきた小劇場オペラに加え、エレクトーンの新たな可能性を引き出したいと思っています。それと、合唱に応募してもらえれば1曲歌う権利があるという観客参加型にしたかった(笑)」と言う。

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『トスカ』 写真提供:横須賀芸術文化財団

 デジタリリカの企画が生まれたのは、前回の『椿姫』に続いて演奏を担当した清水のりことの出会いがあった。2012年のある日、清水は今回の出演者たちの自主公演に呼ばれて銀座のヤマハホールで『トスカ』を伴奏。それを聴いた彌勒は、「とにかくびっくりした。エレクトーン1台なのにオーケストラのサウンドになっている。イミテーションではないエレクトーンの新しい可能性を感じました。それで横須賀芸術劇場の担当者と相談し、最新鋭のエレクトーンと最古の楽器である人間の声をコラボレーションさせて、オペラの魅力をぎゅぎゅっと詰めた舞台として企画しました」と振り返る。
  『トスカ』では、時にトランペットのファンファーレや鐘の音が響き、弦楽器の重厚なメロディラインの演奏に乗せてフルートやホルンの管楽器も聴こえてくる。それら重層的なサウンドを、清水が一人でスイッチングしながら演奏しているのだ。清水は言う。
  「学生時代からエレクトーンでクラシックを演奏してきました。いろいろな舞台で実演家の方と共演するのが好きで、自分なりに工夫してきました。オペラの演出家と相談しながらできて、彌勒さんからたくさん教わっています。楽譜はオケ用の楽譜を部分的に3段譜にしたり、ピアノ譜にしたり、メモをしたり、自分でエレクトーン演奏用につくり直しています。でも、私にしか読めない(笑)。独りよがりな演奏にならないように、あらかじめ指揮者に演奏を聴いていただいて確認しています」
  デジタリリカが可能なのも、エレクトーンとクラシックやオペラの融合を目指す清水のような演奏家の努力と研鑽があってこそだ。オペラ宅配便は、普及事業というだけでなく、こうした清水や彌勒のような新しい才能が自らの企画を実現し、市民と楽しむ貴重な場になっていた。

(ノンフィクション作家・神山典士)

 

●オペラ宅配便シリーズⅩⅣ ぎゅぎゅっとオペラDigitalyrica(デジタリリカ) プッチーニ歌劇『トスカ』(原語上演・字幕付/ハイライト版)
[会期]2016年3月13日
[会場]横須賀芸術劇場 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
[主催・制作]公益財団法人横須賀芸術文化財団
[企画・演出・ナビゲーター]彌勒忠史
[出演]小川里美(トスカ)、高田正人(カヴァラドッシ)、与那城敬(スカルピア男爵)
[合唱]ぎゅぎゅっとオペラ合唱団、横須賀芸術劇場少年少女合唱団
[音楽]清水のりこ(エレクトーン)

●横須賀芸術劇場(指定管理者:公益財団法人横須賀芸術文化財団)
1994年開場。馬蹄形のオペラハウス仕様の大劇場「よこすか芸術劇場(1806席)」、可動式の小劇場「ヨコスカ・ベイサイド・ポケット(200~574席)」がある。自主事業として音楽を中心とした鑑賞事業を行うとともに、95年に劇場専属アマチュア合唱団(現在300人)、97年に少年少女合唱団(現在140人。小2年~高3年)を設立。また、97年からドイツのベルテルスマン財団との共催により2年に一度開催されている世界オペラ歌唱コンクール「新しい声」オーディションを開催し、アジアの若手歌手の発掘・育成を図る。

*デジタル+オペラリリカ(オペラの総称)を合わせた造語。「オペラはその時代の新しい技術を使いながら進化してきた」と考える彌勒が、歌と最先端技術を組み合わせて取り組むオペラ。現在は、エレクトーンのオーケストラ・サウンドの可能性を追求。なお、こうしたエレクトーンによる新しい音楽形態を推進するヤマハエレクトーンシティ渋谷のような拠点も生まれている。

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