兵庫県篠山市今田町立杭地区は、日本六古窯のひとつに数えられる、約800年の歴史を誇る「丹波焼」の里だ。コンビニも喫茶店もない、「まんが日本昔ばなし」に出てくるような山の裾野の集落で、現在も約60軒の窯元が焼き物をつくり続けている。
その集落を臨む丘の上に建つのが、今年10周年を迎えた兵庫陶芸美術館である。古丹波焼の収集家である全但バス中興の祖・田中寛コレクションを含む約2,000点を収蔵し、地元の窯元と連携した多彩な事業を展開。その美術館も参画し、丹波立杭陶磁器協同組合を中心に取り組んだのが、長さ47メートルもある現役最古の登窯(明治28年築窯)の復興・活性化プロジェクトだ。2014年から約1年半かけて修復を行い、築窯120年を迎える今年、11月21日から24日まで24時間火を入れ続ける初焼成が行われた。
上:兵庫陶芸美術館/下:登窯 |
美術館でプロジェクトを担当する事務局の山田貴一は、「窯は2014年5月まで個人が管理して部分的に使用していたものです。県の有形民俗文化財に指定されていましたが、老朽化していて傷みも激しかった。しかし、個人では修復もままならないので組合に管理権を移し、兵庫県と篠山市の補助金などを活用して築窯当時の手法で修復することにしました。美術館に隣接して組合が運営する体験型観光施設『立杭 陶の郷』(85年開館)もありますが、最盛期に比べて地域への観光客の入り込みは半減しています。丹波焼のシンボルである登窯の復活を起爆剤にして、丹波焼の里全体がミュージアムとなるよう活性化を図っていきたいと思っています」と話す。
立杭では跡継ぎの若い世代も多く、築窯の伝統工法を伝承することを目的に、修復には地元の窯元が総出で関わった。多くの窯元にとって、「まくら」と呼ばれる日干しレンガを2,000個もつくり、積み上げて窯を修復する作業は初めてだった。23日夜、初焼成の様子を取材に行くと、火の魅力に呼び寄せられた多くの陶芸ファンやシンボル復活に思いを馳せる地元の人々らが見守る中、炎の回り具合や色を見極めるベテラン窯元の動きを、若い窯元たちが凝視していた。組合員は6人ずつ5つの班をつくり、6時間交替で24時間火を守り続ける。窯は9つの部屋(袋)に分かれているが、一番下の袋から薪をくべ始め、火が透き通るような白色に輝く1,300度前後を保たなければならない。
陶磁器協同組合前理事長の清水昌義は、「昔は集落が一体となったコミュニティがありましたが、最近は電気やガスの個人窯が主流になって交流が少なくなった。みんなで作業をするのは大変ですが、こんな交流ができたのは久しぶりで、とても意義があると思います。窯元の考え方はいろいろですが、この経験を今後の登窯の活用に生かしていければ」と話していた。
まくらや薪、築窯の道具づくりなど、このプロジェクトでは多くの「最古の登窯復興支援サポーター」も活躍していた。その中心となったのが、美術館の「陶芸文化プロデューサー養成講座」参加者が10年前に立ち上げた自主活動団体「やきものの里陶芸文化プロデュース倶楽部」である。これまでも美術館内に拠点を構えて観光客のための「窯元路地歩きガイド」や地域の魅力を発信する情報誌を発行。今回は神戸・西宮からの送迎無料見学バスの添乗ガイドになり、また夜通し炊き出しを行って遠方からやって来た見学者にしし汁を振る舞うなど、楽しそうにもてなしていた。
登窯には、窯元の作品はもちろん、地元の小中学生やワークショップの参加者、芸術大学の学生や教員など、プロもアマチュアも関係なく陶芸を愛する人々の作品約4,000点が入れられていた。「9つ目の袋では地元の高校と連携して竹を使った焼成実験も行います。この窯を今後どのように活用していくかに次の丹波焼の120年がかかっています。でも多くの人に協力してもらわなければ登窯に火を入れることはできない。今回はその第一歩だと思っています」と山田。
かつて丹波焼は、昭和初期に民藝運動をリードした柳宗悦らに魅力を見出されて全国に広まった。今回の多くの市民が参加した登窯の復活劇はそれに次ぐ新しいムーブメントなのではないか。市民参加型こそ、この地域の景観やコミュニティを含めた陶芸の里の今後を占う鍵なのだと感じた。
(ノンフィクション作家・神山典士)
●最古の登窯復興と丹波焼の里活性化推進プロジェクト「最古の登窯 焼成」
[会期]2015年11月21日~24日
[主催]丹波立杭陶磁器協同組合、最古の登窯復興と丹波焼の里活性化推進委員会
●日本六古窯
中世から現在まで途切れることなく生産が続けられている日本古来の陶磁器の窯場の総称。瀬戸焼(愛知県瀬戸市)、常滑焼(愛知県常滑市)、越前焼(福井県丹生郡越前町)、信楽焼(滋賀県甲賀市)、丹波立杭焼(または丹波焼。兵庫県篠山市今田町立杭)、備前焼(岡山県備前市伊部)。
●兵庫陶芸美術館
全但バス(株)社長・故田中寛氏(1904~81)が郷土の文化伝承のため丹波焼を中心とした兵庫県内の古陶磁を収集。66年から神戸市に開設した兵庫県陶芸館で公開。95年の阪神・淡路大震災の被害により同館が閉鎖されることになり、“田中寛コレクション”を兵庫県に寄贈。これを契機に、コレクションの公開と古陶磁や現代陶芸の展示、資料収集保存、調査研究を目的として2005年に丹波焼の窯業地である立杭に兵庫陶芸美術館を開設。丹波焼について発信するとともに、窯元と連携したワークショップ、現代陶芸作家を招聘する「アーティスト・イン・丹波」を実施。陶芸文化を地域丸ごと継承するエコミュージアムの拠点として運営。本年度は年間を通して丹波焼の魅力を発信する10周年記念特別展を開催。
[施設概要]敷地面積約4万9,000㎡。展示棟、研修棟、管理棟、茶室 ほか