今も築数百年の町家が生活の場として利用され、早くからまちづくりに取り組む団体が県内各町で活動する奈良県。その奈良で、2011年からまちづくり団体が結び目となった「町家の芸術祭 はならぁと」が開催されている。5年目となる今回は、10月から11月にかけて重要伝統的建造物群保存地区に指定されている橿原市今井町と宇陀市松山、古代からの街道である八木札の辻などで開催された(*)。
取材に出かけた11月3日、4日、寺内町として栄え、町内700戸の大半が古民家で江戸時代以前の建物も数多く残る今井町では、キュレーターが担当した元精米工場と中野町家に加え、重要文化財の町家など計12カ所が会場になっていた。中野町家ではアーティストの発案により地域の人たちの持ち寄りで鍋会が開かれ、細川町屋では古民家を覆っていたベニヤ板などを取り払い、それを博物図鑑のように岩絵具で丁寧に巻紙に記録した中尾美園の作品が家の記憶を蘇らせるなど、アートを通じて町と町家の暮らしを体験するツアーになっていた。
そもそものきっかけは、奈良県のまちづくり担当の職員が奈良市の商店街で行われていた展覧会を見て、まちづくり団体のネットワーク組織に「アートによるまちの活性化」を提案したことだった。空家問題への取り組みにも繋がると考えたまちづくり団体は実行委員会を組み、県との共催により「はならぁと」をスタートした。
2011年から3年間は前述の展覧会を企画した奈良市のギャラリスト、野村ヨシノリをアートディレクターに据え、受け入れを希望するまちづくり団体のある地域を会場に開催(第1回は大和郡山市、奈良町など県内10地域。以来、毎年5~8地域で開催)。14年からはアートディレクターを大阪市でギャラリーを営む山中俊広(12年にキュレーターとして参加)にバトンタッチ。前回は山中が奈良と縁のあるキュレーターを指名したが、今回は公募により4名のキュレーターが参加し、サウンドや光のインスタレーション、演劇にジャンルを拡大して実施された。
まちづくり団体のひとつ、NPO法人三輪座の代表で、14年からはならぁと副実行委員長を務める川端規央は、「まちづくりには“よそ者”の視点が必要。大学関係者などの意見を取り入れることはよくやっていたが、はならぁとはアートの視点から町を再発見する機会になると思った。空家の活用を進めたくても家主がためらう場合も多く、アート展で一時的に開放してもらうことで家主や町の人によそ者に慣れてもらうこともできる。当初は出展者が町と関わることが少なく、アーティストに過剰な要求をされたりして混乱したが、準備期間を長くしたことで今回はいい交流ができたと思っている」と話す。
上:中野温子がキュレーターを務めた旧四郷屋会場の向かい、カフェとして活用されている古民家の2階にも町民と一緒につくった作品が展示された。 下:一般参加者の展示会場になった今井町の町家 |
そうした交流のひとつが、ドラマトゥルクの森麻奈美がキュレーターを務め演劇人が1カ月にわたって宇陀松山の空家「マルカツ」に滞在して家と地域の入念なリサーチを行ったプロジェクトだ。参加アーティストのひとり、建築と舞台美術を学んだ渡辺瑞帆は、家の掃除を行い、記憶の空間としてアレンジしていく過程で創作したエピソードを10枚ほどのカードに綴り、来場者が家中を巡りながら集めて自分なりの物語として体験するユニークな“上演”を行っていた。
山中は、「僕がディレクターとしてこだわったのはアートとしての質の向上。そのために試行錯誤してきたが、今回はアーティストが自由に手を加えられる空家を提供してもらったこと、キュレーターとアーティストが1~2カ月地域に滞在できたことでいい結果が出せた。はならぁとは外から人を呼ぶというより町の人たちに向けたアートイベントだが、アーティストやキュレーターがまちづくりをするというのではなく、お互いの領域で先進的なことをすれば自ずと方向性が一致するとわかった」と振り返る。
14年までの4年間で会場に使われた空家の内、30軒がカフェなどに利活用されるなど、まちづくりとしての成果も上がっている。「アーティストやキュレーターは町に刺激を与えてくれる存在。アートが揺さぶった価値観をまちづくりをする者が次にどう活かしていくかが大切」という川端の言葉に、一過性ではないパートナーがいることの幸せを感じずにはいられなかった。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●奈良・町家の芸術祭 はならぁと 2015
[主催]奈良・町家の芸術祭HANARART実行委員会
[共催]奈良県
[会期・会場]「はならぁと こあ」:2015年10月24日~11月3日:宇陀市(宇陀松山)、橿原市(八木札の辻、今井町)/「はならぁと ぷらす」:10月10日~18日:生駒市(生駒宝山寺参道)、五條市(五條新町)
*「はならぁと2015」は、一般参加による展示だけのプレ期間の「ぷらす」(10月10日~18日:生駒宝山寺参道、五條新町)とキュレーター会場と一般展示のあるメイン期間「こあ」(10月24日~11月3日:宇陀松山、八木札の辻、今井町)の2期で開催。
公募によるキュレーターは、魚住勇太(畝傍駅他)、加藤巧(元トウネ精米工場/中野町家)、中野温子(旧四郷屋)、森麻奈美(マルカツ)。一般展示を合わせ、60組以上のアーティストと50カ所を超える会場で展開。