東海道新幹線米原駅から近江鉄道に乗り換えて約1時間半、“近江日野商人”で広く知られる滋賀県日野町。人口約2万2千のこの町にある「日野町町民会館 わたむきホール虹」の名物となっているのが、毎年お盆の時期に行われている『わたむき お化け屋敷』だ。“関西一恐いお化け屋敷”を謳い文句に、劇場スタッフ総動員でつくり込み、7回目を迎える今年は会期を4日に延ばして、子どもからお年寄りまで1,700人が来場した。
取材で劇場を訪れたのは最終日の8月16日。開場前のロビーには入場整理券をもらうための行列が出来ていた。
お化け屋敷がしつらえられていたのは、普段は200席程度のイベントで用いられるフリースペースのふれあいホール。今年の入口のテーマは「ショッピングモールの廃墟」で、中に入ると暗闇に血塗られた洋服店が浮かび上がっていた。洋服の陰から飛び出したゾンビに追われて行き止まると、金網の中からまたゾンビ。お決まりの神社や墓場などでは恐い人形がムードを盛り上げるが、ここの最大の特徴は何と言っても青年会の若者たちが扮する人間ゾンビで、所要時間5分程度(これでも充分な体感時間)の複雑なコースの影に総勢20数人が身を潜めていたという。
企画づくりから、音響、照明、美術、演出に至るまで劇場の技術スタッフが中心となって手づくりするこの企画は、管理職・事業担当含めて総勢6名という小さな劇場の一大行事となっている。4月から道具づくりを始め、約1カ月かけて仕込む。発案者であり、演出も行う向井美和さん(普段は劇場舞台担当)は、「子どもの頃からお化け屋敷が大好きでした。2009年に劇場の主催事業として稲川淳二さんの怪談イベントをやることになり、ここだと思って関連事業として提案しました。委託している照明スタッフが比叡山のお化け屋敷(閉館)の経験者だったので彼に師匠になってもらいました。どうして劇場でお化け屋敷なのかと聞かれて悩んだこともありますが、青年会の若者たちが喜んで手伝ってくれて、お客さんが客席に座っているのではなくて自由に参加できる。これほど地域に開かれた企画はないと思っています。今回初めて地元の中学校の美術部員に恐い絵を描いてもらいました」と話す。
第1回からお化け役をやっているという強者もいる20歳代の日野町青年会メンバーは、「今年は隣町の竜王町青年団も参加しています。この日だけは、子どもたちを泣かせてもいい(笑)のが醍醐味」「飲み会ではもう来年のネタを話し合っています」「古着リサイクルを行っている福祉施設からいらなくなった古着をもらってきたり、衣装も化粧も自分たちで工夫しています」と、人を脅かす楽しさで輝いていた。
上・中:雰囲気たっぷりのお化け屋敷の中 下:企画を担当するわたむきホール虹の向井美和さん。演出も手がける |
同ホールの野崎稔事務局長は、「お化け屋敷は劇場のスキルを地域に還元できますし、小さいお子さんからお年寄りまで普段ホールに来られない方が多数来場してくださいます。演劇やコンサートに足を運ぶのはハードルが高い人も、短時間で入場料300円なので気軽に来てもらえる。それで劇場の面白さの一端を感じてもらえればと思います。ただ、スタッフの負担も大きいので他の事業とのバランスを取る必要もある。今年は日野高校の生徒さんに職業体験で場内整理や設営のお手伝いをしてもらいましたが、10年をひと区切りとして今後の展開を考えていきたいと思っています」と言う。
来場者アンケートには、「久しぶりに大声で叫んだ」「とても良かった。子どもはずっとギブアップと言っていた」「久しぶりに主人の手を掴みました(笑)… 娘は号泣。二度と来ないそうです。楽しませていただきありがとうございました」と恐怖と感謝の言葉が並ぶ。出口では女子高生のグループが恐かったと座り込み、保育を専攻したいという場内整理の女子高生は泣いている子どもに声を掛けていた。
思いきり“恐がらせたい”つくり手と、感情を解き放ち“恐がりたい”お客さんが出会う。これも劇場を開くひとつのあり方なのではないかと感じた。
(ライター・川添史子)
●日野町町民会館 わたむきホール虹
[開館]1993年
[施設概要]大ホール(収容人数754席)、ふれあいホール(219.4㎡)
●「わたむき お化け屋敷」
[会期]2015年8月8日、9日、15日、16日(各日13:00~最終受付19:00)
[会場]日野町町民会館わたむきホール虹 ふれあいホール
[主催]日野町文化振興事業団