地域創造の演劇ジャンルの事業には、公立ホールが連携して演劇作品の上演を行う「演劇ネットワーク事業」と、演劇のアーティスト(演出家)を地域に派遣し、公立ホールとともに地域交流プログラムを企画・実施する「リージョナルシアター事業」(平成25年度にリニューアル)があります。今回は、リージョナルシアター事業の取り組みについてご紹介します。
●全体研修会で認識を共有
リージョナルシアター事業は、参加館の担当者と派遣アーティスト全員が集まって地域創造の企画により行う「全体研修事業」と、参加館が中心となって行う「現地事業(事前リサーチ・企画実施・フィードバック)」の2つの柱で構成されています(下記図「リージョナルシアターの流れ」参照)。今年度の全体研修会は5月13日~15日まで参加館のひとつである静岡市民文化会館で開催されました。
全体研修会の目的は、演劇の手法を使った地域交流プログラムについて関係者が認識を共有することです。今回は会期を1日延ばし、来年度から新たに参加する派遣アーティスト3名(有門正太郎、福田修志、ごまのはえ)と、これまで事業に携わってきた先輩派遣アーティスト(内藤裕敬、岩崎正裕、多田淳之介、田上豊)が経験を分かち合う、意見交換会が開かれました。
全体研修会のメインは2日目で、参加館の担当者に学校へのアウトリーチについて実際に体験してもらう岩崎さんのモデルワークショップと、今年度派遣アーティストが登壇する公開セミナー「高校生と演劇」が行われました。このセミナーはアーティストへの理解を深めるとともに、地域におけるさまざまな演劇事業の可能性を知っていただくことを目的としています。
演劇専攻のある高等学校の指導者でもあり、高校演劇の審査員経験もある内藤さんは、「授業時間など決まり事があって演劇専攻のある学校でさえ教育の中ではできることに限りがある。ましてや演劇をやりたいと思っていない生徒に対して演劇で何ができるのか? 想像力を刺激するということしかできない。知識の中に答えがあることを教えるのではなく、教えない、訓練しない、達成を目指さないという学校教育のプログラムにはないアプローチで、答えのないことに向き合う力をつけるということだと思う」とメッセージ。
アイホール(伊丹市立演劇ホール)のディレクターで、高校生との作品づくりの経験が豊富な岩崎さんは、「小劇場演劇に特化したアイホールでは、将来の担い手となる高校生に目を向けなければ演劇の発展はないと考え、市内の高校演劇のリサーチを行った。それで高校演劇をやっている生徒と地元のアーティストとのワークショップや、市内の高校演劇が一堂に会して60分の作品を発表する『アイホール演劇フェスティバル』を開催している。フェスでは本番1週間前にホールで作品点検を行い、スタッフワークを学べる機会も提供している」とホール事業としての取り組みを紹介。
また、若手の多田さん、田上さんは、「演劇を活用して高校生に何を渡せるかということだと思う。挫折を味わっていて自己肯定感のない高校生に芸術という選択肢を渡せたこと、人の意見を聞いて自分の意見が出せるようになったことはよかったと思っている」(多田)、「あるところに3週間滞在して演劇専科の高校生と演劇をつくった。話すのが下手な子がいてもそれを質すのではなく、人を選ばず、それを個性として生かせるのが演劇だと思う。想像力を働かせ、自分で発想し、自分でつくることが高校生には一番大事だと思う」(田上)と高校生たちに寄り添っていました。
リージョナルシアター事業の流れ
●平成27年度リージョナルシアター事業
◎参加館
・みくに文化未来館(福井県坂井市)
・長野県伊那文化会館(長野県伊那市)
・静岡市民文化会館(静岡市)
・三島市文化会館(静岡県三島市)
・延岡総合文化センター(宮崎県延岡市)
◎派遣アーティスト
・内藤裕敬(劇作家・演出家/南河内万歳一座座長)
・岩崎正裕(劇作家・演出家/劇団太陽族主宰)
・多田淳之介(演出家・俳優/東京デスロック主宰)
・田上豊(劇作家・演出家/田上パル主宰)
●平成28年度新規派遣アーティストがアウトリーチ・モデル事業
今年度は、上田市交流文化芸術センター・サントミューゼとの共催により、新規派遣アーティストによるモデル事業も初めて実施されました。これは、全体研修会での意見交換を踏まえて、プログラムをブラッシュアップすることを目的としたもので、3名の新規アーティストが6月24日、25日に上田市内の中塩田小学校4年生と交流しました。北九州を拠点に活動する「飛ぶ劇場」の俳優でもあり、北九州芸術劇場の子ども事業で経験を積んだ有門さは、“アリカドン”と自己紹介して子どもたちのハートをキャッチ。だまし絵や写真を使ったイメージ遊びから始まり、学校という日常空間にまで想像力を広げてイメージを膨らませるワークショップを行いました。長崎を拠点に活動し、長崎ブリックホールの市民参加劇との関わりも深い「F’s Company」主宰で劇作家としての評価も高い福田さんは、俳優2人と自己紹介代わりに寸劇「宝探し」を披露。それを踏まえて、子どもたちがキャラクターカード(外国人の名前、性格)を組み合わせた登場人物になり切ってお芝居をつくる創作体験を行いました。音楽、美術、身体表現を活かした京都の「ニットキャップシアター」を主宰するごまのはえさんは、民族楽器や音具などをたくさん準備。音遊び、身体遊びをしながら、最後は自分たちでつくった演劇の要素が凝縮した「つなわたり」を発表しました。
28年度参加団体募集は終了していますが、年度はじめに翌年度事業の実施団体を公募しています。ぜひふるってご参加いただければと思います。
●平成28年度派遣アーティスト
・多田淳之介
・田上豊
・有門正太郎(演出家・俳優/有門正太郎プレゼンツ代表)
・福田修志(劇作家・演出家/F's Company代表)
・ごまのはえ(劇作家・演出家・俳優/ニットキャップシアター代表)
*アドバイザー:内藤裕敬、岩崎正裕