これまで北九州、長崎、高松などで市民劇を発表してきた多田淳之介が自ら芸術監督を務める富士見市民文化会館キラリ☆ふじみで2年かけて取り組んだ市民劇『ふじみものがたり』の発表が行われた。キラリ☆ふじみのある埼玉県富士見市は、都心から30km、池袋から電車で約30分という通勤圏に位置する東京のベッドタウンだ。武蔵野台地の自然や歴史と新興住宅地が混在するこの街を歩き、リサーチしたご当地ネタで参加者がグループ別に寸劇をつくり、多田が構成・演出。メインホール、マルチホール、オープンスペースの3カ所をツアーしながら上演したもので、当日はロビーなどでのイベントや出店もあるなど、“演劇縁日”のような設えだった。
3月28日、キラリ☆ふじみを訪ねると、ロビーの仮設ステージでは、同館のオープニング事業にも登場した郷土芸能の水子城之下組囃子連による囃子と寿獅子舞が賑々しくお出迎え。このステージには、開館5周年記念に公募市民で結成され、こんにゃく座の指導を受けている「キラリ☆かげき団」も登場。市民劇の合間に、人形を使った歌と芝居の達者なパフォーマンスを披露していた。
上:「キラリ☆かげき団」のパフォーマンス 中・下:『ふじみものがたり』公演の様子 |
メインの市民劇は、市内の新旧名所9カ所を巡るという仕立てで、小学4年生から72歳まで20人の市民が出演。メインホールの客席を舞台にした第1部「上沢薬師堂」では、お薬師さんにある百観音からアイデアを膨らませ、石仏に扮した市民が祈願に訪れる人々の悩みを頓知で解決するといった寸劇を披露。このほか、オープンスペースでの第2部「庚申塔」「栗谷津公園」、市民作家による絵画や彫刻などをインスタレーションしたマルチホールで現地の映像を流しながら上演した第3部「突撃!図書館」「びん沼公園」「体験!水子貝塚公園」「難波田城公園」「ふじみ野駅」「ららぽーとへ行こう!」を楽しんだ。
多田市民劇の真骨頂が第3部のオープニングシーンだった。ミラーボールとライブカメラ映像ソード)を語る─。
「僕が目指しているのは、“今を普通に生きている人々の姿が素晴らしく見える”という市民劇のあり方です。よく言うのですが、市民劇は演劇をやったことのない人に演劇を渡す手段になるし、普通の人だからこそ舞台上でできることがある。市民劇がプロの劣化版になっても仕方ないので、自分たちが考えたエピソードを自分たちでやってもらうことを大切にして、それを楽しんでいる美しい姿、行為を見せたいと思っています」と多田芸術監督。
2013年7月に初顔合わせをし、8月のまち歩き、自分史の作文、週1回ペースで集団創作による寸劇づくりと試演を重ね、14年3月に中間発表。同年9月から第2期として新たに参加者募集を行い、本番に向けて準備してきた。
オープニングで「昭和46年に家族3人で富士見の大字鶴馬に引っ越してきた」と語った最高齢出演者の小松チエ子さんは、61歳から公民館活動の劇団に参加した経験をもつ。2011年には同館の市民出演リーディング企画のオーディションも受けた。「何かやりたいと思って参加しましたが、台本があって、台詞を覚えてというつくり方ではないのでとても不安でした。でもだんだん楽しくなった(笑)。『富士見市と私』という作文では、昔はランドセル禁止だったことを思い出して書きました。黄色い肩掛け鞄で、写真をみんなにも見せたけど、長男に買って上げられなくて哀しかった」と愛おしそうに話していた。
そもそも同館は準備段階から運営検討委員会に公募市民が参画するなど、市民参加を柱のひとつに据え、また、初代芸術監督(当時の名称はプロデューサー)の平田オリザが東京近郊の立地を生かした創造拠点路線を敷き、多彩なアーティストを呼び込んできた。その結果、若い芸術監督が地域とともに学び、寸劇で演劇をやる楽しさを分かち合い、市民という名前に隠された人々の人生に耳を傾ける多田市民劇の方向性が生まれたのではないだろうか。アーティストの成長とともにこの市民劇がどう展開していくのか、見守りたいと思った。
(坪池栄子)
●富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ
芸術監督の多田淳之介、多彩なアソシエイト・アーティスト(田中泯、矢野誠、永井愛、白神ももこ、田上豊)を擁し、創造事業として新作創作・再演を行う「キラリふじみ・レパートリー」、アソシエイト・アーティスト演出で市民が出演する「キラリふじみ・リーディング」、市民参加による日本語オペラ「キラリ☆かげき団」、市民参加による「私の子供=舞踊団」、芸術監督と遊ぶ月1回の「こどもステーション☆キラリ」、さまざまなアーティストによる「キラリふじみ・ワークショップ」、全館を使った「サーカス・バザール」などを展開。
●市民劇『ふじみものがたり』
[会期]2015年3月28日、29日
[主催]公益財団法人キラリ財団
[会場]富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ マルチホールほか