滋賀県立芸術劇場・びわ湖ホールは、1998年の開館以来、オペラ事業に積極的に取り組んできた。世界水準のオペラを目指したプロデュース公演を行うとともに、専属の声楽アンサンブル(*)を活用し、オペラ初心者も楽しめる公演やアウトリーチ事業で地域へのオペラの浸透を図ってきた。そうした普及型事業の新展開として2012年度から3年計画で取り組んできたのが、「地域大連携オペラ創造プロジェクト」だ。県内の公立ホール3館、大学、地場産業と連携して参加型オペラをつくり上げ、巡回公演を行うもので、その最終ステージが1月12日にびわ湖ホール・中ホールで開催された。
演目は、運動会などでお馴染みのオッフェンバック作曲『天国と地獄』(あらすじ参照)。びわ湖ホール開館当初から普及事業を牽引してきた中村敬一さんの演出による日本語上演で、中村さんによるプロジェクトの概要説明から舞台は始まった。
声楽アンサンブルのメンバーはキャラクターの立った役柄を生き生きと歌い上げ、各館公演に参加した地域の合唱団が結集したびわ湖ホールの檜舞台で民衆を熱演。舞台中央の真っ白い凱旋門を型どったセットには、成安造形大学が作成したプロジェクションマッピングが次々と映し出され、場面を盛り上げた。笑いあり、滋賀洋舞協会によるカンカン踊りありの本格オペレッタに満席の観客は酔いしれていた。
山中隆びわ湖ホール館長は、「琵琶湖の南に立地する当ホールには、心理的な遠さもあって他地域からなかなか来ていただけません。もっと当ホールを身近に感じていただきたいと、湖北の長浜文化芸術会館、湖西の藤樹の里文化芸術会館、湖東の愛荘町立ハーティーセンター秦荘に声をかけました」と話す。
長浜文化芸術会館の高田清雄主幹は、「市民オペラの実現を目指し、3年前からオペラ講座などを続けていたのでいいタイミングだと思いました。合唱に参加した市民も、鑑賞した市民も、今日のステージを終えて、『最終目標は、長浜で市民オペラを!』とモティベーションがすごく高くなっています」と満面の笑みだ。
今回の地域大連携では、1・2年目は下地づくりとして声楽アンサンブルなどが県内各地域でのアウトリーチや子どものためのオペラ公演を行うとともに、成安造形大では初年度はチラシ・ポスターのデザイン製作、2年目には舞台美術やオペラについて学ぶ講座がスタートし、3年目の本格的な創作と参加館での本番公演に繋げてきた。また、舞台衣裳は高島市の綿織物“高島縮”を用いて製作する試みも行った。
声楽アンサンブルの岩川亮子さんは、「私たちにとってオペラ出演の機会が増えることはとても重要なことです。最終ステージでは総勢69名の大合唱団と一緒に歌えて、とても気持ちがよかったです」と本当に楽しそうだった。
びわ湖ホールと成安造形大は以前からチラシ製作などで連携してきたが、舞台美術は初めて。指導した泊博雅教授は、「15人の学生が4チームに分かれて4幕の映像をつくりました。アイデアが広がりすぎてまとめるのが大変でしたし、劇場空間が違うと調整が必要になるなど、初めて尽くしでしたが、いい経験になりました」と話す。
写真提供:びわ湖ホール |
今回のキーパーソンである中村さんは、「今の日本は芸術至上主義のようなところがあり、オペラは全曲やらなければいけないとか、原語上演すべきだ、とか言う。でもオペラを地域に普及するには、こうした試みも必要だと思っています。参加館公演は弦楽四重奏とアップライトピアノでの上演でしたが、それでも、生音のオペラを十分楽しんでもらえた。地域連携は失敗することも多いですが、今回は課題設定を明確にして、例えば、映像も背景までつくるとなると学生たちの負担が大きくなるので凱旋門だけにするなど、割り切りました。そうやって様子を見ながらハードルを上げたり、下げたりする技術が求められていると思います」と振り返る。
こうしたプロジェクトのあり方を提案し、実践できたことが、今回の最大の成果だろう。ぜひ地域のレパートリーとして育てていってもらいたい舞台だと思った。
(田中健夫)
●『天国と地獄』
[会場・会期]びわ湖ホール(大津市):2015年1月10日、12日/藤樹の里文化芸術会館(高島町):2014年12月14日/愛荘町立ハーティーセンター秦荘:12月20日/長浜文化芸術会館(長浜市):12月23日
[主催]公益財団法人びわ湖ホール
[指揮]大勝秀也
[演出]中村敬一
◎あらすじ
19世紀後半の万博に湧くパリの町。お互い浮気をしている不仲なオルフェオとユーリディス夫妻。ユーリディスは恋人(実は地獄の王プルート)のワナにかかって死んでしまい、地獄で幽閉される。自由を喜ぶオルフェオに、「世間」を名乗る口うるさいご婦人が登場し、妻を取り返しに行くよう命じたことから、女好きのジュピターも巻き込んだ大騒ぎに……。
*びわ湖ホール声楽アンサンブル
1998年3月にびわ湖ホールがホール独自の創造活動の核として設立したプロ声楽家集団。30歳以下の声楽家を対象に全国から公募し、オーディションを経て非常勤嘱託職員として雇用する。在籍期間は最長5年間。現在、16名が在籍し、びわ湖ホール自主公演への出演や学校巡回公演、県下の公共ホールとの地域協働公演などを中心に活動している。