平成26年度アートミュージアムラボ報告
2015年1月28日~30日
公立美術館等の職員のための研修「アートミュージアムラボ」が、1月28日から30日まで開催されました。この研修の特徴は、先進的な地域交流事業を行っている公立美術館等の事業を題材にプログラムが組まれていることです。今回は、2010年からあいちトリエンナーレに取り組んでいる愛知県国際芸術祭推進室との共催により、「芸術祭と公立美術館の曖昧な関係」をテーマに研修が行われました。ご協力をいただきました関係者の皆様には心より感謝を申し上げます。
●あいちトリエンナーレに学ぶ
コーディネーターを務めたのは、元・愛知県美術館学芸員で2008年から国際芸術祭推進室に異動し、あいちトリエンナーレの立ち上げから関わってきた拝戸雅彦さんです。
初日のゼミは、ヴェネツィア・ビエンナーレ(1895年~)とドクメンタ(1955年~)を中心に歴史を学ぶ講義からスタートしました。1851年のロンドン万国博覧会をルーツにしてパビリオンを建設した国別参加で始まったヴェネツィア・ビエンナーレは、音楽、映画、演劇、舞踊とジャンルを拡大し、2001年には国際企画展部門を立ち上げました。一方、ナチス時代に退廃芸術として迫害された前衛芸術の祭典として1955年にスタートしたドクメンタは、ディレクターによる作家選定制度を特徴とし、起用されるディレクターや打ち出すテーマによって現代美術のシーンをリード。講師の藤川哲山口大学教授は、「万博をルーツにした芸術祭には、都市間競争としての一面がある」と指摘されていました。
その後、拝戸さんが、2005年の「愛・地球博」をきっかけに構想された国際芸術祭の経緯や変遷を紹介。あいちトリエンナーレでは、愛知県美術館、名古屋市美術館をメイン会場に、「長者町繊維街」などまちなか会場での展開も行われています。また、11年からはトリエンナーレの収益金を積み立てた基金による、名古屋市以外での地域展開事業(あいちアートプログラム)もスタートしました。
長者町でのプロジェクトに建築家という立場から関わった武藤隆さんは、市民団体「長者町まちなかアート発展計画」や夏祭りイベント「長者町大縁会」など、あいちトリエンナーレを機に生まれた新たな活動について紹介。一方、都市部では会場の確保が困難であり、また、まちとアートの繋ぎ手として経験を積んだ人材を継続雇用できないことなど、体制の問題点も指摘されていました。
初日最後に登壇したのが、横浜美術館主席学芸員の天野太郎さんです。2001年にスタートしたヨコハマトリエンナーレは、美術館以外の特設会場で開催されていましたが、主催団体の構成が変わって予算が縮小したのを契機に、4回目のヨコハマトリエンナーレ2011から横浜美術館が主会場として大きく関わるようになりました。
天野さんは、「シンガポール、上海、台北でも国際展が開催され、それを観光資源にしてまちをどれだけ魅力的にできるか、美術館を巻き込んだ観光客の取り合い合戦が始まっている。こうした仕事は学芸員の仕事からはみ出すことだし、体制的にも課題が山積しているが、一方で国際展を美術館が生き残るための収入源とせざるを得ない現実がある。美術館にとって国際展とは何かを問い直す時期がきている」と問題提起されていました。
●充実した現地視察とフリーディスカッション
2日目には地域展開事業の現地視察に加え、講師陣を交えた2時間のフリーディスカッションが行われました。
地域展開事業は、国際展を開催している成果を県内各地に広く伝え、文化芸術活動の盛り上がりを継続させ、次代を担う若手芸術家を育てることを目的としています。具体的には、名古屋市以外の自治体と協働し、あいちトリエンナーレ出品作家を含めた無料展覧会、まちなか展示、ワークショップなどを実施します。
名古屋市からバスで約1時間。まず訪問したのは、市民ギャラリーを拡充し、リニューアル開館記念に、地域展開事業として初めての現代美術展「豊穣なるもの 現代美術in 豊川」を開催していた豊川市桜ヶ丘ミュージアムです。担当学芸員の森田靖久さんは、「現代美術展をやったことがなく、提案しても実現しない状態が10年ぐらい続いていた。しかし、あいちトリエンナーレを通じて現代美術に対する意識も変わり、関わりたいという意欲が出てきた。普段来場しない親子連れが増え、高齢者の拒否反応もなく、私たちが思っている以上に市民が現代美術に興味をもっているのではないかという発見があった」と話していました。
また、2012年に地域展開事業を実施し、13年にはトリエンナーレの並行企画として現代美術の展覧会を実施した岡崎市美術博物館では、担当学芸員の千葉真智子さんから県・市・美術館・委託先の民間企業という複雑な連携体制についての課題や、担当者だけにノウハウが蓄積されていく現状についての報告がありました。
初日の事例紹介、2日目の現地視察を踏まえて行われたフリーディスカッションでは、最終日の講師でもある名古屋市美術館の山田諭学芸係長も交えて白熱した議論が行われました。山田さんは翌日の講義でも「博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形・無形の人類の遺産とその環境を、研究、教育、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示をおこなう公衆に開かれた非営利の常設機関である」(ICOM国際博物館会議規約第3条第1項)という国際的にスタンダードになっている理念を引いて、「私はこの規約を満たした本物の美術館にしたいと思って仕事をしてきた。特別展が優先されている美術館が多いが、本来はいつも見たいと思っている作品がそこにあるという常設展示が重要。美術館は、国際展のためにあるわけではないので、特別展の1本としてトリエンナーレの会場にはなっているが、常設展示室は一切貸し出していない」と警鐘を鳴らしていました。
それに対して天野さんは、「山田さんの話はそのとおりだが、その美術館のミッションを担保するのが難しいのが現状だ。コレクションが重要なはずなのに、収集予算はゼロ、展示壁も汚いまま。自治体が国際展をやろうとしているのなら、それを千載一遇のチャンスととらえて、積極的な提案をしていくべきだ」と力説されていました。
体制が整わないまま国際展に巻き込まれている美術館の混乱や、大先輩たちの厳しい現状認識にふれ、身が引き締まった3日間となりました。
●研修プログラム
◎第1日(1月28日/愛知芸術文化センター)
・ゼミ1「芸術祭の歴史」
藤川哲(山口大学人文学部教授)
・ゼミ2「あいちトリエンナーレの始まり」
拝戸雅彦(愛知県国際芸術祭推進室主任主査)
・ゼミ3「長者町とあいちトリエンナーレ」
武藤隆(あいちトリエンナーレ アーキテクト)
・ゼミ4「ヨコハマトリエンナーレの始まり」
天野太郎(横浜美術館主席学芸員)
◎第2日(1月29日/豊川市桜ヶ丘ミュージアム、岡崎市美術博物館)
・ゼミ5「あいちトリエンナーレ地域展開事業について」
拝戸雅彦
・ゼミ6「地域展開事業の効果」
森田靖久(豊川市桜ヶ丘ミュージアム学芸員)
・ゼミ7「あいちトリエンナーレ2013の効果」
千葉真智子(岡崎市美術博物館学芸員)
・フリーディスカッション
モデレーター:拝戸雅彦
パネリスト:森田靖久、千葉真智子、藤川哲
・あいちトリエンナーレ 2013会場見学
(松本町、岡崎シビコなど)
◎第3日(1月30日/愛知芸術文化センター)
・ゼミ8「美術館の活動と芸術祭は共存できるのか(名古屋市美術館のケース)」
山田諭(名古屋市美術館学芸係長)
・ゼミ9「美術館の活動と芸術祭は共存できるのか(横浜美術館のケース)」
天野太郎
・まとめ/フリーディスカッション
モデレーター:拝戸雅彦
パネリスト:藤川哲、山田諭、天野太郎