吉本光宏(ニッセイ基礎研究所 研究理事)
●「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究─文化的コモンズの形成に向けて─」
◎調査研究委員会
・内田洋一(日本経済新聞社 編集委員)
・大谷燠(NPO法人DANCE BOX 代表)
・草加叔也(有限会社空間創造研究所 代表)
・坂田裕一(盛岡市中央公民館 館長)
・中村透(作曲家、琉球大学名誉教授)
・吉見俊哉(東京大学大学院情報学環学際情報学府 教授)
・吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)
・若林朋子(公益社団法人企業メセナ協議会 シニア・プログラム・オフィサー)
*順不同、敬称略(肩書きは就任当時のもの)
*委員にはそれぞれの立場から、災後における公立文化施設のあるべき姿について、今回の調査結果を踏まえた論考を執筆いただき、メッセージとして報告書に掲載した。
◎地域調査の対象地域
岩手県陸前高田市
福島県南相馬市
宮城県石巻市
神戸市長田区
沖縄県南城市
※被災した3県以外は、阪神淡路大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区を拠点に活動するNPO法人DANCE BOX、東北同様、芸能が地域に深く根付く沖縄県南城市文化センターがそれぞれ立地する地域を対象とした。
●本報告書は当ウェブサイトからも閲覧・ダウンロードが可能です。
https://www.jafra.or.jp/library/report/24-25/index.html
文化・芸術活動は、地域の活力創出に不可欠な要素であるという観点から、地域創造では幅広い調査研究を行ってきた。その一環として、平成24・25年度は地域の公立文化施設の役割を再考するため、「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究」を実施した。
1年半にわたる調査研究では、専門家8名から成る調査研究委員会を設置し、調査の実施方法や内容、調査結果の分析や取りまとめについて検討を行い、「文化的コモンズの形成に向けて」と題した報告書を作成した。ここでは2回に分けてその概要を紹介し、提言や調査結果のポイントについて考察を行いたい。
調査研究の背景と調査の内容
平成23年3月に発生した東日本大震災は、東北地方を中心に多くの公立文化施設に多大な被害をもたらした。一方で、避難所への転用をはじめ、従来の公立文化施設の枠を超えた役割や機能を担ったところも少なくない。こうした経験は、災害時だけの特別のものではなく、公立文化施設の日頃のあるべき姿にも大きな示唆を与えている。
また、平成元年頃から各地で急速に整備された公立文化施設の多くは、開館からすでに20年前後が経過しており、今一度、その役割を中長期的な視点から見つめ直すべき時期に差し掛かっている。そこで本調査研究では、東日本大震災を時代の大きな転換点ととらえ、被災地域に限らず全国の公立文化施設を対象に、今後のあるべき姿の検討、考察を行った。
調査研究に着手した平成24年11月には、すでに東日本大震災による公立文化施設の被害の実態調査、文化・芸術による復興推進の取り組みや地域再生に向けた提言などの各種報告書が発行されていた。まず、それらの内容を整理・分析した上で、被災地3県を含め5箇所の地域調査を実施した。
そこでは、災後の公立文化施設の役割を幅広くとらえるため、劇場やホール、図書館、博物館・資料館などの文化施設のみならず、行政組織、文化団体、アートNPO、地域の芸能や祭りの関係者、地元商店街、市民団体など、幅広い対象にインタビュー調査を実施した。
具体的には、文化・芸術活動と地域や市民との関係に焦点を当て、震災復興や地域の活力維持に文化・芸術がどのような役割を果たし得るか、それを推進するためには人材や場所、機会、資金など何が必要か、などについて立場の異なる方々から率直な意見を伺った。その数は、5地域全体で70~80人に上る。被災地では、震災の前後で文化・芸術活動と地域や市民との関係がどのように変化したか、震災で何が失われたかについても調査を実施した。
併せて、災後という大きな転換点を踏まえた時代の流れを俯瞰的にとらえるため、戦後以降70年間の社会経済環境の変化、文化行政や公立文化施設の変遷について10年単位で主要な項目をピックアップし、本調査研究の背景として整理した。
6つの論点から導き出された文化的コモンズという考え方
これらの調査結果は次の6つの論点に集約された。
①地域を支える人材を育む文化は、持続可能な地域社会に不可欠な存在である
②文化施設の根本的な存在意義は「文化的な繋がりを求めて人々が集まれる場所」である
③文化拠点(*1)には「記憶」を保存、共有し、「共感」を創造、発信する装置であることが求められている
④地域の文化資源の保存や開拓、住民相互の交流を仲介するコーディネーターが必要である
⑤地域の文化拠点には地域内外の文化的営みを繋ぐプラットフォーム機能が求められている
⑥地域の文化施設は、文化拠点としてのビジョンを構築・更新しながら、社会の変化に適応していかなければならない
2番目の論点は、被災地における地域調査の中で、文化施設がなくなった地域では、とにかく集まれる場所が欲しい、という多くの方々の切実な声に基づいている。
この6つの論点と、5箇所の地域調査の結果について調査研究委員会で意見交換をする中から導き出されたのが、「公立の文化拠点は文化的コモンズの形成を」、「文化的コモンズを震災復興の柱に」という2つの提言である。前者は、全国の公立文化施設を、後者は被災地の復興をそれぞれ対象にしている。
文化の共有地と公立文化施設
提言では、地域の共同体の誰もが自由に参加できる入会地のような文化的営みの総体を「文化的コモンズ」と表している。
イメージ図に示したように、文化的コモンズを形成する主体は、公立文化施設だけではなく、さまざまな施設、場所、組織、活動が挙げられる。これまで公立文化施設とは関係が希薄だった地域の伝統芸能や祭りもその代表例だ。東日本大震災では、家や田畑を失い共同体の存続すら危ぶまれた地域でも、地元の祭りや芸能の継承に向けた熱心な取り組みが数多く報告されている。
今回の調査でも雄勝法印神楽保存会(岩手県石巻市)の方に話を伺った。大震災で衣装や楽器、道具、舞台の9割以上を失ったが、2カ月後に復興支援金を呼びかけ、多くの関係者の支援で神楽を復興でき、転出者さえ帰省して神楽を見るようになったという(*2)。雄勝法印神楽は地域の強靱な文化的コモンズに支えられ、同時に文化的コモンズの重要な一員となっている。
文化的コモンズを形成するのは文化関係の団体だけではない。学校や福祉施設、NPOやまちづくり団体、商店街や自治会など、図に示したような多様な主体が相互に関わりあうことで、地域固有の文化的コモンズが形成されていく。その文化的コモンズの有無や層の厚さが、地域の文化的豊かさやそこから生まれる地域の活力に大きな影響を与えていく。
これからの公立文化施設には、自館の事業や運営はもちろんのこと、多様な団体や機関、施設と協働で、文化的コモンズの形成に資する活動を展開していくことが求められている、というのが提言の趣旨である。すでに多くの館が取り組んでいる学校や福祉施設へのアウトリーチは、文化的コモンズ形成に向けた重要な活動だと言える。
*1 本提言では、ハードとしての「文化施設」と区別するため、論点に示されたような役割や機能を担う組織や活動などを含めて「文化拠点」という用語を用いている。
*2 詳細は雑誌「地域創造」第30号「イラストSCOPE」参照。
文化的コモンズのイメージ図
文化的コモンズ
英語のコモン(common)という言葉には、「共通の、公の、公共の」といった形容詞としての意味があり、複数形のコモンズ(commons)は、「共有地、公共緑地(広場・公園など)」といった意味の名詞でもある。日本では、地域の共同体が、薪炭・用材・肥料用の落葉を採取するために総有する山林や原野などの土地を「入会地」と呼び、これが英語のcommonsに相当する。
最近では、著作物の再利用を促すために著作者が自ら再利用の許可を手軽に意思表示できるようにする運動やプロジェクトが「クリエイティブ・コモンズ」と名付けられ、世界的な広がりを見せている。クリエイティブ・コモンズは、その運営主体の国際非営利団体の名称であもある。
●調査研究に関する問い合わせ
芸術環境部 都留・角南
Tel. 03-5573-4068