地域創造では、財団設立当初から地域の情報を収集・発信する「地域創造レター」、雑誌「地域創造」を発行するとともに、地域の公立文化施設の実態などを把握する調査を行い、全国的な視点から分析・研究を行う調査研究事業を実施してきました。調査研究については、公立文化施設の運営者や文化政策の担当者にとって関心の高い事柄をいち早くテーマとして取り上げ、有識者や実務家とともに実践的な研究に取り組んできました。その成果は報告書やマニュアル、シンポジウム、雑誌記事などを通じて現場と共有し、またオピニオンリーダーとしての政策提言にも力を入れてきました。今回は、公立文化施設の運営や地域の文化政策に少なからず影響を与えてきた調査研究事業について振り返ります。
●調査研究のねらいとテーマ
地域創造の調査研究ではアンケート調査や事例調査に加え、当該分野の専門家から成る委員会を設置して、調査の内容や方法、報告書のとりまとめに関する意見交換を実施してきました。アンケート調査は全体的な概況を客観的なデータで把握することが可能ですが、実態をよりビビッドに調査するため、現場に赴いて担当者へのインタビューや事業の視察を重視しているのが特徴です。最近では、市民や文化団体、利用者など、幅広い関係者を対象にグループインタビュー形式で調査を行うことが増えています。それは、運営サイドの視点だけではなく、地域や住民の目線を重視しようという姿勢を反映したものです。
調査研究のテーマは、この20年間の公立文化施設を取り巻く環境変化、地方公共団体の文化政策の現状や課題に合わせて設定されてきました。90年代には、ボランティアやネットワーク活動、市民参加など、全国各地で導入が進んだ運営方法や事業内容を取り上げ、99年度には公立ホールの計画から開館までの検討・準備の流れや留意事項を整理し、新設ホールの参考としてもらいました。
2000年度の教育普及に関する調査研究では、2年間のアンケート調査、事例調査、専門家研究会による検討の結果が「アウトリーチ活動のすすめ」という提言にまとめられました。
以降、調査研究は2.3年単位で実施するケースが増え、実務的なテーマから地域の公立文化施設や文化行政のあるべき姿についての政策提言に重点を移してきました。例えば01・02年度の調査研究では、「時代・環境を認識せよ」「すべては『ミッション』からはじまる」「活力ある財団運営は内部改革から」など、6項目から成る提言がなされました。
04年度には同年に導入された指定管理者制度について政策評価の視点から留意事項を整理。この調査研究は3年にわたって継続され、集大成として「公立ホール・公立劇場の評価指針」が作成されました。その結果を踏まえた上で、07年度には新制度下での財団のあり方についてまとめられ、最近注目される「地域版アーツカウンシル」の可能性も提示されました。
同時に、この評価指針を現場で活用してもらうため、07年度から3カ年にわたって専門家を地域に派遣する「アドバイザー派遣事業」にも取り組みました。10年度の調査研究では、評価指針のさらなる活用を呼びかけるなど、指定管理者制度や評価は調査研究の大きなテーマとなっていきました。
最近では、公立文化施設の地域における役割をより広く捉えるようになっています。09年度には教育、福祉分野に焦点を当て、英仏独米の4カ国の先進事例を含めた詳細な調査を実施。10・11年度には、安心・安全や観光・商工、地域・コミュニティなどを含め、公立文化施設の将来を見据えた提言を作成しました。
東日本大震災の発生を受け、11年度にはいち早く被災県における実態調査を実施し、翌12・13年度には、災後という大きな時代の転換点を見据えながら、公立文化施設の役割をより大きな視点から再考しました。
また地域創造の創立当初から定期的に全国の公立文化施設を対象にした実態調査(悉皆調査)を実施、運営や事業に関する基礎的なデータを把握し、財団事業やテーマ型調査研究のベースとして活用してきたことは特筆に値します。今年度からは今最も関心を集めている「人材育成」をテーマに取り上げる予定です。
●地域創造の調査研究報告書は、以下よりデータ版の閲覧・ダウンロードが可能です(一部調査を除く)。
https://www.jafra.or.jp/library/report/
●地域創造 調査研究実績
●専門家として調査研究に関わってきた吉本光宏さんコメント
私が公立文化施設の調査に本格的に携わったのは1986年、世田谷パブリックシアターの基本構想でした。その後ニッセイ基礎研究所に移り、96年から地域創造の調査研究に関わるようになりました。当初の地域創造の関心は、全国に整備された公立文化施設を活性化するにはどのように運営すべきか、ということでした。
その頃、調査研究で取り上げられたボランティアや市民参加、ネットワークなどは、各地の文化施設が知恵や工夫を凝らして取り組んでいた運営方法や事業に焦点を当てたものでした。調査先の文化施設では、ユニークな工夫に驚き、担当者の熱い思いに共感を覚えました。限られた予算や人員の中で悪戦苦闘する全国の公立文化施設の仲間たち。彼らにもその経験やノウハウを共有してもらい、地域のためにより良い運営を目指してほしい。報告書にはそんな願いが込められていました。
2000年代に入って最初の調査研究は教育普及でした。調査結果のエッセンスは「アウトリーチのすすめ」という提言にまとめられ、98年度にスタートしていた「公共ホール音楽活性化事業」とともに、その後のアウトリーチの広がりに大きな役割を担ったのではないかと思います。
04年の指定管理者制度の導入を機に、3年の歳月をかけて取り組んだのが「公立ホール・公立劇場の評価指針」でした。入場者数などのアウトプットに偏った評価の弊害をなくし、文化ならではの質的なアウトカムを重視すること、評価に取り組むことで文化施設の運営や事業の改善につなげること。それが大きな狙いでしたが、この評価フレームは今でも有効なはずです。
その後の調査研究は、文化・芸術による地域政策や地域活性化など、公立文化施設の役割をより大きく捉えるものとなり、昨年度の調査研究では、地域の文化団体やNPO、関係機関と共同で地域の「文化的コモンズ」を形成すべきという提言がまとめられました。
公立文化施設を取り巻く環境条件は厳しさを増す一方です。しかし人口減少や高齢化が進む日本において、成熟した地域社会を形成するため、文化施設はますますなくてはならない存在となるはずです。長年、地域創造の調査研究に携わって、私はそう確信しています。
株式会社ニッセイ基礎研究所研究理事