一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.37 再考が求められるリスクマネジメント② 運営主体が留意すべき発災時の備え

制作基礎知識シリーズVol.37
再考が求められるリスクマネジメント②
運営主体が留意すべき発災時の備え

講師 草加叔也
(劇場コンサルタント/空間創造研究所 代表)

 

 今号では「災害発生時」の対応について考えていきます。前号で取り上げた「事前防災」は施設設置者を主体にしたものでしたが、災害発生以降は、主に施設運営者がその責務を担うことになります。災害発生の予測は時代とともに進化し、一部の災害については「警戒予報」を行うことも可能になってきました。このような情報を十分に踏まえた上で、これからの防災に対する対応と発生時の対策を検討していく必要があります。

 

①災害発生時の告知と緊急体制

 災害は、地震のように同時にすべての人々が発生を認知できるものと、局所的な火災のように発生以降に周知が必要なものに分けられます。どちらにしても発生が確認された後に、施設利用者や関係者の人命を守るという観点から、可及的速やかにその災害の発生と避難の必要性の有無を告知していくことが基本です。
  ここで基本と書いたのは、劇場や音楽堂のように不特定多数の観客を収容する施設では、安易な告知が個人の恐怖心を煽り、連鎖して集団的なパニック状態を引き起こす二次的被害が懸念されるからです。そのため災害発生が確認された時点で、施設運営者は速やかに「災害応急対策の実施体制」に移行します。
  多くの劇場や音楽堂の「危機管理計画」では、災害発生時に館長を長とする緊急体制が計画されています。しかし、施設の特性からも災害時に館長が在籍している可能性は必ずしも高くありません。まして、開館時間の長い施設では、交代制での勤務が一般的であることから、このことを踏まえた責任体制を構築する必要があります。どのような勤務体制であろうとも、例えば業務開始(引き継ぎ)前の朝礼などを活用するなど、その時点での責任者が誰であるかということを在勤者が常に周知できる方法が求められます。
  こうした責任体制があっても、東日本大震災のように最大震度7になると、地震による強い揺れにより立って歩くこともできず、災害発生直後に避難放送さえできませんでした。気象庁震度階級関連解説表では、震度6弱で「立っていることが困難」とされています。そうなると職員相互の連絡も困難ですし、責任者を頂点とする指揮命令系統を基盤とした危機管理体制だけでは、大規模地震への対応は十分ではありません。このことから、震災を経験した劇場の中には、全職員が当日の職員シフトと施設利用状況が一覧できる表を常に確認できるよう事務室に掲示し、災害発生時には職員がいる場所で行える初期防災対応をマニュアル化する改善を行っているところもあります。

 

②避難誘導

 課題が多いのが客席からの避難です。多くの劇場、音楽堂では、東日本大震災以降、公演前に「当該建物が耐震性能を備えていることから、客席で避難指示を待つこと」をアナウンスしています。しかし、前回で紹介したように今年の4月から「特定天井及び特定天井の構造耐力上安全な構造方法を定める件」が施行されると、ほぼすべての劇場や音楽堂が「特定天井」として「既存不適格建築(≠違法建築)」になると想定され、「耐震性能」を告知することが難しくなります。しかし、集団心理による客席パニックを避けるため、避難誘導に従うことは周知しなければなりません。もうひとつ、気象庁が発信する「緊急地震速報」も携帯電話を介して個人に直接伝達されるため、事と次第によってはパニックの原因になる可能性があるため注意が必要です。
  また、津波による被害想定がある地域では、1階ロビーではなく、海抜の高い上の階への避難誘導が必要になるなど、災害に応じた避難経路の選択と誘導を行う必要があります。

 

③避難所の確保と一時避難の対策

 津波の教訓から、施設外への避難誘導が想定される場合は、地域のハザードマップを活用し、距離、道程、季節や天候も考慮して避難経路や避難所の選択を行う必要があります。
  また、大空間の劇場や音楽堂は非常用電源も備えていることから、地域の避難所に指定されることが少なくありません。しかし、舞台上に吊り込まれている舞台設備が落下する懸念があることに加えて、客席などの「特定天井」部分は避難所として適切とは言えません。ただし、楽屋や練習室、リハーサル室などは、建物の耐震診断で問題がなければ、一時的な避難所として有効に利用することができます。
  劇場や音楽堂を一時避難施設として利活用するには、事前の準備が不可避です。飲料水、食料、毛布などの非常用備品や備蓄庫の確保が必要になります。また、受水槽の飲料利用や自家発電装置からの給電コンセントの確保など、既存設備の非常時利活用の方法について準備することも考慮すべきです。東京都では既に東京都帰宅困難者対策条例を定めており、「一時滞在施設」「災害時帰宅支援ステーション」「避難所」に分けて対策支援が示されています。指定管理者の場合は、こうした非常時の対応について設置者との協議を進める必要があります。

 

④施設管理運営者が担う役割

 災害時のリスクを回避するために、災害の告知に始まり、初期災害回避活動、避難誘導、そして避難所の運用まで一連の活動を担っていくのが施設運営者の役割となります。その指針を定めるのが「危機管理計画」です。現在では多くの施設が計画の策定を行っていますが、公立劇場や音楽堂を対象とした調査でも、危機管理マニュアルの策定や見直しが災害時を見通した課題の上位に挙げられています。
  同種の調査でさらに上位の課題として挙げられているのが、災害時の「公演中止の判断」です。気象庁の調べでは、2013年の1年間で震度1以上を観測したのが2,387回、震度3以上の揺れを観測したのが252回です。公演中の火災発生や大道具の転倒、客席の停電など公演継続が難しいことが視覚的に理解できる場合には、公演の中断や中止は比較的理解が得られやすいのですが、震度が弱く目立つ物理的被害を伴わない場合に公演を中断あるいは中止する判断は極めて困難です。
  特に貸館利用での公演の中断・中止は、主催者の判断に委ねられる場合が少なくありません。しかし、貸館時にも施設側の判断で公演を中断・中止する場合があることを事前告知して貸館利用の許諾を出す劇場や音楽堂も増えてきています。地震については、舞台袖に震度計を設置して定められた震度以上を測定した場合には即時に公演を中止する劇場もありますが、デジタルな基準を定めているところは少数に留まっています。いずれにしても不特定多数を集客する施設では、派生する二次的被害を未然に防止する上でも、施設管理運営主体として「公演中止(中断)」を常に判断できる体制を確保する必要があるでしょう。
  また、施設運営主体として、避難を含めた訓練の重要性について再認識する必要があります。危機管理マニュアルは、災害発生時に対策を仰ぐための確認書ではありません。災害や危機が発生する前に、そのすべてを習得するための教材です。災害が発生した時点では、事前に習得した情報と判断基準に従い、行動に移せなければなりません。大規模な地震発生時では、初期対応が人命を含めた結果を左右することがあるという認識に立ち、常日頃から危機管理計画を実践に移すための訓練を行う必要があります。昨今では「避難訓練コンサート」のように本番を想定して実際に観客に来てもらった状態での避難訓練、地図を用いて防災対策を検討する災害図上訓練DIG(Disaster Imagination Game)、消火器発見スタンプラリーのように工夫を凝らした訓練も行われています。

 

⑤事業継続性の確保など

 災害の継続が抑制され、罹災者が落ち着きを取り戻すようになると事業継続性の確保(BCP、BCM*)、罹災被害と情報の開示、被害の回復、そして危機管理計画の見直しを随時行うことになります。東日本大震災では、施設そのものが倒壊や浸水により使用不能になったものが多数あります。これらの施設では、建物だけでなく運営母体(指定管理者)そのものの事業継続性が危ぶまれたところもあります。私たちは、大きな災害が文化の継続性そのものを根底から揺るがしかねないことを自覚し、文化の社会における必要性を伝えていくことが劇場、音楽堂の経営の根底にあることに留意すべきです。

 

*BCP
(事業継続計画:Business continuity planning)
*BCM
(事業継続マネジメント:Business continuity management)

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