一般社団法人 地域創造

北九州市 北九州芸術劇場+市民共同創作劇『Re:北九州の記憶』

北九州芸術劇場+市民共同創作劇
『Re:北九州の記憶』

 

 開館以来、鑑賞事業、創造事業、アウトリーチ、市民参加事業、演劇人育成など総合的な演劇事業を展開してきた北九州芸術劇場が2013年で開館10周年を迎えた。その蓄積を踏まえ、昨年から取り組んできた市民共同創作劇『Re:北九州の記憶』の演劇公演が12月21日~23日に行われた。これは、地元の若手劇作家が、北九州市に住む高齢者にインタビューして戯曲化するシリーズ企画。本企画のプロデューサーでもある津村卓館長は、「“人の記憶”を“街の記憶”として書き起こすことで作家の育成を図り、同時に劇場が根ざす街と人を創作のリソースにしたいと考えました」と話す。
  戯曲指導と構成・演出を担当したのは、開館当初から育成事業に関わってきた南河内万歳一座主宰の内藤裕敬さん。昨年度は5人の劇作家が13人の高齢者に取材し、5つの街の話として地元の俳優らとリーディングを実施。今回は、1人入れ替わった劇作家5人が新たな高齢者10人を取材して書き上げた6編を構成し、舞台化した。

 公演初日、小劇場の客席は常より高齢者の姿が目立ちほぼ満席。舞台上には衣類やシーツ、布団など、街と生活を象徴する洗濯物が幾重にも張り巡らされていた。それらをかき分けるように登場人物が次々に出現し、6つの物語が展開。出征前に最後のキャッチボールをする八幡製鉄所の野球部員たち、終戦後に旧日本陸軍倉庫から盗んだカンパンを巡り右往左往する娘姉妹と母、友達を探して迷い込んだ少年が出会った若松港で船上生活をする老人など、個人の中に眠っていたエピソードが作家の創作で甦り、思わぬ登場人物たちがクローズアップされていた。
  創作団体「二番目の庭」を主宰している藤本瑞樹さんは、小倉北区で長く消防団員を務めた神谷義幸さん(72歳)を取材。同区の小文字山で8月に行われている小文字焼きの準備に奔走する消防団員のエピソードを戯曲化した。「書くのをためらうような内容もあり、何を選びどう膨らませるかを作家として問われていると感じました。僕は11歳まで鹿児島で暮らしていたので、北九州をなかなか好きになれなかった。でもこの企画を通じ、北九州を愛し暮らす先輩に出会って、この街を見直しました」。実際に公演を見た神谷さんは、当時のエピソードを交えながら「よくできた舞台でした。こういう話はまだまだあるので、これからも地元の文化を掘り下げて、絶やさないようにしてほしいですね」と嬉しそうだった。
  船上生活をする老人役で出演もした八幡西区の小田晏雄(はるお)さん(78歳)は、北九州市立大学演劇研究会を設立した地元演劇人の大先輩。ボランティア「劇場文化サポーター」であり、市民参加劇にも多数出演、劇中でも格別の存在感を発揮していた。「地元に日本屈指の劇場が出来て、根づいていることを誇らしく思います。大病したこともあり、最初は出演をお断りしたのですが、主治医まで『やれやれ!』と言うもので(笑)。劇場とは生涯縁が切れそうにありません」と、劇場にも熱いエールを送ってくれた。

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『Re:北九州の記憶』(2013年12月)
撮影:藤本彦 写真提供:北九州芸術劇場

 指導にあたった内藤さんは、「演劇の手法で地元の特産品をつくるような企画。劇場が10年かけて育てた人材とノウハウを投じて行った、昨年のリーディングの手応えで、本編上演に進もうということになりました。要素が複合している難しい企画ですが、個人的には劇作家の創作上のハードルを上げて、作品の成果に結びつけていきたいと思っています。市民の方に欠かさず観たいと思ってもらえる、興行としても成立する地元密着プログラムになれば」と言う。
  津村館長は、「ここで生まれた戯曲は、希望者が自由に上演できるようにし、聞き取りした記録に関しては、各区の図書館や資料館などと調整して保存する方法を探っていきたい。実は、最も大きな成果だと思っているのは、インタビューに答え、創作に参加するほどに高齢者の方々が生き生きされるのを目の当たりにできたこと。『文化は積極的な福祉だ』という持論が支持されたようで嬉しかった。未知の要素も多い企画なので、試行錯誤しながら10年は続けます」と宣言。公立劇場のレパートリーとしてどのように定着していくか、見守っていきたい。

(大堀久美子)

 

●北九州芸術劇場+市民共同創作劇
『Re:北九州の記憶』
[主催](公財)北九州市芸術文化振興財団
[共催]北九州市
[会期]2013年12月21日~23日
[会場]北九州芸術劇場 小劇場
[作]穴迫信一(ブルーエゴナク)、鵜飼秋子(さかな公団)、塩津順子(のこされ劇場≡)、寺田剛史(block)、藤本瑞樹(二番目の庭)
[構成・演出]内藤裕敬(南河内万歳一座)
[出演]穴迫信一、阿比留丈智、鵜飼秋子、内山ナオミ、小田晏雄、加賀田浩二、高野由紀子、寺田剛史、橋本隆佑、松尾樹明、宮村耳々、門司智美、リン、藤田辰也
[インタビュー協力]門司区:内山昌子、小倉北区:石川博司・神谷義幸、小倉南区:有馬多賀子・古川峯子、戸畑区:松尾樹明、八幡東区:小川巌、八幡西区:小田晏雄・岡山リヱ、若松区:田中靖朗

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