一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.37 再考が求められるリスクマネジメント① 設置主体が留意すべき事前防災

制作基礎知識シリーズVol.37
再考が求められるリスクマネジメント①
設置主体が留意すべき事前防災

講師 草加叔也
(劇場コンサルタント/空間創造研究所 代表)

 

 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、地震による直接損壊に加え、二次的に発生した津波や福島原発事故などにより被害が拡大しました。劇場や音楽堂も大きな被害を受け、その役割や使命が問い直されるとともに、災害時の安全や安心の確保についても再考が求められています。
  折しも、2013年12月19日に内閣府が組織する中央防災会議・首都直下型地震対策検討ワーキンググループから「首都直下地震の被害想定と対策について」の最終報告書が公表されました(http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/)。この報告書では、3年前の経験に基づき、より踏み込んだ被害想定とそれを回避するための取組が示されています。具体的な対策の方向性については、第4章「対策の方向性と各人の取組」を参照してください。この中から劇場や音楽堂でも考慮すべき点を抜き出したのが次の項目です。

 

1. 事前防災
①建物、施設の耐震化等の推進
②火災対策:感震ブレーカー等の設置促進、延焼防止対策
2. 発災時の対応への備え
①発災直後の対応(概ね10時間)
・ 災害緊急対策の布告
・ 被災状況についての情報発信
・ 災害応急対策実施体制の構築
・ 事業継続性の確保(BCP・BCMの策定)
②発災からの初期対応(概ね100時間)
・ 救命救助活動:自営防災組織
・ 災害時医療:軽傷・中等傷患者の初期対応
・ 火災対策:初期消火と行動指針
・ 治安対策
③初期対応以降
・ 被災者への対応:避難所としての運営対策
・ 避難所不足等の対策:広域避難の枠組み構築および避難者への情報発信

 

 今回の「再考が求められるリスクマネジメント」では、これを踏まえ、設置主体が留意すべき事前防災(今号)と運営主体が留意すべき発災時の備え(次号)について整理します。

●設置主体が留意すべき事前防災

 東日本大震災は甚大なる被害を及ぼしましたが、これが初めての震災経験ではありません。マグニチュード7.9の地震により10万5千人余りが死亡・行方不明になった関東大震災(1923)、まだ記憶に新しい阪神・淡路大震災(1995)、新潟県中越大震災(2004)と新潟中越沖地震(2007)など。これまでに失われた多くの尊い命に報いるためにも、その震災経験に学び被害を最小限に封じ込めるための対策をとることが必要になります。そのために第一義的に求められるのは、耐震性能の向上をはじめとした事前防災への対策です。

◎耐震性能の確認と向上
  まずは、建物の耐震性能を確認する必要があります。1981年に建築基準法施行令が改正され、現在の耐震基準(新耐震)に変更されたため、それ以前に竣工した建物では新しい耐震基準に準拠した設計が行われていない可能性があります。
  新旧の耐震基準の違いは、建物が地震による水平方向の力に対して対応する強さを備えているかどうかを検討しているかどうかという点です。保有水平耐力を検討する以前の建物では、「建物が備えている耐震性能指標」「建物形状を考慮した指標」「経年数を考慮した指標」を掛け合わせた耐震診断の基準:is値(構造耐震指標)により判定を行う必要があります。

 

・ is値が0.6以上:地震により建物が倒壊、又は崩壊する危険性が低い
・ is値が0.3以上0.6未満:地震により建物が倒壊、または崩壊する危険性がある
・ is値が0.3未満:地震により建物が倒壊、または崩壊する危険性が高い

 

 is値が同じ建物でも、建物の強度が低いと安全ではありません。そのため「累積強度指標(CT)」と「建物の形状指標(SD)」を掛け合わせたCT・SD値も合わせて判定基準としています。
  1995年の阪神・淡路大震災を受けて建物の耐震化を促進する「耐震改修促進法」が策定されましたが、2013年に2度目の改訂が行われ、11月25日より「改正耐震改修促進法」が施行されています。設置主体として留意しなければならないのは、劇場、音楽堂が「要緊急安全確認大規模建築物」(階数が3以上および床面積の合計が5,000㎡以上)に指定され、耐震診断とその結果を所管行政庁に報告することが義務付けられ、より一層の安全性の向上が求められていることです。耐震診断、補強設計、耐震改修に要する費用の一部については国が補助する制度が設けられていますが(詳しくは耐震対策緊急促進事業実施支援室http://www.taishin-shien.jpまで問い合わせのこと)、今後大きな課題となってくることは間違いありません。

◎特定天井の対策
  東日本大震災の天井落下による人的被害は、報道によると死者5人、負傷者72人以上と言われています。劇場や音楽堂施設でも、客席天井の落下による人的被害が発生しており、対策が急務となっています。公立文化施設協会がまとめた「公立文化施設のリスクマネジメントハンドブック」の被災データによると、岩手県、宮城県、福島県の94施設の内21施設で天井落下の被害が報告されています。客席天井は、これまで構造設計に含まれない「非構造部材」とされてきました。しかし、昨今の劇場や音楽堂では、高い遮音性能や建築音響性能が求められて質量のある天井になった結果、落下の危険性が高まっています。
  このような実態と東日本大震災の被害を踏まえ、2013年8月に国土交通省告示771号「特定天井及び特定天井の構造耐力上安全な構造方法を定める件」が告示され、今年の4月から施行されることが決まっています(http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_fr_000053.html)。
  特定天井は、吊り天井であって「居室、廊下その他の人が日常的に立ち入る場所に設けられたもの」「6mを超える天井の部分で、その水平投影面積が200㎡を超えるものを含むもの」「天井面構成部材等の単位面積質量が2㎏を超えるもの」と定められていることから、既存の劇場、音楽堂の多くの客席天井が対象になると考えられます。固定された客席を有する場合は、「特に早急に改善すべき建築物」として、天井脱落対策の改修工事を行政指導される可能性もあります。
  現状では、多くの劇場、音楽堂が「既存不適格建物」になると思われますが、その場合、既存施設には仕様1(耐震性等を考慮した天井仕様)、仕様2(天井が脱落しても人的被害を防ぐフェールセーフ(二重安全装置・対策))のどちらかの仕様ルートによる耐震性能の確保が求められます。特定天井の質量が20㎏/㎡を超える場合には仕様2が適用されますが、フェールセーフ(現状では天井の下に網を張るなどの方策しか考えられない)の措置が取れないと、全面的な張替えが求められる可能性もあります。いずれにしても設置主体は早急に対応を検討する必要があります。

◎感震ブレーカーの設置
  震災で建築設備が被害を受けた場合、二次的な被害として火災を引き起こす因子となるのがガス設備や電気設備です。特にガス設備は火災の原因となりやすいため、さまざまな安全装置が整備されるようになってきました。それに比べて遅れているのが、電気設備の破損による漏電や器具の転倒による火災を防ぐ感震ブレーカーの設置です。電源の多い劇場、音楽堂においてはこうした感震ブレーカーの設置を進めることも事前防災として重要になります。

 

●東日本大震災
2011年3月11日14時46分に太平洋三陸沖を震源として発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震による大規模災害。全壊12万6,631戸、半壊27万2,653戸(警視庁2014年1月10日)、死亡15,884人、行方不明2,640人。地震によって引き起こされた津波、地盤沈下、液状化、土砂崩れ、火災、福島原発事故により被害が拡大。

●岩手県・宮城県・福島県の公立劇場・音楽堂被災状況
全国公立文化施設協会の調査によると、岩手県は28施設中17施設(61%)、宮城県は40施設(100%)、福島県は26施設中19施設(73%)が被災。3県中目立った物理的被害を被らなかったのは18施設(19%)のみ(被害状況については、「公立文化施設のリスクマネジメントハンドブック・震災被害状況一覧(社団法人全国公立文化施設協会)」参照)。甚大な被害を受けた施設には、国の「公立社会教育施設災害復旧事業」(補助率3分の2)などの補助を活用し、宮城県民会館(東京エレクトロンホール宮城)のように震災から15カ月をかけて再開館したホール、被災した施設に替わって釜石市民ホール(仮称)のように新たに再建が決まった施設もあるが、石巻文化センターのように未だに再開の目処が立たない施設も多い。

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