一般社団法人 地域創造

熊本県津奈木町 つなぎ美術館「赤崎水曜日郵便局」

 津奈木町は、熊本県の南沿岸部、水俣市に隣接する人口約5,000人の小さな町だ。1984年から行われてきた「緑と彫刻のあるまちづくり」の流れを受けて、2001年につなぎ美術館が開館。10月7日、取材に訪れると、3階建ての個人邸宅のような佇まいで、館内も庭も気持ちが良いほど手入れが行き届いていた。

  館の2階は、背後にそびえる重盤岩(熊本百景のひとつ。高さ80メートルの絶壁)を登る小さなモノレール乗り場になっており、展望台からは八代海が一望できる。たったひとりの学芸員として事業と運営を主導してきた楠本智郎さんが、「西川裕町長の“人間の創造力による美と自然による美は一体のもの”という考え方で整備されたものです」と紹介してくれた。

 モノレール乗り場と待合室を兼ねる喫茶店は、地元婦人会が町から運営を委託されている。「お客さんとおしゃべりするのが楽しくて。アーティストもみんな友達なんです」と誇らしげに語るのは、婦人会をとりまとめる石田ミサ子さん。掃除と受付も婦人会が引き受けている。この美術館では、こうした運営だけでなく、住民が実行委員となり、アーティストや学芸員と1年かけて企画からつくる住民参画型アートプロジェクトを08年から実施してきた。今年度は、3年前に閉校した“海の上の小学校”として知られる赤崎小学校を郵便局に見立てる「赤崎水曜日郵便局」で、4月からアーティストと住民が会議を重ね、6月19日に開局した。
  楠本さんは、「この美術館は、町の人がアートによる新しい経験をしていく社会教育の場として考えています。赤崎小学校は全教室から海が見える素晴らしい学校で、11年には彫刻家の今田淳子さんと町民による滞在創作も行われましたが、耐震などの問題で立ち入り禁止になった。建物はいつかなくなるかもしれませんが、この場所に物語性をもたせれば、地域の方々のなかで生き続けると思いました」と話す。
  津奈木町で映画を撮影したことのある監督の遠山昇司さんをディレクター(郵便局長)として招き、アーティストや実行委員がポストマンとなって企画・実施。全国から自分の水曜日の出来事を記した手紙を小学校に設けた特設ポスト「スイスイ箱」に送ってもらい、無作為に交換して他の参加者へ転送。水曜日の出来事を見知らぬ人同士で交換するというユニークなプロジェクトだ。9月末には400通以上がスイスイ箱に配達され、手紙の一部は実行委員が朗読し、ラジオ放送もされている。

 

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つなぎ美術館外観
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淺井裕介の「泥絵」
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赤崎水曜日郵便局の舞台となった旧赤崎小学校校舎
写真提供:つなぎ美術館

 実行委員のひとり、赤崎で漁師を営む林田廣美さんは、キャンプなどの小学校行事を継続している赤崎きらら海の会員でもある。「美術館だけじゃなくて、赤崎で何かしようと思ってくれるから実行委員になった。楠本さんもアーティストも一生懸命で、大人も子どもも楽しめるよう考えてくれて、普段経験できないことがやれるから楽しい」と語る。アーティストは第二の故郷のように林田さんの家に戻って来て宿泊し、海から小学校を眺める時には船を出してもらっている。
  一方、美術館内では郵便局開局記念展として、クワクボリョウタ、淺井裕介、下道基行による「1年目の消息 語りかけることができる『君』」展が開催されていた。3人は町を何度も訪れ、滞在し、その経験を基に新作を制作。淺井は小学校沖の島々の泥を使った「泥絵」を、展示室一杯にサポーターや住民たちと共に描いた。クワクボは、ビーカーやそろばん、三角定規など小学校に遺された備品のシルエットで、記憶を蘇らせる幻想的なインスタレーションをつくり上げ、下道は津奈木の“日の出”とアメリカ・シカゴの“日の入り”を繋げる写真作品を発表した。
  「アーティストが来てくれたから津奈木の良さを私たちも見つけられた。他所に出掛けても、美術館に行くようになりました」と石田さん。
  「歴代の町長が人を育てることを重視してきたからか、役場の中でも理解のある職員が多い。町の人の理解も進み、今では香典返しの代わりに美術振興基金に寄付する習慣まで生まれています。今後はレジデンスの機能を高めて、津奈木にゆかりのある作品収集に力を入れていきたいです」と楠本さん。小さな海辺の町で、アートと生活を共に楽しむ暮らしが始まっている。
 

(アートジャーナリスト・山下里加)

 

●住民参画型アートプロジェクト「赤崎水曜日郵便局」
[期間]2013年4月1日~2016年3月31日(2013年6月19日開局)
[会場]旧赤崎小学校(熊本県津奈木町)
[参加アーティスト等]遠山昇司(映画監督)、五十嵐靖晃(アーティスト)、加藤笑平(美術家・身体行為表現者・俳優)、玉井夕海(ウタウタイ)
[主催]つなぎ美術館、赤崎水曜日郵便局実行委員会
http://akasaki-wed-post.jp

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