講師 吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)
第1回では創造都市という概念の誕生と広がりを、第2、3回では国内外の代表的な創造都市の取り組みを紹介してきた。「創造都市の基礎知識」の最後となる今回は、文化政策を軸にした創造都市政策への展開を考察したい。
●広がる創造都市のネットワークと分野
今年2月、ヨコハマ創造都市センターで「創造都市ネットワーク日本」の設立総会・記念シンポジウムが開催された。現在22の都市(地方公共団体)が参加するこのネットワークの目的は、各地の創造都市の支援、国内外の連携・交流の促進、創造都市の普及・発展である。各都市の創造都市政策は実に多様で、東川町(人口約7,800人)、木曽町(1万2,600人)といった小規模都市も含まれている。最近では「創造農村」という言葉も聞かれるようになってきた。
このネットワーク創設に向け、文化庁はNPO法人都市文化創造機構と共催で2009年以降、全国で創造都市ネットワーク会議、創造都市政策セミナーを開催してきた。それに先がけ、07年に始まった文化庁長官表彰(創造都市部門)の受賞は昨年度までに24都市になった。その受賞理由を見ると、芸術文化の他に、文化財、伝統工芸、マンガ・アニメ、俳句、まちなみ保存、伝統的建造物保存、近代産業遺構、景観、アーティスト・イン・レジデンス、デザイン、コンテンツ産業、農産品のブランド作り、人材育成、教育、福祉、にぎわい創出、観光、食文化といったキーワードが並ぶ。
一方、ユネスコが04年に創設した創造都市ネットワークでは、文学、映画、音楽、工芸(Crafts and Folk Art)、デザイン、メディアアート、食文化(Gastronomy)の7分野が設けられている。日本からも既に3都市が認定を受け、複数の都市が申請中である。
●創造都市ネットワーク日本
(CCNJ, Creative City Network Japan)
◎団体会員(自治体)
札幌市、東川町(北海道)、八戸市(青森県)、仙北市(秋田県)、仙台市、鶴岡市(山形県)※、中之条町(群馬県)、横浜市※、新潟市、高岡市(富山県)、南砺市(富山県)、金沢市(石川県)※、木曽町(長野県)、名古屋市、可児市(岐阜県)、浜松市、京都市、舞鶴市(京都府)、神戸市※、篠山市(兵庫県)※、鳥取県、高松市(香川県)
※印は発起幹事市◎自治体以外の団体会員
一般財団法人アーツエイド東北、NPO法人駿河地域経営支援研究所、NPO法人DANCE BOX、NPO法人都市文化創造機構、NPO法人鳥の劇場、NPO法人BEPPU PROJECT
(2013年1月13日現在)
●文化庁長官表彰(文化芸術創造都市部門)受賞都市一覧
2007年度:横浜市、金沢市(石川県)、近江八幡市(滋賀県)、沖縄市(沖縄県)
◎2008年度:札幌市、豊島区(東京都)、篠山市(兵庫県)、萩市(山口県)
◎2009年度:東川町(北海道)、仙台市、中之条町(群馬県)、別府市(大分県)
◎2010年度:水戸市(茨城県)、十日町市・津南町(新潟県)、南砺市(富山県)、木曽町(長野県)、神戸市
◎2011年度:仙北市(秋田県)、鶴岡市(山形県)、浜松市、舞鶴市(京都府)
◎2012年度:新潟市、大垣市(岐阜県)、神山町(徳島県)
●ユネスコ創造都市ネットワーク
UNESCO Creative Cities Network
現在の認定数は34都市で、日本からは金沢市(工芸)、名古屋市(デザイン)、神戸市(デザイン)の3都市が登録されている。実は2011年11月以降、ユネスコの同プログラムの運営経費が枯渇し、審査がペンディングとなっていたが、北京とシンセンからの寄付によって去る7月に事務局業務と審査が再開された。札幌市(メディアアート)、鶴岡市(食文化)、新潟市(食文化)などを含め、数十都市が申請中で、10月中旬を目途に結果が各都市に報告されることになっている。そのプロセスを経れば、ユネスコ創造都市の認定都市数は飛躍的に増加するものと思われる。なお、前回の原稿執筆時には未定だったが、2015年にユネスコ創造都市ネットワーク国際会議の金沢市での開催が正式決定された。
●多様性を受け入れる創造都市政策
こうしてみると、創造都市は、もはや1995年にチャールズ・ランドリーらが提唱した概念をはるかに超えたものになっていることがわかる。創造都市という旗印のもとで、各都市の歴史や地域特性、戦略分野などを反映した独自の政策が展開されるようになった。つまり、多様な政策を受け入れることができるのが、現在の創造都市政策の特性と言える。
それを、文化政策を中心に産業力、人間力、地域力というキーワードに基づいて3つのカテゴリーに整理したのが右ページの図である。
産業力は産業や経済の活性化と直接的に結びつく分野である。創造都市政策における産業振興は、一義的にはファッションやデザイン、コンピュータソフトウェアといった創造産業が対象になる。アーティストやクリエイターが存分に活躍できる条件を備えた都市でなければ、創造産業が発展しないことは第1回で解説したとおりだ。最近ではあらゆる経済活動において、創造的要素やクリエイティブな発想をいかに取り入れていくかが重要だとされる。すなわち、文化政策を充実させることが、これからの産業や経済の発展にとっても重要な要件となっている。
この領域の中心的な担い手は民間企業であり、最終的には市場経済の中で成立する分野でもある。
次の教育や福祉の分野では、既に文化政策との連携が進んでいる。例えば、アウトリーチやアーティストのワークショップは、子どもたちの創造力やコミュニケーション能力の育成、高齢者のリハビリや潜在能力の快復などにも大きな効果のあることが、各地の実践で報告されている。こうした人間力を高めることも、創造都市の重要な政策領域に位置づけられる。
その際に重要なのが、アーティストの能力であり、芸術活動のクオリティである。教育や福祉の現場で質の高い、効果のある取り組みを実施するためには、作品づくりや公演活動でも一定の水準を満たすアーティストが求められる。そうした芸術家の人材育成も含め、文化政策そのものをおろそかにしたのでは、この分野での成果は期待できない。
そして三番目が、まちづくり、地域再生、景観、観光、食文化など、より複合的かつ総合的な地域力を高める領域である。文化財や歴史的街並みの保存、活用などは、この領域に直接的に関係する文化政策だろう。
●3分野からみた創造都市の代表例
第3、4回で紹介した国内外の創造都市の取り組みを、この図解の上に落とし込むと、各都市の戦略が浮き彫りとなってくる。
伝統工芸分野の人材育成に力を注ぎ、文化とビジネスを繋ごうという金沢市の創造都市は、産業力に力点を置く政策だ。映画祭を核に映像産業の集積と振興を図る釜山も、文化から産業力への広がりを視野に入れた代表例である。
少子化が進み、超高齢社会に突入した日本にとって、子どもたちの健全育成や高齢者福祉は喫緊の課題である。紹介事例の中ではクローズアップしなかったが、この課題に対して、アーティストらと共同で取り組む自治体は着実に増加している。つまり、人間力を高める創造都市政策は、既に一定の広がりを見せている。
歴史的建造物や遊休施設をアーティストの創造拠点に転換する創造界隈事業を展開。対象領域を負の遺産が残る寿町や初黄・日ノ出地区に広げて創造都市政策を展開する横浜市は、地域力の創出に力点を置いている。アートNPOがリードして街中で現代美術祭を開催し、中心市街地の空き店舗を活用して交流人口の増大を図る別府も同様である。
巨大なパブリックアートを起爆剤に文化による再生を図り、文化施設の整備や多彩な文化イベントを通じて、観光や地域の活性化に成功したゲイツヘッド/ニューカッスルも、創造都市政策の中心領域は地域力と言える。
そして、芸術文化への圧倒的な投資と独自の文化ソフトによって街の魅力を高め、有能な人材を呼び込んでバイオをはじめとした先端産業の研究や起業に結びつけたナント市は、地域力を高めることで、産業力への波及が生まれた例と言えよう。
●創造都市政策から文化政策を捉え直す
こうして見ると、創造都市政策は文化政策の長期的なインパクトをどこに期待するのかを、明確にする戦略だとも言える。近年、文化政策が地域の活性化に寄与するという考え方は定着するようになったものの、何を活性化するのかは曖昧なことが少なくない。しかし、地域の文化的リソースやポテンシャルを見極め、これまでの蓄積を再編集しながら創造都市政策を構想することで、地域独自のビジョンが見えてくる。
そして、この図はもうひとつ重要なことを示している。それは、文化政策への投資によるリターンは、文化政策の範囲内ではなく、その周辺領域により大きな形で返ってくる、ということである。従来の文化政策の中だけで、その成果や効果を評価しようとしたのでは、どうしても近視眼的な判断となってしまう。しかし、文化政策を創造都市政策の中心に位置づけ、そこから生まれる産業力、人間力、地域力に注目することで、文化政策の中長期的な効果やインパクトを明確にできる。それを視野に入れ、文化政策を拡充し芸術文化への投資を促進することが、創造都市政策の起点となる。
つまり、文化政策の位置づけや考え方を大きく転換させる。それが創造都市政策のもうひとつの大きな側面だと言えるのである。