ステージラボ静岡セッション報告
2013年6月25日~28日
ステージラボ静岡セッションの会場となったのは、富士山世界文化遺産登録に沸く静岡県の大規模複合文化施設、グランシップ(静岡県コンベンションアーツセンター)です。最大約4,600人を収容できる大ホール・海、約1,200人収容の中ホール・大地、コンベンション施設のほか、静岡県舞台芸術センター(SPAC)の拠点になっている静岡芸術劇場があるなど、舞台芸術の一大センターになっています。
今回は、「まずトライ、そして知ろう」をテーマにしたホール入門(中村透コーディネーター)、「公共ホールの役割としての地域文化・伝統芸能」をテーマにした自主事業Ⅰ(田村孝子コーディネーター)、「公共ホールの役割としての子どもプログラム」をテーマにした自主事業Ⅱ(津村卓コーディネーター)が開講されました。
●地域文化・伝統芸能の魅力を再発見
今回の最大の特徴は、子どもたちに対する伝統芸能の普及に力を入れているグランシップの田村館長によるプログラムを中心に、地域文化・伝統芸能の多様な魅力を体験できたことです。共通プログラムの歌舞伎鑑賞教室をはじめ、自主事業Ⅰでは、浪曲、能楽囃子、神楽、人形浄瑠璃、世界の民俗楽器などと触れ合いました。
オリジナル浪曲で知られる国本武春さんは、三味線の弾き語りでロック調の『忠臣蔵』など名調子を披露。「私が浪曲師になった時には全盛期を知っている人はもう80歳代で、浪曲がヒット曲だった時代を知らない人がほとんど。では広沢虎造をそのまま聞いてもらえばいいのか。古いものがいくら素晴らしくても、世の中が変わっているのだから、そのまま再現しても伝えるのは難しい。それで“三味線と歌と語りで人間ドラマを表現するのが浪曲”と考え、三味線をロックやブルースにしてやった。土地のヒーローを主人公にしたオリジナル浪曲をつくれば、短い時間でドラマを伝えられるし、住んでいる人の誇りにもなる。その試みとして3年掛けて『水戸黄門漫遊記』を制作している」と浪曲の可能性について話されていました。
また、地域の芸能に力を入れている公立ホールの担当者と実演家を招いたゼミも開かれました。大阪府能勢町の淨るりシアターでは、江戸時代から伝わる素浄瑠璃を次世代に伝えるためにオリジナル人形をつくり、町民による人形浄瑠璃一座「鹿角座」を旗揚げ。「人形も今の人の顔をモデルにした現代的なものにした。衣装も100%洋服の生地で仕立てている。私たちは200年後を見据えていて、将来、この人形を通じて今のファッションがわかればいいと思っている」と松田正弘館長。鹿角座メンバーによるデモンストレーションや、三人遣いの体験講座も行われました。
地元の石見神楽や益田糸操り人形の定期公演を行っている島根県立いわみ芸術劇場によるゼミでは、保存会代表も講師となり、豪華な神楽装束の着付けや糸操り人形の体験も行われました。また、織田紘二国立劇場顧問と小島美子国立歴史民俗博物館名誉教授から歴史の講義もあり、充実した講座となりました。
●公立ホールの蓄積に学ぶ
自主事業Ⅱで紹介されたのが、宮城聰芸術総監督率いるSPACの子ども事業です。子どもたちが1カ月間稽古して芝居をつくるシアタースクールや県内全中高生の劇場招待を目指している鑑賞事業(*)について、宮城さんの思いのこもった講義が行われました。“学校を補完する教育機関としての劇場”“地域からの人材流出を食い止める多様性のある社会への貢献”“観客をつくる”という3つの観点から説明。
「かつては究極の多様性である自然に囲まれていたので、おのずといろいろなものに対する許容力が育ったところがある。自然のない都市で生活している子どもたちは芸術にふれることによって、人と違うのは当たり前だ、という多様性を学べるのではないか」「子どもには本物を見抜く力があるというが、比較するだけの蓄積のない子どもには無理。ではなぜ一流のものを見せる必要があるのか。本当に凄いものは、その時代に刷り込まれた価値観や先入観から自由である度合いが高い。その自由を感じることが、これから伸びていく子どもたちに必要なのではないか」など、アーティストならではの言葉が続きました。
ホール入門では、民間でステージマネージャーとしての豊富な経験をもつ貝塚市文化会館コスモスシアターの山形裕久館長・芸術総監督の講義が行われました。1971年のレッド・ツェッペリン初来日コンサートで、初めてPAのサウンドエフェクトと出会って音響の道に入ったという歩みから、出演者目線で関わるために職員も俳優として舞台に出演する市民参加型事業、ロビーに高級スピーカーを設置して懐かしいレコードを持ち寄って聴く「懐音事業」など、ユニークな取り組みが紹介されました。また、阪神淡路大震災の貴重な経験から「誰がいつ指揮命令を出す立場になるかもしれない。全員がすべての図面を頭に入れ、その場にいる人が責任者になれるよう準備が必要」と指摘されていました。
このほか、『走れメロス』の一場面を演出してみる多田淳之介さんによるワークショップをはじめ、アーティストによる体験プログラムも多数行われました。参加者からは「これまでは正解を求めることが正しいと思っていたが、ワークショップで答えがないから自由に発想できるということを体験して価値観が変わった」「行政以外の立場や考え方がわかった」といった感想が聞かれるなど、充実した4日間となりました。
*平成25年度は60数ステージで、約1万7,000人を招待する予定。
●コースコーディネーター
◎ホール入門コース
中村透(作曲家、南城市文化センターシュガーホール芸術監督)
◎自主事業Ⅰ(公共ホールの役割としての地域文化・伝統芸能)コース
田村孝子(静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ館長)
◎自主事業Ⅱ(公共ホールの役割としての子どもプログラム)コース
津村卓(財団法人地域創造プロデューサー、北九州芸術劇場館長兼プロデューサー)